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第22章 奥山線を追え at 遠州鉄道奧山線廃線跡
奥山線を追え①
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軽快なドアチャイムと共に、東海道新幹線の扉が開かれる。ホームに降りると、冷たい空気が私たちを包み込んだ。
空気は冷たい。だけど、関東と違って、芯から冷えるような感覚はなかった。
それもそうだろう。私たちが降り立った静岡県は、日本の中でも温暖な地域の1つである。関東平野のような放射冷却が生じない分、寒さも幾分か和らいでいる。
「うーん! 着いたわ、浜松!」
ひばりが背伸びをしながらそう言った。静岡県浜松市。静岡県西部、遠州地域の中心都市であり、県庁所在地の静岡市を凌いで県内最大の人口を有する都市である。
「みずほさん! かの大君・徳川家康公が立身出世を遂げた街よ! 楽しみだわ!」
行きの新幹線から、ひばりはずっとこの調子なのだ。理由は簡単で、もうすぐ新しい大河ドラマが始まるから。そして、その主人公が徳川家康なのだ。
至極単純なことなのだが、楽しそうなひばりを見るのは私もやぶさかではない。それに、私だって彼女ほどではないが、高揚感を抑えられないのだ。大河ドラマの舞台に一足早く到着したんだもの。
「でもね、ひばり。今回は家康公ゆかりの地は巡らないからね。あくまで今回は鉄道旅だから」
「わかってるわ。家康公が息づいてた街にいるってだけで、私嬉しいのよ」
ちなみに、ひばりが徳川家康の大ファン……というわけではないらしい。単純に戦国時代が好きなだけのようだ。その辺は私と同じだなって。
「とりあえず、行こうか。ねっ、さくらも。……さくら?」
振り向くと、当の幼馴染みが駅名標を撮影していた。随分と私たちから距離ができてしまっている。
「さくら! 置いてくよ!」
そう呼びかけると、彼女はスマホをしまってこちらを見据えた。返事の1つも返しやしない。でも、早足気味にこちらに向かってくる。これならまあ、安心かな。
と、思っていたのだが。私たちと合流もせず、通り過ぎてしまったのだ。一目散に下り階段へと向かっていく。
「ちょっと、さくら! 何してんの!?」
「行くんだろ? 早くしろよ」
一瞥もせずに彼女の背中はコンコースへと消えていった。
「何、あいつ」
今回の旅、どうにもさくらの様子が変なのだ。普段は盛り上げ役なのに、あまり会話に入ってこようとしない。ずっとどこか上の空といった感じだ。こっちが何か言えば反応してくれるんだけど。なんだか別人と一緒にいるような気がして落ち着かない。
「変なものでも食べたのかな?」
「聞いてみたらどうかしら?」
「いや、だって私と話そうとしないじゃん。あいつ」
致し方なく、ひばりと2人で改札へと降りていくことにした。
「体調悪かったら言えっつーの。言ってくれたら、こっちだって対応するのに」
コンコース内の車の展示場を過ぎると、自動改札はもう目の前だ。改札を出てすぐの柱にもたれている人影が1つ。さくらだ。手持ち無沙汰気味にスマホをいじっている。
「先に行っておいて結局待ってんじゃん」
改札機に2枚の切符を飲み込ませて、南北を貫く自由通路に出た。なんだか構造が静岡駅と似ているような気がする。
「ちょっと、さくら」
目線だけが上がる。
「何かあるなら言ってよ。なんか今日のさくら変だよ? 心配」
「別に。なんでもねえよ」
そう言って、スマホをしまって、背中を向けた。
「ほら、飯食うんだろ? 行くぜ」
再び彼女の背中が遠ざかる。だから、勝手に行くなっての。
「なんでもないってことないでしょ……」
小さくなっていく背中がどこか寂しげで。私としても不安が募る。
うーん、だけど。下手に踏み込みすぎるのもどうかと思う。幼馴染だからって、何でもして良いわけじゃない。そのくらいの節度は持っている。
今はそっとしておくのが一番なんじゃないだろうか。
「ねえ、みずほさん」
「何?」
「さくらさんに何か悩み事があるなら、それを吹き飛ばすくらい楽しめば良いんじゃないかしら?」
つまり?
「私たちで盛り上げていきましょう」
なるほど、そういうことか。さくらだってここまで来ている以上、出かけられないほど深刻ってわけではないだろうし。
「よし、がんばろう!」
「ええ!」
ここに、さくらを元気づけ隊が結成されたのである。これは私たちが目一杯楽しむことにも繋がるのだから。
空気は冷たい。だけど、関東と違って、芯から冷えるような感覚はなかった。
それもそうだろう。私たちが降り立った静岡県は、日本の中でも温暖な地域の1つである。関東平野のような放射冷却が生じない分、寒さも幾分か和らいでいる。
「うーん! 着いたわ、浜松!」
ひばりが背伸びをしながらそう言った。静岡県浜松市。静岡県西部、遠州地域の中心都市であり、県庁所在地の静岡市を凌いで県内最大の人口を有する都市である。
「みずほさん! かの大君・徳川家康公が立身出世を遂げた街よ! 楽しみだわ!」
行きの新幹線から、ひばりはずっとこの調子なのだ。理由は簡単で、もうすぐ新しい大河ドラマが始まるから。そして、その主人公が徳川家康なのだ。
至極単純なことなのだが、楽しそうなひばりを見るのは私もやぶさかではない。それに、私だって彼女ほどではないが、高揚感を抑えられないのだ。大河ドラマの舞台に一足早く到着したんだもの。
「でもね、ひばり。今回は家康公ゆかりの地は巡らないからね。あくまで今回は鉄道旅だから」
「わかってるわ。家康公が息づいてた街にいるってだけで、私嬉しいのよ」
ちなみに、ひばりが徳川家康の大ファン……というわけではないらしい。単純に戦国時代が好きなだけのようだ。その辺は私と同じだなって。
「とりあえず、行こうか。ねっ、さくらも。……さくら?」
振り向くと、当の幼馴染みが駅名標を撮影していた。随分と私たちから距離ができてしまっている。
「さくら! 置いてくよ!」
そう呼びかけると、彼女はスマホをしまってこちらを見据えた。返事の1つも返しやしない。でも、早足気味にこちらに向かってくる。これならまあ、安心かな。
と、思っていたのだが。私たちと合流もせず、通り過ぎてしまったのだ。一目散に下り階段へと向かっていく。
「ちょっと、さくら! 何してんの!?」
「行くんだろ? 早くしろよ」
一瞥もせずに彼女の背中はコンコースへと消えていった。
「何、あいつ」
今回の旅、どうにもさくらの様子が変なのだ。普段は盛り上げ役なのに、あまり会話に入ってこようとしない。ずっとどこか上の空といった感じだ。こっちが何か言えば反応してくれるんだけど。なんだか別人と一緒にいるような気がして落ち着かない。
「変なものでも食べたのかな?」
「聞いてみたらどうかしら?」
「いや、だって私と話そうとしないじゃん。あいつ」
致し方なく、ひばりと2人で改札へと降りていくことにした。
「体調悪かったら言えっつーの。言ってくれたら、こっちだって対応するのに」
コンコース内の車の展示場を過ぎると、自動改札はもう目の前だ。改札を出てすぐの柱にもたれている人影が1つ。さくらだ。手持ち無沙汰気味にスマホをいじっている。
「先に行っておいて結局待ってんじゃん」
改札機に2枚の切符を飲み込ませて、南北を貫く自由通路に出た。なんだか構造が静岡駅と似ているような気がする。
「ちょっと、さくら」
目線だけが上がる。
「何かあるなら言ってよ。なんか今日のさくら変だよ? 心配」
「別に。なんでもねえよ」
そう言って、スマホをしまって、背中を向けた。
「ほら、飯食うんだろ? 行くぜ」
再び彼女の背中が遠ざかる。だから、勝手に行くなっての。
「なんでもないってことないでしょ……」
小さくなっていく背中がどこか寂しげで。私としても不安が募る。
うーん、だけど。下手に踏み込みすぎるのもどうかと思う。幼馴染だからって、何でもして良いわけじゃない。そのくらいの節度は持っている。
今はそっとしておくのが一番なんじゃないだろうか。
「ねえ、みずほさん」
「何?」
「さくらさんに何か悩み事があるなら、それを吹き飛ばすくらい楽しめば良いんじゃないかしら?」
つまり?
「私たちで盛り上げていきましょう」
なるほど、そういうことか。さくらだってここまで来ている以上、出かけられないほど深刻ってわけではないだろうし。
「よし、がんばろう!」
「ええ!」
ここに、さくらを元気づけ隊が結成されたのである。これは私たちが目一杯楽しむことにも繋がるのだから。
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