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春風の少女
正体 その2
しおりを挟む外に出るとマインは一目散にフウの元へとやって来た。
「大丈夫? 気分はどう?」
さわさわと梢を鳴らす樹の下に座ったフウはにこりとマインに笑いかける。
「うん。風が気持ち良いよ」
顔色もすっかり良くなり表情も和らいだ彼女にマインはほっと安心した。
良かった。魔物に襲われてもっと怯えてるかと思ったけど、大丈夫みたい。
そんな時、唐突に師匠が質問してきた。
「以前出した宿題の答えは分かりましたか?」
フウが何者なのか、観察して考えろと言ったあれだろうけど、今なんでそんな事を。
「誤魔化さないで、師匠! なんでフウを外に連れ出してるんですか!」
カッとなりながら叫ぶマインの鼻を、なぜかエルダはぎゅっとつまんだ。
「まだ気づいてないんですか。困った弟子だ。前にちゃんと教えたはずなんですけどね」
見ると師匠は笑顔をひくつかせている。訳が分からずマインはもがいた。怒っているのはこっちの筈なのになんで師匠がこんな事をするの?
そんな彼女を見てふうっとため息をつくと、師匠はやっと弟子の鼻から手を離した。
「マインが気がつくか、フウ自身が思い出すまで放っておくつもりでしたが状況が変わりました。フウも心して聞いて下さい」
真剣な顔になりエルダはフウの顔を見た後、弟子へと視線を移した。
「マイン、以前何度か人と同じ姿を持つ人外の者について教えましたね?」
人外の者という師匠の言葉に、マインは我に返った。こんな悠長に話をしている場合じゃなかった。
「そういえばさっき、フウを探してるっぽい男に会ったの。もしかしたら魔物の仲間かもしれない」
「なんですって?」
マインの言葉にエルダは慌てた。
「襲われたんですか? ケガは?」
がばりとマインの肩を掴み、尋ねる。
エルダ自身は何度も魔物を倒しているが、緊急の場合以外は出来るだけマインを現場に近づけなかった。だからマイン自身が魔物に向き合った事はない。
そして今回の魔物の狙いはフウらしいから、キュリンギを村に送る際もまず魔物に会う事はないだろう。そう思ったからこそエルダはマインにキュリンギを送らせる事にしたのだ。
なのにマインが魔物と接触するなんて。
先程キュリンギに『弟子だから大丈夫』と言ったが、いざ魔物に会ったと聞くとマインが『大丈夫』である自信がなかった。危険な目にあわせるつもりもなかった。
「あ、いや…。襲われた訳じゃ……」
師匠の慌てぶりに驚いて、マインは口ごもりながら言った。
「ただ女の子を捜してるって……」
襲われたんじゃないのか。
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「びっくりさせないで下さい。あなたにもしもの事があったら……」
ご両親に申し訳が立たない。そう小さく呟いた。
「それで、どうしてその男が魔物の仲間だと?」
気を取り直すとエルダはいつもの顔に戻り、マインに尋ねる。
師匠の質問にマインは真剣な顔で答えた。
「ただの勘。だけどキュリンギさんも知らない子だったからこの辺の人じゃないと思うし、何より目つきが悪かったの! とにかくなんか、普通の男の子っぽくなくて!」
一瞬エルダはずっこけそうになった。見た事のない目つきの悪い少年というだけで魔物扱いは、酷い。
勘の鋭い者は確かに肌で魔物の気を感じ取り、恐怖や嫌悪を抱く。けれど残念ながらマインがそういったものに鈍いという事は経験上知っていた。
しかし一概にマインの勘違いだとも言えない。実際フウを狙っているらしい魔物が存在していてフウを捜している少年がいるなら、それはフウの知り合いか魔物かのどちらかだろう。
「魔物という確証は無いんですね?」
真面目に問うとマインもコクリと頷いた。
その時、マインの目の端に不安そうな顔のフウが目に入った。
「心配しないで、フウ。わたしが守るから。まだ魔法は下手だけど頑張るから!」
思わずフウに抱きつき、そう告げる。フウの方が年上だけど、守ってあげなきゃという気持ちでマインはいっぱいだった。
そんなマインを見ながら、腕を組んで師匠は言った。
「頼もしい言葉ですね。ですがその前に、フウの正体について知っておいた方が良いでしょう」
ひと息つき、エルダはフウを、そしてマインを見た。
そしてゆっくりと、だけどきっぱりと告げた。
「フウは、人ではありません」
「え?」
驚きマインはフウの顔を見た。フウも驚いたのか、不安そうな顔をしてエルダを見ている。
「人と同じ姿の、人でない者については以前教えましたね?」
師匠は愛弟子の顔を見て、その先を続けなさいと促す。
本当はここまで言う前に気づいて欲しかったのだが、どうもマインはその辺りは鈍いらしい。それとも勉強不足なのか。
マインは師匠の言葉に必死で以前習った事を思い出そうとした。人と同じ姿の、人でない者は三つ。
「ええっと、ひとつは神様とその子供たち。だけどもう随分昔に彼らはこの地上から姿を消してしまったのよね?」
伝説によると昔は魔物から人々を守るために戦ってくれた神様もいたらしい。けれど最後に神という名が歴史書に記されたのはもう随分昔の事だ。神様がこの地を踏まなくなって久しい。
「それから一部の魔物。だけどフウが魔物のはずがない」
万が一魔物だったとしたら、師匠が家に置く事は絶対になかっただろう。
マインは三本目の指を立て、フウを見た。
「てコトは、フウは……」
マインとフウの間を風が吹き抜ける。
「フウ、精霊なの?」
尋ねたマインも問われたフウも、ただ驚き呆然とした。
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