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第2話

その3

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 神官様が時計という貴重品を取り出し、コーウィさんと他の騎士達も走り始めた。
「わたし、初めて見ました。時計」
 話では聞いた事はあったけど、実物を見たのは初めて。
「ああ。私もあのように持ち歩ける小さな時計は初めて見たよ。……というかエミルちゃん。時計は我が家にもあるから見た事はあるだろう?」
 ちょっと可笑しそうにサージェ様が目を細める。
「ほぇ?」
 つい、変な声が出ちゃった。サージェ様のお屋敷に、時計?
「ほら、玄関ホールの奥に置いてあるだろう。大きいのが」
「え? あ! そうでした。そうか、あれも時計ですよね!」
 そうだった。とってもとっても大きな時計がサージェ様のお屋敷には置いてあった。あんまりにも神官様が手に持ってるのと違うから、同じ物とは思わなかった。
「さすがサージェ様ですっ。あんなに立派な物をお持ちだなんて」
 うっとりと見つめると、サージェ様は照れたように手を振った。
「いや。あれは兄が買った物をそのまま譲り受けただけだよ。私はしがない聖騎士の端くれだからね」
 ほんの少し影を落とすサージェ様のグレーの瞳もステキ……。
「謙遜しなくてもいいのに。今はサージェ様のものでしょう?」
「まあ、一応ね」
 そんな話をしていると神官様がこちらにやって来た。
「さて、エミルさん。貴女は森で薬草摘みをしていたとの事だったが、どちらの方向からここへとやって来ましたかな?」
 尋ねられてキョロキョロと辺りを見回す。森を歩くのは慣れているけど、ここは故郷の森じゃないからパッと見ただけで方向が分かる程慣れてはない。
「ええっと、確かあっちです。あっちの坂を登ってちょっと行った所に開けた場所があって。そこを抜けて……」
 嘘をつく必要もないので思い出しつつ道順を説明する。
「ふむ。少し行ってみよう」
 神官様はそう言ってそちらに足を向ける。
「あ、案内します」
 ウソを言ったつもりはないけど、うろ覚えだからもしかしたら道順が間違ってるかもしれない。神官様が迷子になったら大変だ。
「私もお供しましょう」
 サージェ様もそう言ったんだけど。
「いや、大丈夫。君達はここでコーウィ達を待っていてくれるかね。ああ、私が戻ってくるのが間に合わなかった時の為に時計も預けておこう。彼らが戻って来た時の針の位置をきちんと覚えていておくれ」
 そう言って時計をサージェ様に渡し、神官様はわたしの示した方へと行ってしまった。
 ……はっ。もしかして、いやもしかしなくても今、サージェ様と二人っきりじゃん?
 そう意識すると急にドキドキし始める。
「ああ、エミルちゃん。ずーっと立ってるのも疲れるだろうから、あそこの切り株にでも座ってなさい」
 サージェ様が優しく声を掛けてくれる。ああん、さすが気遣いの出来る大人だわ。ス・テ・キ。
 いやいや。ぼんやりサージェ様の麗しいお顔に見惚れてるわけにはいかないわ。せっかく二人きりなんだもの、迫ってサージェ様を落とさなくちゃ。
 ……ケド、迫るってどうすればいいんだろう?
「エミルちゃん? どうしたんだいボンヤリとして」
 サージェ様のステキな声でハッと我に返った。やだやだ。サージェ様の前で考え事なんて、恥ずかしいっ。
「な、なんでもないですっ。あ、あそこ……」
 ふと目に入ったのは、サージェ様が倒れていた場所。そこに生えている草にはまだ、痛々しいサージェ様の血がこびりついている。
「ああ、あんまり気持ちの良いものじゃないだろう。見ない方が良い……」
 優しいサージェ様の言葉に、その美しい顔を見上げる。愁いを帯びたその灰色の瞳が、わたしを心配そうに見ている。ずっと見ていたい。見ていてほしい。
「あそこに倒れているサージェ様を見つけた時、息をしていないんじゃないかと……。とても心配しました。……生きていてくれて良かった」
 本心からそう思う。
 魔女の魔法はどんな事でも叶えられるとは言うけど、さすがに死んだ人を生き返らせる事は出来ない。
「ありがとう、エミルちゃん。優しい子だね。けどほら、今はこの通り。何の心配もいらないからね」
 朗らかに笑って、サージェ様は怪我一つないよと言わんばかりに自分の身体をパンと叩く。
 わたしが安心した笑顔を見せた時、空からポツリと雨が降ってきた。
「え?」
 見上げると木々の間の向こうの空が、みるみる暗くなっていく。
「まずいな。降るぞ」
 サージェ様は素早く借りた時計が濡れないように服の中へとしまい込む。そして辺りを見渡し、わたしの手をとった。
「ひとまずあの木の下へ。あそこならあまり濡れないだろう」
 大粒の雨が音を立てて降り出した。
 サージェ様と手をつなぎ、大きな木の下へと避難する。幸いなことに森の中だから、木々の下を走ればそこまで濡れずに済んだ。
 ていうか、手! サージェ様と手、つないでるっ!
 わたしを包む、大きくて温かい手。やだ、ずっと握っていたい。あの木がもっと遠くにあればいいのに!
 だけどわたしの願いも空しくあっという間にその木の下に着いてしまった。
「濡れなかったかい? エミルちゃん」
 心配そうにサージェ様が声を掛けてくれる。
「あ、はい。大丈夫です。コートがちょっと濡れたくらいで……」
 はっ。しまったぁっ。森に来るからって厚手のコートとか服とか、準備万端で来ちゃったけど、これって薄手の可愛いワンピースとか着てくる場面だったー? そんで雨に濡れて服が透けて肌が見えちゃったりして、サージェ様に意識してもらえるチャンスだったんじゃ……。
 そうよ! それで身体が冷えて震えるわたしをサージェ様が抱きしめて温めてくれる……。えへ。
「エミルちゃん、大丈夫かい?」
 は。
 サージェ様に呼ばれて、妄想から覚める。
「だだだ、大丈夫ですっ」
 やだ、変な顔とかしてなかったよね? ニヤケたりだらしない顔したり……。
「ボーッとしてたし少し顔が赤いみたいだけど、熱でも出たんじゃないのかい?」
 心配してくれる、サージェ様。そんな。近づかれたらますますポヤンと赤くなっちゃいます。
 と、遠くで微かに雷の音が聞こえた。
「まずいな。雷か。……エミルちゃん、ここは危ないから移動しよう。走れるかい?」
 熱があると勘違いしたサージェ様が、わたしを気遣ってくれる。そのステキなお顔にうっとり見惚れていたいけど、さすがにわたしも雷の怖さは知っている。こんな大きな木の下は、危ない。
「大丈夫です。走れます。でも何処へ?」
 どこか当てがあるのかな?
「こっちだ」
 そう言ってサージェ様は走り出した。

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