春風の中で

みにゃるき しうにゃ

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春風の少女

来訪者 その3

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 そんな二人のやりとりを横目にマインは貰ったパンを家の中へと運び込む。そしてそのままフウの元へと一直線。

「フウ、遊ぼ」

 ルンルン気分で草地へと座り込んでいるフウに声をかけた。

「あれ? 修業はもういいの?」

 いつもならもっと長い時間マインは魔法の練習をしている。けど今日はさっき始めたばっかりだ。

「いーのいーの。キュリンギさんがいる間は修業どころじゃないから」

 にんまりと笑いながらマインはフウの傍へと座り込んだ。

「キュリンギさんね、師匠の事が好きでよくここに来るの」

 喋りながらマインは手近に咲いている花を幾つも摘み取る。

「師匠は嫌がってるフリしてるけど、本当はキュリンギさんのこと嫌いじゃないと思うんだ」

 そして摘み取った花を器用にマインは編み始めた。フウはそんな彼女の指先に見入ってしまった。

「わたしはキュリンギさん大好き。師匠と結婚してくれれば良かったのになぁ」

 話をしながらもマインの指は器用に動き続け、花は見る間に編み込まれてキレイな花冠が出来上がった。

「はい、あげるね」

 まん丸目でびっくりしているフウの頭に、マインはポンと花冠を乗せてあげた。するとフウは嬉しそうに笑った。

「ありがとう。すごーい。どうやって作るの?」

 目の前で作るのを見ていたけれど、あんまりにもあざやかな手つきだったので分からなかった。

「あれ? 作ったことない?」

 マインはびっくりした。

 この辺りの女の子は春になると競うように花冠を編むから、かなり小さな頃から編めるようになる。だから年上のフウが編み方を知らないのはちょっと不思議だった。

「うん、作ったことないと思う」

 思う、と付けたのはフウが記憶喪失だったからだ。花冠を作るところを見てこんなにびっくりしたんだから、たぶん本当に初めて目の前で編むのを見たんだと思う。けれどもしかしたら他の記憶と一緒に忘れてしまっているだけかもしれない。

「じゃ、教えたげるよ。まずね……」

 そう言うとマインは再び辺りの花を摘み取り始めた。



 そんな二人の様子を微笑ましく、エルダとキュリンギが見ていた。

「ふふ。マインちゃん、すごく楽しそう」

 彼女の言葉に彼も頷く。

 確かにマインはここの所、今までになかったくらい楽しそうにしている。ちょっとはしゃぎ過ぎている感はあるが、まあたまにはとエルダは思っていた。

「ねェ、エルダ」

 つと、キュリンギが彼の胸へと手を伸ばしてきた。

「やっぱりこんな所に住んでいないで、村にいらっしゃらない?」

 これまで幾度か同じ誘いを受けた。確かにこの星見の塔の建つ場所は村から少し離れている。そんなに遠いという訳ではないのだけれど、少し歩けば偶然人に出会うという場所でもない。この丘に来るのはたいてい魔法使いであるエルダに用のある者だけだった。

 だからマインが淋しい思いをしている事もキュリンギは見抜いていた。

「マインちゃんだってもっと同世代の子たちとの交流が必要よ」

 そう言い、手だけでなく更に体もエルダへと寄せる。けれど彼はその肩を抱く事はなく、すいと離れると彼女に背を向けた。

「何度も言いましたが、私達はここで良いんです。確かに一般の方々と共に暮らす魔法使いもいますが、それは魔物とは無縁で暮らしている者でしょう。しかし私は何度も魔物を倒してきた。魔物の数は減ってきているとはいえ、いつ魔物が復讐の為襲ってくるとも分かりません。皆様にご迷惑をかけるわけにはいかないのです」

 魔物を倒せるのは魔法使いだけという訳ではないし、魔物が特別魔法使いばかりを狙う事もない。けれど魔物はどういうネットワークを持っているのか、同類を倒した人間を見分けることが出来るらしい。そして、その人間を嫌う。力の弱い魔物は逃げ、ある程度の力を持つ魔物は襲いかかってくる。そして本当に力のある魔物は……。

「そんな。エルダの様に力ある魔法使いなら傍にいて下さった方が力強いですわ」

 そう言うとキュリンギは後ろから抱きついた。そして自慢の胸をぎゅうぎゅう押し付ける。

「え? いや。私はそれほど力がある訳では……」

 焦ってエルダは彼女を引き剥がそうとするが、彼女はしっかりと抱きついて離れようとしない。

「そういえば最近、村の近くで魔物らしいものを見た人がいるとか」

 不安そうにそう言うと、ますます彼女は彼にしがみついた。



 そんな二人に気づく事なくフウとマインはきゃっきゃと遊んでいた。

 フウは本当に花を編んだ事がなかったらしく、マインのお手本を見ながらたどたどしく花を編んでいく。マインのように上手に編むことは出来なかったが、それでも少しずつ形になるととても嬉しかった。

 と、その時フウは嫌な気配が風に乗ってやって来たのを感じた。

 ゾクリと悪寒が背中を駆け上がる。

「良くないモノが来る!」

 無意識にそう叫ぶ。不安に駆られフウはマインの方へと身を寄せた。

 それに気づいたエルダはキュリンギを引き剥がし、二人の元へ駆け寄ろうとした。マインとフウの目の前の空間がぐにゃりと歪む。そこから何かが現れ、それは二人の方へと近づいて行った。

「……は、どこだ?」

 犬にも狼にも似たそれは、禍々しい気を発しながらそうつぶやいた。

 恐怖にフウは凍り付いた。二人を守るため、エルダが走りながら攻撃の呪文を唱え始める。それに気づいた魔物が身構えると同時に、解き放たれたようにフウが悲鳴をあげた。

 魔物を中心に爆風が起こった。風が吹き荒れる。草や小枝がちぎれ飛び、魔物はかき消すようにその姿を消した。その様子にマインはどこか違和感を覚えた。

 いつもの師匠の魔法と違う…?

 だけど何が違うのかを深く考える間なんてなかった。隣にいたフウが意識を失い倒れそうになっていたのだ。マインは慌てて手を伸ばし、彼女を支える。完全に気を失ってしまったフウを抱え込むとマインは、ゆっくりと地面へと座った。

「大丈夫ですか?」

 心配して駆け寄る師匠を見上げ、マインは首を横に振る。

「わたしは大丈夫だけど、フウが……」

 魔物の存在がよほど恐ろしかったのだろうか。ぐったりと力の抜けたフウの顔は血の気が無く真っ白になっていた。


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