春風の中で

みにゃるき しうにゃ

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春風の少女

正体 その1

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 その少年の姿が見えなくなるまでマインはキュリンギを引っ張り続けた。やがて歩が遅くなり、ようやく立ち止まった彼女にキュリンギは遠慮気味に尋ねた。

「さっきのって、フウちゃんの事、だよね…?」

 突然やって来た余所者を不信に思わないではないけれど、彼の捜している少女の特徴はフウに当てはまる。

「フウちゃんの身内や知り合いの人が彼女を捜しに来たんじゃないの?」

「そうかもしれません」

 その可能性は否定出来なかった。魔物の事がなかったらマインもそう思っただろう。

 でも。

「だけど魔物の仲間かもしれません!」

 言いしれぬ不安に駆られ、マインは叫んだ。



 不意に思い出す、幼い頃の記憶。マインがまだ、魔法使いの弟子ではなく師匠をエルダと呼んでいた頃の事。

 道端で、小さなかわいい生き物を見つけた。その頃はまだ知らない事がたくさんで、知らない動物もたくさんだった。だから初めて見たそれについても特に気にせず近づき、捕まえた。

 大人しいそれは、素直にマインの小さな腕に抱かれ、マインはそれが嬉しかった。

「ねぇねぇ、エルダ。この子、ウチで飼ってもいい?」

 唯一の保護者であるエルダを見つけたマインは、それを抱いたまま駆け寄った。しかし彼女の声に振り向いた彼はそれを見るなり青ざめた。

「放しなさい、マイン!」

 叫ぶなりエルダはマインの腕からそれをもぎ取った。そして素早く呪文を唱え、掴んだそれに魔法をぶつける。するとそれは人間にも似た悲鳴をあげて、ぐったりと息絶えた。

 突然の出来事に驚き、マインが怒りも悲しみも感じる間のないまま、エルダが話しかけてきた。

「これは魔物だよ。見たり触ったりした時、嫌な感じはしなかった?」

 エルダの言葉にマインはふるふると首を振る。

「そうか。…いいかい、マイン。見た事のない動物や知らない人には気をつけるんだよ。魔物に決まった形は無いんだから。中には人の姿をした魔物もいる。そういった魔物はとても強い力を持っている事が多いから気をつけなければならないよ」

 あの時エルダはそう教えてくれた。そして弟子になってからも何度か同じ事を教えられた。

 さっきの男が魔物だという証拠は何もなかった。だけどフウが魔物に狙われているこのタイミングで彼女の事を捜しているなんて、嫌な予感しかしない。

「キュリンギさん。ここまで来ればもう、大丈夫ですよね?」

 確認するようにマインは尋ねる。

 もともと彼女は師匠と一緒にいたかっただけで魔物云々は口実だったのだ。エルダに断られて仕方なくマインと一緒に帰ってるだけだし、あとほんの少し歩けば村に着く距離だからこれ以上キュリンギさんを送っていく必要なんて無いはず。そう判断したマインはきっぱりと言った。

「ごめんなさい、わたし帰ります」

 驚くキュリンギを振り返ることなくマインはその場を駆け出した。



 客間へ入るとエルダは、フウが意識を取り戻していない事を確認し、彼女を抱えあげた。そして家の外の風通しの良い木陰へと移動し、草の上に彼女を寝かせた。そして自分もその傍らに座り、ため息をつく。

「さて、どうしたものですかねぇ」

 ぽつりと呟き、フウを見る。

 まさか、魔物と関わりがあるとは思ってもみなかった。彼女が望んで魔物に近づいたとは思えないが。

 さらりと気持ちの良い風が彼女の上を吹き抜けていく。

 彼女の指にはまる指輪を見つめ、エルダはもう一度ため息をついた。

「契約の指輪が有効だった頃に、魔物と関わってしまったのか…?」

 気を失ったままのフウにエルダの声は届くはずもなく、また届いたところで記憶のない彼女にはその問いに答えようがなかった。



 マインは不安な気持ちを払いのけながら一心に走った。もしさっきの少年が星見の塔に向かっているのだとすれば、このまま走ると途中で再び会う事になる。そうならない為に、先回りして帰る為にもマインは途中から道を外れ、近道をした。普段は道として使わないからちょっと足場が悪いけれど、走れない程ではない。そしてそこを通れば、さっきの男に会うことなく先に帰りつくことが出来る。

 マインは息がきれるのもかまわず走り続けた。そして家に着くと大きな音が出るのにもかまわず勢いよく扉を開け中へと飛び込んだ。

 フウが寝ているはずの客間へと飛び込む。だけどベッドには誰もいない。慌てて居間に駆け込んだ。もしかして目が覚めて師匠と話をしているのかもしれない。

 だけどそこにも誰もいなかった。

 嫌な予感がマインの背中を駆け上がり、必死にそれに気づかないふりをしながら家中を探し回った。けれどフウどころか師匠の姿さえ見つからない。

 やっぱりあいつは魔物で、魔法でここにやって来てフウをさらって行ってしまったの? そしてそれに気づいた師匠が追いかけて行った…?

 そんな悪い考えを巡らせていると、ふと窓の外から音が聞こえてきた。

 はっと振り向きそちらを見ると、にこにこと師匠が手を振っていた。

「なんで外にいるんですか!」

 バンッと窓を開け叫ぶ。ほっとしたのと同時に暢気な師匠の笑顔を見て、心配した分腹が立った。

 しかもよく見ると気を失ったままのフウが木陰に寝かせられている。

「フウまだ気がついてないのになんで外に……」

 そう言いかけてひとつの可能性に気づいてはっとした。

「まさかフウをおとりにするつもりで!」

 カッと頭に血が上った。

 エルダは今まで何度か魔物退治を行ってきた。あんな風に魔物が現れて、しかも逃げられたなら依頼がなくても師匠は魔物退治をしようとするだろう。

 だから、魔物をおびき寄せるために彼女を外に連れ出したのかもしれない。そんな考えがマインの頭の中に浮かぶ。

 怒りで顔を真っ赤にして、「ひどい」と叫びかけたマインを手で制し、エルダはフウへと目をやった。先程の大声で気がついたのか、彼女が身じろぎを始めた。

「ちょうどフウも目を覚ましたようですし、外へいらっしゃい」

 マインの怒りなどどこ吹く風。エルダはにこにこと笑いながら彼女に手招きをしてみせた。


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