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第26章 さくらの本音 at JR宇都宮線ヒガハス

さくらの本音④

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 午後の撮影も順調に進んだ。ひばりのレクチャーを受けたさくらは、自分でも納得のいく写真をいくつか撮ることができたようだ。

 そして、撮影が一段落ついて再び休憩に入る。トランクを開け、そこに2人で座りながら、過ぎゆく列車を眺めていた。

「ねえ、さくらさん」

 おもむろにひばりが口を開いた。

「どうして私の誘いを受けてくれたの?」

「は?」

 異なことを言うものだと思った。自分から誘っておいて何を言うのかと。

「別に断る理由なくね? ひばりが誘ってくれたから行こうと思っただけだよ。車出せるの私だけだしさ」

「そう。じゃあ、私だけなら問題ないのね」

 どこかトゲのあるような物言いだった。ひばりの言わんとすることは察しがついた。

「もしかして、みずほのこと?」

「ええ」

 やはりそうか、と思った。わざわざ遠回しな言い方をするものだとも感じた。

「今は……みずほの話はやめようぜ」

「そうはいかないわ」

 ひばりはどこか頑固なきらいがある。恐らく、話題を変えることも話を中断させることも無理だろう。

「どう言うべきか迷っていたけど、あえて率直に聞くわね。どうして、みずほさんのこと避けてるの?」

 本当にストレートに聞いてきた。オブラートに包むことすらしないのは、わざとなのだろう。

「別に……。良いだろ、何だって」

「良くないわ」

 簡単には引き下がろうとしない。ひばりらしいといえばひばりらしい。

「いや、別に良いだろうよ。ひばりには関係ないじゃん」

「大ありよ」

 流石に欧米の価値観にも触れている彼女だ。一度直球勝負に出たら、どこまでも真っ直ぐだ。

「みずほさんもさくらさんも、私にとって大切なお友達よ? 関係ないわけないじゃない」

「でも、私とみずほほど親密じゃないだろ、ひばりは」

 そう言って、すぐにハッと気付いた。ひばりに対して何ということを口走ってしまったのだろう。

「ごめん、ひばり。別にそういうわけで言ったわけじゃ──」

「そう……。そうなのよ……。私は、みずほさんとさくらさんのような仲にはなれないわ……」

 天を仰ぐ。みずほはよく、ひばりは美人だと言う。確かに、青空を見上げるひばりの横顔は、まるで美術品を眺めているかのように美しかった。

「私ね、ずっと羨ましいと思っていたの。みずほさんとさくらさん。お2人の仲。こんなお友達が欲しかったって、ずっと思っていたわ」

「私とみずほが?」

「ええ、そうよ。お2人はいつだって、お互いに遠慮せずにぶつかり合えてるじゃない? それが羨ましかった。そんな風に接することのできるお友達が、ずっと欲しかったわ。私は……誰かに嫌われることが怖くて……。いつもどこか遠慮して、一歩下がって様子を見て……。お友達も、私が青葉グループの令嬢だってわかると、どこかよそよそしくなって……。そんなことばかりだったから」

 思えば、ひばりが過去を語ってくれるのは初めてかもしれない。昔のひばりのことを聞くのは間違いなく初耳だ。

「でも、友達ってそんなもんじゃないか? 特に女同士ならさ」

「そうかもしれないわね。でも、だからこそ、お2人が羨ましかった」

 ひばりの横顔は憂いを帯びていた。どこか陰のあるような面持ち。だが、それすらも美しく思えた。

「だからね、そんな大切なお友達を、自分から手放そうとしている今のさくらさんを見ていられないのよ。私が一生かかっても絶対手に入れられないお友達を、勝手に捨てようとするなんて許せないの」

「それは……」

 どうもひばりの話は主語が自分のように聞こえる。少なくとも、さくらのために投げかけられているものではない。

「別に捨てようとはしてねえよ。それに、ひばりの言いたいことはわかるけど、それ全部お前のエゴだろ? 私には関係ねえじゃん」

「その通りね。今、私は自分の気持ちをあなたに押しつけているわ。それはわかってる。でも、さくらさんだって同じじゃなくて?」

「えっ?」

 その瞬間、胸に針が刺さったような感覚に襲われた。

「みずほさん、さくらさんのこと心配してるわよ。みずほさんは本気で、あなたとどうすれば仲直りできるか考えてる。乗り鉄してても上の空になってしまうほど。ねえ、教えて? どうして、みずほさんのことを避けてるの?」

「みずほが……?」

 知らなかった。みずほが、あの鉄道のことになるとそれだけで頭一杯になってしまうみずほが、そんなことになっていたなんて。

「みずほ、私のこと嫌ったりしてないのか?」

「するもんですか。ずっと、さくらさんのことを心配してるわよ」

「そうだったのか……」

 てっきり、嫌われててもおかしくないと思っていた。あまつさえ、みずほの話題を避けていたのは、彼女に嫌われてしまった事実を聞きたくなかったからだ。現実を受け止めたくなかったからだ。

 なのに……。あんな態度をとってしまった自分のことを、彼女はまだ心配してくれている。本気で仲直りしようと思ってくれている。

 その事実が、自分の失態を恥だと思わせてくれた。

「前にも言ったっけ? 昔からさ、作文とか習字とか、そういうのでよくみずほは入賞してたんだよ。テストの点では私の方が勝ってたのにさ」

 それは、みずほとの過去の話。小学校時代の話だ。

「そういうのでさ、いつもみずほに負けててさ。それが悔しくて、どうにかあいつに勝ちたかったんだけど、結局一度も勝てなかったんだよね。そのまま引っ越して別れちゃってさ」

「そうだったの」

「うん。でさ、今になって、鉄道雑誌に旅行記書いて2人で応募したじゃん? 載ったのはあいつのだけだったんだよな……」

 そして、みずほは連載まで任されるようになった。

「また負けたかーって思って。みずほは雑誌で連載もらって。ひばりだって写真採用されたりしてるだろ? なんだか、私だけ置いてかれてるような、取り残されてるような気がしてさ。それが面白くなくって。段々、態度にまで出るようになっちまったんだ」

「それが奥山線おくやませんのときの?」

「そう。で、流石にまずいなって思って、翌日は平気なフリしてたんだけど。結局、自分の嫉妬に負けちゃってさ。最終的にはあんな風に……」

「そういうことだったのね……」

 ひばりは優しく背中を撫でてくれた。小さい頃、母親に同じことをしてもらったときのことを思い出した。不思議と肩の荷が下りたような気がする。

「楽になれた?」

「ああ。ちゃんと言えたら楽になれた。ごめんな、ひばり。お前にも酷い態度とっちまって……」

「いいえ、いいのよ」

 ポンポンと、小さく背中を叩いてくれる。本当にお母さんみたいだ。

「ちゃんとみずほさんに打ち明けて謝れば、きっと許してくれるわ。みずほさん、どうしてさくらさんに避けられてるのか、ずっと理由がわからなくて、頭を悩ませてたのよ?」

「そっか……」

 ちゃんと会おう。そして、謝ろう。そう心に決めた。

「ごめん、ひばり。本当にありがとう。私、ちゃんとみずほと仲直りするよ。いつまでもあいつに心配されてるのも、なんか癪だしさ」

「ふふっ。それでこそ、さくらさんだわ」

 良かった。これにて一件落着だ。

「ところで──」

 だが、ひばりはまだ終止符を打つ気はなかったようだ。

「それだけじゃないわよね? さくらさんの嫉妬心」

「え……?」

 先ほどまで聖母のようだったひばりの目が、突如として悪魔のように鋭くなった。

「あなたの本当の心の内、言い当ててあげましょうか」

 不思議だ。先ほどまで太陽のように温かく頼りになる存在だったひばりが、今は冷たく、そして恐ろしくさえ感じる。人は一瞬のうちに、こんなにも豹変できるものなのだろうか。

「さくらさん、私のこと、邪魔だと思ってるでしょ?」

 それは鋭いナイフのようにさくらに襲いかかった。
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