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第21章 津軽・ザ・ウェイ at 津軽鉄道津軽鉄道線

津軽・ザ・ウェイ③

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 大宮駅から約3時間ほどの乗車で、津軽地方の玄関口・新青森駅に到着する。大宮から新青森まで営業キロにして650キロメートル以上もの距離を、わずか3時間で走破してしまうのだ。いかに新幹線が速いかがおわかりだろう。先日、鉄道博物館に行ったからこそ、その驚異的なスピードがより際立つ。

 新青森からはバスに乗り換えだ。ここから鉄道で向かっても良いのだが、それだとあまりに時間がかかりすぎる。ここは利便性の高いバスを使わせてもらうことにした。なあに、乗れなかった分は別の機会で乗りに行けば良いのだ。本日は目的地最優先。

 弘南こうなんバスに乗って路線バスタイプの車両に揺られること1時間半。ようやく旅の出発地点に到着した。五所川原ごしょがわらである。

 津軽地方有数の都市の1つ・五所川原は、立佞武多たちねぷたで有名な場所。鉄道的には、JR五能線ごのうせんの五所川原駅が市の中心部であると同時に、路線の中心駅の1つとなっている。

 さて、私たちがいるのはその五所川原駅前。コンクリート作りの立派な駅舎は、横長の平屋建て。地方のそこそこ大きな駅ではよく見かけるような形だ。

 その向かって左隣。やや奥まったところに細々と建っているもう1つの駅舎がある。こちらは津軽五所川原駅。津軽鉄道の起点となる駅だ。五所川原駅と構内は共有しているものの、改札口は別々になっている。

 そう、本日の目的地は津軽鉄道。日本最北端の私鉄とも言われるローカル線にやってきたのだ。

 早速、引き戸を開いて中に入る。

「おお……!」

 入った瞬間、その異様な佇まいに圧倒された。

 待合室の中には、小さな提灯が一周するように設けられている。佞武多を模した凧も飾られていた。まるでこの空間だけ祭りの舞台かのようだった。

 ベンチは駅でよく見かけるバケットタイプの椅子。座面に座布団が敷かれているのが、地域性を表しているようで良い。

 ベンチで取り囲むようにして置かれているダルマストーブは、津軽鉄道の象徴とも言える存在だ。何しろ、冬季限定ストーブ列車には、ダルマストーブが積まれているのだから。そうか、待合室にもあるんだ。まさに津軽って感じがして良いなぁ。

 改札口の真上には、時刻表が鎮座している。全てが漢字だ。筆文字で書かれている。こんなの、中々お目にかかれる代物じゃない。

 ああ、ダメだ。これは血が騒ぐ。まるで国鉄時代にタイムスリップしたかのような光景が、今現実に広がっているのだ。これを興奮するなと言う方が無理だ。昭和の空気を色濃く残したこの空間を、切り取らなければもったいない。私は一心不乱に写真を撮り続けた。本来の目的も忘れてしまうほどに。

「おい」

 さくらに小突かれて、ようやく我に返った。

「ほれ、切符。お前の分も買っといてやったから」

 ああ、しまった。肝心の乗車券を買うことすら忘れてしまうなんて。いかんいかん。

「ありがと」

 だが、受け取ったそれを触った瞬間、再び私の血は沸騰した。

「こ、これ……硬券じゃん……!」

 そう、切符が硬券だったのだ。しかも、ご丁寧に入鋏印にゅうきょういんまで切られている。

「これ、パチンってやってもらったの!?」

「ああ。すごかったぞー。本物の改札鋏かいさつばさみでパチってな」

 な、なんと。そんな貴重な瞬間を見落とすなんて、私は何をやっているんだ。うわー、もったいない。もったいなさすぎるぞ、私。

「まあまあ。別の駅でも見られるから。そんときにちゃんと見とけよ」

「うん……! その時は私もちゃんと買う……!」

 私としたことが。なんたる不覚だろう。

「でも、みずほさんの気持ちもわかるわよ」

 硬券を大事そうに抱えたひばりが傍らまでやってきた。

「この空間、なんだか気分が上がっちゃうわよね」

「確かにな。お祭り気分って感じもあるし。古くさい感じが逆に新鮮味あるっていうか」

 そうなのだ。この古き良き昭和という空気をたっぷり醸し出す空間が、私にとっては逆に目新しいのだ。写真や映像でしか見たことの無い空間に、実際に足を踏み入れたような。そんな高揚感が込み上げてくる。レトロチックでありながら、どことなく古くさい雰囲気が、最高のスパイスと化しているのだ。

「じゃあ、レトロな旅を行きますか」

「もう列車は来てるみたいよ」

 さくらとひばりに促されて、名残惜しいけどこの空間とはおさらばだ。改札口を抜け、跨線橋こせんきょうを渡っていく。最初の階段は五能線のホームへ向かうもの。そこを超えて、一番奥の階段までやってくると、いよいよ津軽鉄道の乗り場だ。

 階段を降りる。目の前には単行のディーゼルカーが待ち受けていた。

 フォルムは第3セクター鉄道でよく見るタイプのもの。オレンジ色を基調としたカラーリングに、濃い緑色のラインが引かれている。一見、湘南色のようにも見える色調だ。ヘッドマークの位置には『走れメロス』と書かれている。沿線出身の文豪・太宰治の人気作にあやかっているのだ。

 ドアボタンを押して車内へ。車内はセミクロスシートだ。空いているボックス席に陣取る。

 ふと、耳を澄ますと虫の鳴き声が聞こえてきた。リーンリーンと涼やかな音色。高周波を醸し出す鳴き声は、どこか気分を落ちつけてくれるようだ。

「これ、スズムシの鳴き声ね」

 そうそう。そうなんだよ。ともすれば外人さんのような見た目のひばりだけど、スズムシの音色がわかるあたり、やっぱり日本人だ。

「ちょっとおいで」

 ひばりを連れて、列車の最後部へ。運転席の後方あたり、頭上の高さに虫かごが置かれている。

「この中にスズムシがいるんだよ」

「まあ、そうなの」

 津軽鉄道は季節によって様々な列車を運行する。冬季限定のストーブ列車が一番有名だけど、それ以外にも夏は風鈴列車、秋となった今の時期にはスズムシ列車を走らせているのだ。これも地方私鉄ならではの創意工夫。地元の人だけでなく、観光で訪れたお客さんを少しでも喜ばせたいという会社の努力なのだ。

「見えないわね」

 背伸びして覗き込もうとするが、ちょっと高いところにありすぎるようだ。彼女で見えないなら、私には絶対無理だろう。

「みずほ、ひばり。こっち来いよ」

 ふと、さくらが呼ぶ。彼女に連れられて、今度は列車の最前までやってきた。

「見ろよ。ここなら見られるぜ」

 進行方向右手のフロントガラスの前に、小さな図書コーナーが設けられている。その中に一際異様な佇まいがあった。布に覆われた角張ったそれ。そっとめくってみると、中にいるスズムシと目が合ったではないか。

「こっちにもいたんだ」

「何匹も乗ってるみたいだな」

 一匹だけじゃなかったんだ。まるでスズムシのオーケストラのようだ。

「ふふふ。よろしくね、スズムシさん」

 3人揃って覗き込んでいるうちに、発車時間は刻一刻と迫っていく。ともすれば、鉄道旅行は時間との闘いだ。だけど、私たちはほんの少し、時間を気にしない瞬間を過ごすことができたのであった。
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