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第25章 2人きりの鉄路 at 流鉄流山線

2人きりの鉄路⑤

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「ねえ、見て。みずほさん」

 近藤勇の陣屋跡から更に移動して、辿り着いたのはみりん工場の前だった。ここ流山はみりんの生産で有名なのだ。

 ひばりが指さす先は工場の敷地とは正反対。町を代表するような広大な工場に背を向けていた。

「ここ、貨物の引込線ひきこみせんの跡だったらしいわよ」

 左方向に緩やかなカーブを描く道路。みりん工場へとアプローチするように敷かれた道は、ひばり曰く貨物線の廃線跡なのだとか。

「昔は流山駅から工場まで貨物線が繋がっていたのね」

 なるほど、みりんの輸送に鉄道を使うのも合点がいく。銚子電鉄ちょうしでんてつでも醤油の輸送をする貨物が走っていたと聞くし。

 ただ、今はトラックに押されているのだろう。こうした貨物線も数を減らし続けている。

「ねえ、この道辿ってみましょう。そうしたら、駅に戻れるわよ」

「うん。そうだね」

 ひばりと並んで進む。奥山線おくやませんの時とはまた違う廃線跡巡りだ。

 奥山線、か……。そういえば、あのときもさくらの様子がおかしかった。結局、月のものだと本人は言っていたけど、本当だったのだろうか。あれが前兆だったのではないだろうか。

 だけど、じゃあ理由は何だろう。何か理由がなければ、さくらがあんな態度になるはずがない。そして、その理由は間違いなく私にある。

 それがわからないのだ。心当たりがない。確かに試験勉強に彼女を誘わなかったのは、多少なりとも悪かったとは思ってる。でも、あれはその前だ。理由がない。

「はあ……」

「みずほさん、今日あまり元気ないわね」

 あっと、いけない。思わずため息をついてしまった。

「ああ、違うんだよ。ひばりと一緒にいるのは楽しいんだよ」

「でも、さくらさんのことが気になるんでしょう?」

 一瞬、息が詰まったような感覚に襲われた。あれ? 私、そんなにわかりやすかったかな?

「私だって気にしてるもの。さくらさんがみずほさんのお誘いを断るなんて、余程のことだわ。あなたなら尚更でしょう?」

 やっぱりバレていたんだ。最初から。全部。

「うん……。気にするなって方が無理だよ……」

 わかっていて、彼女は気付かぬふりをしていたんだ。最初からずっと。

「ひばりはわかってたんだね」

「ええ。みずほさんが、私に心配かけまいと隠してたから何も言わなかったけど。でも、これで流山の散策も終わりだし、隠し続けるのもお互いに負担でしょう?」

 その通りだ。やっぱり私はこの子に敵わない。

「ねえ……。私、さくらに嫌われちゃったのかな……?」

 そんな言葉が漏れ出した。心の赴くままに。

「そんなことはないと思うわよ?」

「でも……。あんな態度取られたらさ……」

「そうねぇ。そう思うのも無理ないわよねぇ」

 ひばりが天を仰ぐ。どんな角度を向いてても、彼女の横顔は美しい。

「理由がわからなくてさ。試験勉強誘わなかっただけで、あんなに怒るものかなって」

「うん。私もそれは直接的な理由じゃないと思うわ」

 やはり、ひばりもそう思うのか。もしかしたら、彼女は気付いているんじゃないだろうか。根本的な原因に。私が見つけられない何かに。

「ひばりは、どうしてだと思う? さくらが私を拒んでる理由」

「そうねぇ……」

 後ろ手に組んで、青空を見上げている。その背筋の伸び方は針金が通ったように真っ直ぐで、喉元のしなやかなラインはどこか艶めかしかった。

「確証は持てないけど……。でも、これは私が直接言っちゃダメなことだと思うわ」

「そんな……!」

 希望の芽が摘まれたような気がした。ひばりだけが頼りなのに。

「でも、大丈夫。私に任せて」

 そう言って、いたずらっぽく人差し指を立てた。先ほどまでおしとやかなお嬢様然としていたのに、急に子供っぽくなる。そんなギャップもまた彼女の魅力だ。

「今度、さくらさんを説得してみるわ」

「本当に!? ありがとう!」

 良かった。一筋の光がまだ残っていた。

 さくらは私と会おうとしない。話そうともしない。だったら、ひばりだけが最後の切り札だ。彼女に全てを委ねるしかない。

「それにしても、本当にみずほさんはさくらさんのことが好きなのね」

「そ、それは……。そりゃあそうだよ」

 普段は照れ隠ししているけど……。こんなときまで、本心を隠す必要はないだろう。

「私の、最初の友達だからね」

 気付いたら、流山駅まで戻ってきていた。

『都心から最も近いローカル線は、歴史の宝庫だった。 MIZUHO』
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