168 / 184
第25章 2人きりの鉄路 at 流鉄流山線
2人きりの鉄路⑤
しおりを挟む
「ねえ、見て。みずほさん」
近藤勇の陣屋跡から更に移動して、辿り着いたのはみりん工場の前だった。ここ流山はみりんの生産で有名なのだ。
ひばりが指さす先は工場の敷地とは正反対。町を代表するような広大な工場に背を向けていた。
「ここ、貨物の引込線の跡だったらしいわよ」
左方向に緩やかなカーブを描く道路。みりん工場へとアプローチするように敷かれた道は、ひばり曰く貨物線の廃線跡なのだとか。
「昔は流山駅から工場まで貨物線が繋がっていたのね」
なるほど、みりんの輸送に鉄道を使うのも合点がいく。銚子電鉄でも醤油の輸送をする貨物が走っていたと聞くし。
ただ、今はトラックに押されているのだろう。こうした貨物線も数を減らし続けている。
「ねえ、この道辿ってみましょう。そうしたら、駅に戻れるわよ」
「うん。そうだね」
ひばりと並んで進む。奥山線の時とはまた違う廃線跡巡りだ。
奥山線、か……。そういえば、あのときもさくらの様子がおかしかった。結局、月のものだと本人は言っていたけど、本当だったのだろうか。あれが前兆だったのではないだろうか。
だけど、じゃあ理由は何だろう。何か理由がなければ、さくらがあんな態度になるはずがない。そして、その理由は間違いなく私にある。
それがわからないのだ。心当たりがない。確かに試験勉強に彼女を誘わなかったのは、多少なりとも悪かったとは思ってる。でも、あれはその前だ。理由がない。
「はあ……」
「みずほさん、今日あまり元気ないわね」
あっと、いけない。思わずため息をついてしまった。
「ああ、違うんだよ。ひばりと一緒にいるのは楽しいんだよ」
「でも、さくらさんのことが気になるんでしょう?」
一瞬、息が詰まったような感覚に襲われた。あれ? 私、そんなにわかりやすかったかな?
「私だって気にしてるもの。さくらさんがみずほさんのお誘いを断るなんて、余程のことだわ。あなたなら尚更でしょう?」
やっぱりバレていたんだ。最初から。全部。
「うん……。気にするなって方が無理だよ……」
わかっていて、彼女は気付かぬふりをしていたんだ。最初からずっと。
「ひばりはわかってたんだね」
「ええ。みずほさんが、私に心配かけまいと隠してたから何も言わなかったけど。でも、これで流山の散策も終わりだし、隠し続けるのもお互いに負担でしょう?」
その通りだ。やっぱり私はこの子に敵わない。
「ねえ……。私、さくらに嫌われちゃったのかな……?」
そんな言葉が漏れ出した。心の赴くままに。
「そんなことはないと思うわよ?」
「でも……。あんな態度取られたらさ……」
「そうねぇ。そう思うのも無理ないわよねぇ」
ひばりが天を仰ぐ。どんな角度を向いてても、彼女の横顔は美しい。
「理由がわからなくてさ。試験勉強誘わなかっただけで、あんなに怒るものかなって」
「うん。私もそれは直接的な理由じゃないと思うわ」
やはり、ひばりもそう思うのか。もしかしたら、彼女は気付いているんじゃないだろうか。根本的な原因に。私が見つけられない何かに。
「ひばりは、どうしてだと思う? さくらが私を拒んでる理由」
「そうねぇ……」
後ろ手に組んで、青空を見上げている。その背筋の伸び方は針金が通ったように真っ直ぐで、喉元のしなやかなラインはどこか艶めかしかった。
「確証は持てないけど……。でも、これは私が直接言っちゃダメなことだと思うわ」
「そんな……!」
希望の芽が摘まれたような気がした。ひばりだけが頼りなのに。
「でも、大丈夫。私に任せて」
そう言って、いたずらっぽく人差し指を立てた。先ほどまでおしとやかなお嬢様然としていたのに、急に子供っぽくなる。そんなギャップもまた彼女の魅力だ。
「今度、さくらさんを説得してみるわ」
「本当に!? ありがとう!」
良かった。一筋の光がまだ残っていた。
さくらは私と会おうとしない。話そうともしない。だったら、ひばりだけが最後の切り札だ。彼女に全てを委ねるしかない。
「それにしても、本当にみずほさんはさくらさんのことが好きなのね」
「そ、それは……。そりゃあそうだよ」
普段は照れ隠ししているけど……。こんなときまで、本心を隠す必要はないだろう。
「私の、最初の友達だからね」
気付いたら、流山駅まで戻ってきていた。
『都心から最も近いローカル線は、歴史の宝庫だった。 MIZUHO』
近藤勇の陣屋跡から更に移動して、辿り着いたのはみりん工場の前だった。ここ流山はみりんの生産で有名なのだ。
ひばりが指さす先は工場の敷地とは正反対。町を代表するような広大な工場に背を向けていた。
「ここ、貨物の引込線の跡だったらしいわよ」
左方向に緩やかなカーブを描く道路。みりん工場へとアプローチするように敷かれた道は、ひばり曰く貨物線の廃線跡なのだとか。
「昔は流山駅から工場まで貨物線が繋がっていたのね」
なるほど、みりんの輸送に鉄道を使うのも合点がいく。銚子電鉄でも醤油の輸送をする貨物が走っていたと聞くし。
ただ、今はトラックに押されているのだろう。こうした貨物線も数を減らし続けている。
「ねえ、この道辿ってみましょう。そうしたら、駅に戻れるわよ」
「うん。そうだね」
ひばりと並んで進む。奥山線の時とはまた違う廃線跡巡りだ。
奥山線、か……。そういえば、あのときもさくらの様子がおかしかった。結局、月のものだと本人は言っていたけど、本当だったのだろうか。あれが前兆だったのではないだろうか。
だけど、じゃあ理由は何だろう。何か理由がなければ、さくらがあんな態度になるはずがない。そして、その理由は間違いなく私にある。
それがわからないのだ。心当たりがない。確かに試験勉強に彼女を誘わなかったのは、多少なりとも悪かったとは思ってる。でも、あれはその前だ。理由がない。
「はあ……」
「みずほさん、今日あまり元気ないわね」
あっと、いけない。思わずため息をついてしまった。
「ああ、違うんだよ。ひばりと一緒にいるのは楽しいんだよ」
「でも、さくらさんのことが気になるんでしょう?」
一瞬、息が詰まったような感覚に襲われた。あれ? 私、そんなにわかりやすかったかな?
「私だって気にしてるもの。さくらさんがみずほさんのお誘いを断るなんて、余程のことだわ。あなたなら尚更でしょう?」
やっぱりバレていたんだ。最初から。全部。
「うん……。気にするなって方が無理だよ……」
わかっていて、彼女は気付かぬふりをしていたんだ。最初からずっと。
「ひばりはわかってたんだね」
「ええ。みずほさんが、私に心配かけまいと隠してたから何も言わなかったけど。でも、これで流山の散策も終わりだし、隠し続けるのもお互いに負担でしょう?」
その通りだ。やっぱり私はこの子に敵わない。
「ねえ……。私、さくらに嫌われちゃったのかな……?」
そんな言葉が漏れ出した。心の赴くままに。
「そんなことはないと思うわよ?」
「でも……。あんな態度取られたらさ……」
「そうねぇ。そう思うのも無理ないわよねぇ」
ひばりが天を仰ぐ。どんな角度を向いてても、彼女の横顔は美しい。
「理由がわからなくてさ。試験勉強誘わなかっただけで、あんなに怒るものかなって」
「うん。私もそれは直接的な理由じゃないと思うわ」
やはり、ひばりもそう思うのか。もしかしたら、彼女は気付いているんじゃないだろうか。根本的な原因に。私が見つけられない何かに。
「ひばりは、どうしてだと思う? さくらが私を拒んでる理由」
「そうねぇ……」
後ろ手に組んで、青空を見上げている。その背筋の伸び方は針金が通ったように真っ直ぐで、喉元のしなやかなラインはどこか艶めかしかった。
「確証は持てないけど……。でも、これは私が直接言っちゃダメなことだと思うわ」
「そんな……!」
希望の芽が摘まれたような気がした。ひばりだけが頼りなのに。
「でも、大丈夫。私に任せて」
そう言って、いたずらっぽく人差し指を立てた。先ほどまでおしとやかなお嬢様然としていたのに、急に子供っぽくなる。そんなギャップもまた彼女の魅力だ。
「今度、さくらさんを説得してみるわ」
「本当に!? ありがとう!」
良かった。一筋の光がまだ残っていた。
さくらは私と会おうとしない。話そうともしない。だったら、ひばりだけが最後の切り札だ。彼女に全てを委ねるしかない。
「それにしても、本当にみずほさんはさくらさんのことが好きなのね」
「そ、それは……。そりゃあそうだよ」
普段は照れ隠ししているけど……。こんなときまで、本心を隠す必要はないだろう。
「私の、最初の友達だからね」
気付いたら、流山駅まで戻ってきていた。
『都心から最も近いローカル線は、歴史の宝庫だった。 MIZUHO』
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
女の子なんてなりたくない?
我破破
恋愛
これは、「男」を取り戻す為の戦いだ―――
突如として「金の玉」を奪われ、女体化させられた桜田憧太は、「金の玉」を取り戻す為の戦いに巻き込まれてしまう。
魔法少女となった桜田憧太は大好きなあの娘に思いを告げる為、「男」を取り戻そうと奮闘するが……?
ついにコミカライズ版も出ました。待望の新作を見届けよ‼
https://www.alphapolis.co.jp/manga/216382439/225307113
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる