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第22章 奥山線を追え at 遠州鉄道奧山線廃線跡
奥山線を追え⑤
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岡地から再び天浜線に乗って西鹿島へ。ここで遠鉄に乗り換えて南下する。先ほど辿ってきたルートを戻っていくような行程だ。
が、新浜松までは乗り通さない。終着の2駅手前、遠州病院駅で私たちは最後の途中下車を試みた。
相対式の高架駅は、周囲のビル群も相まって、まるで東京都心にいるかのような雰囲気を醸し出していた。遠鉄線の面白みはまさにこれなのだ。地方私鉄なのに都会を走っているように思わせてくれる。唯一無二の特徴と言えよう。
さて、この遠州病院駅は、実は元々遠鉄浜松駅と名乗っており、奥山線の始発駅でもあったのだ。本来は最初に訪れるべきなんだろうけど、行程の都合上最後になってしまった。うん、仕方ない。天浜線の方が本数少ないんだもの。仕方ない。
高架のホームを降りて、隣接する公民館の方へ移動する。この公民館が、高架化前の遠鉄浜松駅だったのだ。実際、かつての駅跡を示す標も立っている。
そして、この建物の北側へ回ると、駐輪場と小さな公園が広がっている。この整備された公園の真ん中を、カーブを描きながら進んでいる遊歩道こそが、奥山線の跡なのだ。では、これに沿ってちょっと歩いてみようと思う。
「あっ、ちょっと」
例によって、さくらが1人でさっさと歩き始める。彼女の後ろを私とひばりで追っていくのだ。本日、何度見た光景か。
早歩きでずんずん進んでいくさくら。スピードを上げて彼女についていく私たち。奥山線の線路跡と思われる路地裏を、追いかけっこするように進んでいく。のだが……。
「ま、待って……」
浜松城の駐車場のあたりで、とうとう私に限界が来た。それもそのはず。天浜線のときから、ずっと早足でさくらを追いかけているのだ。流石に追いつけなくなってきた。
「ぜえ……はあ……。ギブ……」
縁石に座り込んでしまう。ただでさえ、運動不足の私なのだ。随分と足にきている。
「みずほさん、大丈夫?」
「私のことは良いから……。さくらのこと、追いかけて……」
「そうはいかないわ」
そう言って、ひばりは私の隣に腰かけた。お嬢様がそんなはしたないことしちゃダメだって。
「みずほさんだけ置いていくなんて私にはできないわ」
ハンカチで私の汗をぬぐってくれる。ああ、なんかハンカチまでめっちゃ良い匂いする。フローラルの甘い香り。私の汗で汚してしまうなんて申し訳ない。
それから、ペットボトルの飲み物を差し出してくれた。
「大丈夫? 飲める?」
「う、うん。ありがと……」
そう言って、受け取ろうとした瞬間だった。重大な事実に気付いてしまったのだ。
何しろ、彼女のペットボトルは飲みかけだ。つまり、もしこれを飲んでしまったら、それは間接キスということになってしまうのではないか……?
いーや、ダメダメ! そんなのは絶対ダメだ!
「だ、大丈夫大丈夫! 自分のあるから!」
「そう?」
心配そうに覗き込んでくる。いやいや、近いって!
「うん、本当に大丈夫! 本当の本当に大丈夫だから!」
リュックから取り出した飲み物を一気に流し込んでいく。元気ですよアピールだ。
「ね! 平気でしょ!」
「そうね。良かったわ」
差し出した飲み物は引っ込めてくれた。助かった。
それにしても……。
進行方向へ目をやる。さくらの姿は既にもう視界から失われていた。私のことなんか気にせず、先に向かってしまったのだろう。
「はあ……」
全く、何なんだ、あいつは。ため息も大きくなってしまう。
「全然ダメだったね。さくら、ずっとあの調子じゃん」
「そうね。普段と全然違うわ。ノリが悪いというか」
そう! それなんだよ!
「やっぱり何かあったのかもしれないわね。それとも、体調が優れないか。やっぱり私聞いてみるわ」
「いや、それはやめてあげて」
あんまりこういうのは無理に聞き出さない方が良いと思う。少なくとも、この旅の間は。
「一応あいつも予定通りの行動はしてくれてるわけだしさ。今はそっとしておいてあげようよ」
「みずほさんがそう言うなら……」
そう言って、取り出したスマートフォンをしまった。
「なんだか、ちょっと意外だわ。みずほさん、さくらさんにはもっと遠慮がないと思ってた」
「そんなことないよ。自分なりに線引きはしてるつもり」
そうだ。幼馴染みだからって、踏み込んでほしくない領域まで土足で入り込むべきじゃない。むしろ、幼馴染みだからこそ、守るべき節度があるのだ。
「私はなんでも言い合えるような関係、羨ましいと思ってたんだけどな」
「え?」
おもむろに彼女は立ち上がった。ブロンズの髪がふわりと揺れる。傾きかけた夕陽に照らされて、キラリと光が放たれた。
「そろそろ行きましょう。立てるかしら?」
「ああ、うん」
少し座ったおかげで体力が戻ってきたようだ。暗くなる前に行けるところまで行っちゃいたいし、そろそろ動き始めないと。
差し伸べられた手を握る。柔らかくて、すべすべしていて、汗の一つもかいていない。私とは大違いだなと思った。
が、新浜松までは乗り通さない。終着の2駅手前、遠州病院駅で私たちは最後の途中下車を試みた。
相対式の高架駅は、周囲のビル群も相まって、まるで東京都心にいるかのような雰囲気を醸し出していた。遠鉄線の面白みはまさにこれなのだ。地方私鉄なのに都会を走っているように思わせてくれる。唯一無二の特徴と言えよう。
さて、この遠州病院駅は、実は元々遠鉄浜松駅と名乗っており、奥山線の始発駅でもあったのだ。本来は最初に訪れるべきなんだろうけど、行程の都合上最後になってしまった。うん、仕方ない。天浜線の方が本数少ないんだもの。仕方ない。
高架のホームを降りて、隣接する公民館の方へ移動する。この公民館が、高架化前の遠鉄浜松駅だったのだ。実際、かつての駅跡を示す標も立っている。
そして、この建物の北側へ回ると、駐輪場と小さな公園が広がっている。この整備された公園の真ん中を、カーブを描きながら進んでいる遊歩道こそが、奥山線の跡なのだ。では、これに沿ってちょっと歩いてみようと思う。
「あっ、ちょっと」
例によって、さくらが1人でさっさと歩き始める。彼女の後ろを私とひばりで追っていくのだ。本日、何度見た光景か。
早歩きでずんずん進んでいくさくら。スピードを上げて彼女についていく私たち。奥山線の線路跡と思われる路地裏を、追いかけっこするように進んでいく。のだが……。
「ま、待って……」
浜松城の駐車場のあたりで、とうとう私に限界が来た。それもそのはず。天浜線のときから、ずっと早足でさくらを追いかけているのだ。流石に追いつけなくなってきた。
「ぜえ……はあ……。ギブ……」
縁石に座り込んでしまう。ただでさえ、運動不足の私なのだ。随分と足にきている。
「みずほさん、大丈夫?」
「私のことは良いから……。さくらのこと、追いかけて……」
「そうはいかないわ」
そう言って、ひばりは私の隣に腰かけた。お嬢様がそんなはしたないことしちゃダメだって。
「みずほさんだけ置いていくなんて私にはできないわ」
ハンカチで私の汗をぬぐってくれる。ああ、なんかハンカチまでめっちゃ良い匂いする。フローラルの甘い香り。私の汗で汚してしまうなんて申し訳ない。
それから、ペットボトルの飲み物を差し出してくれた。
「大丈夫? 飲める?」
「う、うん。ありがと……」
そう言って、受け取ろうとした瞬間だった。重大な事実に気付いてしまったのだ。
何しろ、彼女のペットボトルは飲みかけだ。つまり、もしこれを飲んでしまったら、それは間接キスということになってしまうのではないか……?
いーや、ダメダメ! そんなのは絶対ダメだ!
「だ、大丈夫大丈夫! 自分のあるから!」
「そう?」
心配そうに覗き込んでくる。いやいや、近いって!
「うん、本当に大丈夫! 本当の本当に大丈夫だから!」
リュックから取り出した飲み物を一気に流し込んでいく。元気ですよアピールだ。
「ね! 平気でしょ!」
「そうね。良かったわ」
差し出した飲み物は引っ込めてくれた。助かった。
それにしても……。
進行方向へ目をやる。さくらの姿は既にもう視界から失われていた。私のことなんか気にせず、先に向かってしまったのだろう。
「はあ……」
全く、何なんだ、あいつは。ため息も大きくなってしまう。
「全然ダメだったね。さくら、ずっとあの調子じゃん」
「そうね。普段と全然違うわ。ノリが悪いというか」
そう! それなんだよ!
「やっぱり何かあったのかもしれないわね。それとも、体調が優れないか。やっぱり私聞いてみるわ」
「いや、それはやめてあげて」
あんまりこういうのは無理に聞き出さない方が良いと思う。少なくとも、この旅の間は。
「一応あいつも予定通りの行動はしてくれてるわけだしさ。今はそっとしておいてあげようよ」
「みずほさんがそう言うなら……」
そう言って、取り出したスマートフォンをしまった。
「なんだか、ちょっと意外だわ。みずほさん、さくらさんにはもっと遠慮がないと思ってた」
「そんなことないよ。自分なりに線引きはしてるつもり」
そうだ。幼馴染みだからって、踏み込んでほしくない領域まで土足で入り込むべきじゃない。むしろ、幼馴染みだからこそ、守るべき節度があるのだ。
「私はなんでも言い合えるような関係、羨ましいと思ってたんだけどな」
「え?」
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「そろそろ行きましょう。立てるかしら?」
「ああ、うん」
少し座ったおかげで体力が戻ってきたようだ。暗くなる前に行けるところまで行っちゃいたいし、そろそろ動き始めないと。
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