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第23章 来て見て発見天浜線 at 天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線

来て見て発見天浜線③

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 掛川駅を出た天浜線は、すぐに東海道本線から別れ、進路を北に向ける。しばらくの間、掛川市の市街地を通っていくが、いこいの広場駅のあたりから車窓は郊外の景色へと変わっていく。

 掛川駅を出て約25分ほどで次郎柿じろうがき発祥の地・森町もりまちの中心駅、遠州森えんしゅうもり駅に到着する。線内最初の有人駅だ。

 ここで列車交換をしてから発車。徐々に緑が濃くなっていき、いかにもローカル線という風景を眺めながら進んでいくと、天浜線の車両基地がある天竜二俣てんりゅうふたまた駅へと至る。ここから先は浜松市だ。

 二俣川、天竜川を越えて、到着するのが西鹿島にしかじま駅。遠鉄との接続駅だ。ここから先、岡地おかじまでは昨日乗車した区間だ。

 奥山線おくやませんの在りし日の姿を脳内に思い浮かべながら岡地を過ぎると、西気賀にしきが駅のあたりで進行方向左側に青々とした湖が見え始める。浜名湖だ。ここから天浜線は浜名湖の北側をぐるりと回っていく。

 が、それは同時に私たちが下車する駅に近づいていることを意味していた。西気賀から2つ目、浜名湖佐久米はまなこさくめ駅で我々3人は途中下車をした。

 駅に降り立つと、コンクリート造りのホームが真っ白に塗り尽くされていた。ユリカモメの群れがホーム上にあふれかえっているのだ。足の踏み場もない。人は全然いないのに、鳥たちが人口密度を異様なまでの高数値へ押し上げているのだ(この場合は鳥口密度だろうか?)。

 なんとかホーム端へと移動すると、警笛が鳴った。ちょうど発車するタイミングだったのだ。エンジンがギアを上げ、鉄の塊が動き出す。

 その瞬間だった。水鳥たちが一斉にはばたいたのだ。まるで列車が真っ白なベールに覆われたよう。この駅で降りた理由の1つがこれ。この瞬間を撮影したかったのだ。

 3人分のシャッター音が小さく響く。水鳥の鳴き声にかき消されていたが、その音は確かに私の耳に届いていた。列車は私たちの横を通過する。ほんの数刻でけたたましいエンジン音は遠ざかってしまった。後には私たち3人と水鳥の群れが残された。

 もう1つ、浜名湖佐久米には魅力がある。それがホームからの眺望だ。

 列車がいなくなって初めて開ける線路側の景色。そこには凪いだ浜名湖の湖面と、その上を通る東名高速道路が広がっていた。高速道路と線路で囲まれたいくばくかの湖面のスペースを、水鳥たちが悠々と舞っている。群れなすその姿は、サーカス団が見せる曲芸のようだった。

「ねえ、写真撮りましょう!」

 率先してこういうことを言うのはひばりだ。もし、私とさくらだけだったら、絶対自分たちの写真を撮ったりはしないだろう。

「いいよ!」

「あっ、でもちょっと待った」

 ひばりの言うことだ。私はもちろん乗る。が、珍しくさくらがストップをかけた。

「何? どしたの?」

「その前に、ちょっと寄りたいところがあるんだよ」

 そう言って、彼女は駅舎へと向かう。こっちこっち、と手招きしながら。

 仕方ない。ついていってやろう。駅舎を抜けて、駅前の道路を渡る。駅の向かい側にある和風建築の建物へと向かった。入り口は閉鎖されている。扉の前に記名用の台帳が設置されていた。

「先に名前書いておくんだよ」

 ここは私たちが後ほど訪れる予定だった、うなぎ料理のお店だ。今は10時半ぐらい。開店は11時だから、わざわざ寄る必要なんてないのに。

「違うんだよ。先に名前だけ書いておくんだわ。ここ人気店だからさ、先に書いとかないとすげえ待たされるんだよ」

 そんなものなのだろうか。気になって覗き込んでみると、さくらの名前は上から4番目にあった。つまり、もう3組先に待機しているグループがいるということだ。

「マジで?」

「土日だと1時間以上前から待つ人もいるらしいぜ」

 うひゃー、信じられない。そんなに人気なんだ、ここ。冬休み中で良かった。

「よしっと。んじゃ、戻るか」

 待ち時間は駅のホームで。というわけで、私たちは再び浜名湖佐久米駅へと戻ってきたのである。

「じゃあ、写真を撮りましょう!」

 ああ、それ忘れてなかったんだね。ひばりの号令でいざ撮影開始。トップバッターはさくらとひばりだ。撮影役は私。

 浜名湖をバックにホームに立つ2人。すると、何やら2人でこそこそ話を始めた。何だ何だ。何をしようとしているんだ、こいつら。

「みずほ! ちゃんと撮ってくれよ!」

 そう言うと、おもむろに2人は手をつないで、勢いよくジャンプしたではないか。こんなの聞いてない。ちゃんと撮れ、どころの問題じゃない。慌ててシャッターを切ったが、時既に遅しだった。

「どうだった?」

「どうだった? じゃないよ!」

 スマホの画面を見せる。そこにはブレブレの写真が映し出されていた。

「みずほの下手くそー」

「できるか! 先に言ってよ、こういうのは!」

「ははは、わりいわりい」

 さては私で遊んでるな、こいつ。ひばりまで乗るなんてひどいよ。まあ、いつもの調子のさくらが戻ってきてるから、私としては一安心なんだけど。

「次はちゃんとかけ声かけてよ」

「はいはい、わかったよ」

 そう言って、元の位置に戻る。テイク2だ。

「せーのっ!」

 今度はばっちり。ひばりのブロンズヘアがふわっと広がって、とても見栄えの良い写真になった。さくら? あいつは別にどうでも良いよ。ひばりが綺麗に写るかどうかが大事なんだから。

「じゃあ、次は私が撮るわね」

 立ち位置をひばりと交代。てことは、私とさくらが被写体か。

 うげ、なんか嫌だな。

「おいおいおい。そんなあからさまに嫌そうな顔するな」

 あれ? バレてる? まあ、さくらだし、いっか。

「いや、だって、私たち2人で撮るのって、なんか恥ずかしくない?」

「お父さんがいつも写真撮ってくれてたじゃん」

「それは子供の頃の話でしょ」

 大人になった今となっては、どうも恥ずかしさの方が前面に出てしまうのだ。

「ほーら、2人とも。撮るわよ」

 仕方ないな。適当に並んでピースで良いか。

「ダメよ、2人とも。もっとくっついて」

 まさかのダメ出し。えー、くっつくのー? こいつとー?

「ほら、もっと来いって」

 しょうがないな。ひばりの言うことだから仕方なくだよ?

 さくらとゼロ距離。うわ、無性に恥ずかしい。

「ダメダメ。もっと腕とか組んで」

 ひばりカメラマン、更なる要求である。なんでこいつとそんなことしなくちゃいけないんだ。

「……だってよ」

 先に腕を絡ませてきたのは、さくらの方だった。が、彼女も流石にこれは思うところがあるのか、視線が泳いでいる。

 はあー、まったく仕方ないな。こうなればもうなるがままだ。

「い、いえーい!」

 組んだ腕に力を込めて幼馴染みを引き寄せる。そして、力強く拳を天に突き上げた。もうやけくそである。

「良いわね! パワフルな感じ!」

「ほら! さくらもやって!」

「え!?」

 私1人でこれをやるのは耐えられない。さくらも巻き添えである。

「あー、もうわかったよ! いえーい! ふー!」

「良い良い! 良い感じよ!」

 こうして注文の多いひばりカメラマンによる撮影会は幕を閉じたのである。

「んじゃ、最後は私が撮影役だな」

 さくらとひばりが入れ替わる。ひばりとツーショットか。な、なんか緊張するな。さくらの時と違って、胸が高鳴ってしまう。

「ね、ねえ。あれやらない?」

「あれ?」

「そう。あの、2人でハート作るやつ。こう、お互い片手出してさ」

「ああ、あれね! 良いわよ!」

 おお、思ったより素直に応じてくれた。羽根のように軽くなった気分だ。

「じゃ、じゃあ……」

 私が右手で、ひばりが左手で、それぞれ半分のハートを作る。それを合わせて、1つのハートのできあがり。まるでアイドルのチェキ会みたいだ。こ、これやるの、ひそかな夢だったんだよね。

 ふと、水鳥たちの甲高い鳴き声が響いた。真っ白な群れが一斉に飛び立つ。おお、まるで私たち2人を祝福しているかのようだ。さあ、今だ、さくら。今が絶好のシャッターチャンスだ。撮れ、さくら。

「……」

「さくら?」

 スマホを構えた幼馴染みは微動だにしない。それどころか、スマホを下ろしてしまった。何やってるんだか。最高のシャッターチャンスだったのに。

「気持ち悪っ」

「おい、さくら! なんでそうなるのよ!」

 無人駅に私の叫びがこだました。が、すぐにそれは、ユリカモメたちの鳴き声に上書きされていったのである。
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