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第22章 奥山線を追え at 遠州鉄道奧山線廃線跡

奥山線を追え⑥

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「へー、じゃあ奥山線って三方ヶ原みかたがはらとか井伊谷いいのやとか通ってたのね」

「そうなんだよ」

 浜松城北側の駐車場を超え、私立学校の敷地の脇を通っていく。高台にある学校だから通うの大変そうだななんて思ったり。

「奥山線が残っていたら、大河ドラマの舞台を回れたのね」

「そうそう。惜しいことしちゃったよね」

 道行く自転車は学生さんが多い。この先に高校があることが一因なのだろう。部活帰りだろうか。

「でも、家康はともかくとしてさ、まさか井伊が大河ドラマになるとは思わないじゃん? しかも、井伊直弼いいなおすけならまだしも、直虎なおとらだよ? 戦国時代の井伊氏だよ? 誰も予想できないって」

 ちょうど、かつての奥山線のルートについての話が盛り上がっていたところだ。奥山線は意外にも大河ドラマと所縁深い場所を通る路線だった。三方原は家康と武田信玄の合戦の跡地だし、井伊谷は数年前の井伊家を主人公にした大河ドラマの舞台だった。

「それで、終点の奥山まで行くとね、方広寺ほうこうじってお寺があってね。そこに有名な徳川家康の肖像画が保管されてるんだってさ」

「そうなのね。じゃあ、もし奥山線が残っていたら、大河ドラマ効果がすごかったかもしれないわね」

 そうなんだよ。だから、本当にもったいない廃線だったんだ。まあ、廃線から50~60年後に沿線が大河ドラマで盛り上がるなんて、誰も予想できないと思うけどね。それまで経営が保っていたか怪しいし。

 いやー、しかしもったいない。鉄道で回る大河ドラマの史跡巡り、してみたかったなぁ。

「あら? みずほさん、見て」

 駄弁りながらのんびり歩いていると、切り立った崖にぶち当たった。その斜面を貫くようにトンネルが穿たれている。

「あっ、あれだ!」

 ようやく廃線跡と呼べるものが現れた。近寄ってみると、レンガ造りのトンネルだった。入り口付近のレリーフには、往年の奥山線の写真が貼られている。

 これだ。これこそが、今もなお残る奥山線の遺構。亀山かめやまトンネルだ。

「思ったより狭いのね」

 そう言って、ひばりがトンネルの入り口に立つ。両手を目一杯広げて、両壁まで必死に腕を伸ばしていた。

「両手が着いちゃいそう!」

軽便けいべん鉄道だったからね。線路幅も車両幅も狭かったんだよ」

「軽便鉄道?」

「そう。線路幅が狭いほど、敷設するときにかかる費用が浮くからね」

 改めて、トンネルを覗き込む。本当に幅が狭い。人が2人並んだら、道幅が埋まってしまいそうだ。

「こういう軽便鉄道って昔は結構多かったみたいなんだけどね。今でも残されてる路線は数えられるほどでさ。例えば、三岐鉄道北勢線さんぎてつどうほくせいせんとか」

「ナローゲージってやつね」

「そうそう」

 大井川鉄道井川線おおいがわてつどういかわせんも豆汽車のようなトロッコ列車だったけど、あれと同じかそれ以上に小さな車体幅だったんじゃなかろうか。少なくともトンネル幅だけなら、井川線旧線の廃線跡よりも狭いかもしれない。

 私とひばりは縦に並んで進むことにした。時々、自転車に乗った地元の人や学生さんとすれ違う。廃線になった後も地元の生活道路として使われているのだと思うと、ちょっぴり嬉しくなった。全く縁もゆかりもない路線なのに。鉄道オタクの性だろうか。

 トンネル内には往事の奥山線の写真が展示されている。それに天井を見上げると、黒い汚れが残っていた。整備されて綺麗になってるとはいえ、ここは廃線跡だ。ひょっとしたら、蒸気機関車の煙や煤の跡なのかもしれない。

 ここを小さな汽車が通っていたのか……。トンネル内は周囲の景観から謝絶されるから、かつての姿をありありと想像できた。なるほど、ここを……。

 トンネルを抜けると遊歩道が伸びていた。どうやらこれが廃線跡らしい。トンネル前よりもわかりやすくて助かる。

 カーブを抜けていくと、マンションに沿う形でレリーフが立っていた。鉄道を象った碑のようだ。

「ここが広沢ひろさわ駅の跡って感じかな」

「やっと跡地を示すものが現れたわね」

 とはいえ、駅があった痕跡なんて見当たらない。マンションの土台になっているコンクリートがホーム跡なのだろうか。なんとなくそんな感じにも見える。でも、確証は持てない。

 まあ、仕方ない。60年前に消滅した路線なのだ。線路跡が一部遊歩道になっているだけでも奇跡だろう。

 先を進んだ私たちは、アーチ状の陸橋のようなものをくぐった。どうやらこれもトンネルだったらしい。広沢トンネルというのだとか。トンネルというよりガードみたいだ。

 広沢トンネルを抜けると、右手に小さな公園が広がっていた。銀河鉄道999を思わせる宙に向かって伸びる線路と、今にも天へと駆けのぼっていきそうな蒸気機関車が象られたモニュメントが鎮座している。

 近寄って見てみると、どうもモニュメントではなさそうだ。これ、滑り台じゃないかな?

「!?」

 思わず声にならない悲鳴が出そうになった。何せ、滑り台から手が伸びていたからだ。

 冷静になってみてみると、滑り台に寝っ転がってる人がいるようだ。その人物をよく観察してみると、それはなんとさくらだった。あのバカ、こんなところにいたのか。

「さくらさ――」

「しっ!」

 慌ててひばりの口をつむぐ。もう少し、さくらの様子を観察していたかった。

 天に向かって手を伸ばすさくら。その先には、蒸気機関車のモニュメントがあった。それを捕まえるように手を握り、すぐに開く。グー、パー、グー、パーと繰り返す。その表情には笑みが浮かんでいた。今日、一度も私たちに見せていない、笑みを。

 もういいかな。

「なーに笑ってんの?」

 私が覗き込んだ瞬間、さくらの表情は一瞬驚愕に彩られた後、あっという間に恥ずかしげなものに変わった。よりによって私に見られたのだ。しめしめといった感じだ。

「わ、笑ってねーし」

 滑り台を降りて、そそくさと立ち上がった幼馴染みは、私たちが来たルートを早足で戻っていく。

「笑ってたじゃん」

「笑ってねーし!」

「笑ってたよ。ねえ、ひばり?」

「ええ、笑ってたわ」

「だから、笑ってねえっつってんだろ!」

 さくらが立ち止まって振り向いた。頬が紅潮している。

「やっとこっち見てくれた」

「えっ?」

 たぶん今回の旅で初めて。さくらと目が合ったのは、これが最初なのだ。

「心配したんだよ、この大バカ」

 2つの瞳が動く。私、ひばり、私。交互に視線が動いた。

「でも、その調子なら大丈夫そうだね」

「……うっせ」

 そう小さく呟いて、すぐに背中を向けてしまう。

「もう、待ってってば」

 即座にその背に追いついて、両肩に手を乗せた。

「帰りは一緒に帰ろう」

 瞬間、自分の両肩に重みを感じた。

「私も!」

「ひばり……」

 さくらの後ろに私がついて、私の後ろにひばりがついて。まるで電車ごっこみたいだ。

「じゃあ、さくらを先頭に。ゴーゴー」

「さくらさんが進まないと私たちも進めないわよ」

「……ったく」

 ぐっと引っ張られるような感覚。さくらが歩き始めたのだ。一歩、また一歩。奥山線のかつての線路上を進んでいく。

「仕方ねえな、お前ら」

 3人並んで進む姿は、奥山線に再び復活した夢の列車のようだった。

『失われたものは戻ってこない。だけど、そこにあった事実は決してなくならない。 MIZUHO』
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