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第19章 150年目の鉄道の日 at 鉄道博物館

150年目の鉄道の日⑤

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 食事をいただいた後は、南館へと移動した。ここは2018年にオープンした館内で最も新しい建物。運転シミュレーターやお仕事体験ができる施設だ。

 まず、入って最初に目に入るのはE5系新幹線と400系新幹線。

 400系新幹線は、かつて山形新幹線で使われていた車両だ。メタリックなボディが近未来的でカッコいい。これも、さくらと一緒に乗ったことがある。なんだか懐かしい気分だ。

 お隣のE5系新幹線は、現在東北新幹線の主力として走っている現役バリバリの車両。そのモックアップ、つまり実物大の模型が展示されているのだ。

 間近で見ると、ロングノーズの長さに圧倒される。内装はグランクラス仕様となっており、滅多に乗ることのできない客室をまじまじと眺めることができる。まさに貴重な体験だ。

 2階に上がると、運転シミュレーターがある。3階は鉄道の歴史を学べる展示。4階はレストランとトレインビューが楽しめるテラスだ。

 私たちはまず3階へと上がった。鉄道開業150年ということもあって、やはり鉄道の過去を改めて見ておきたかったのだ。

 その後、4階へ上がり、テラスから在来線の写真を撮影。満を持して、2階へと戻ってきた。

「で、抽選の結果はどうだったの?」

 私が尋ねると、さくらがスマホを覗いた。

「あー、ダメだった」

 この2階にあるのが目玉の展示の1つ、E5系新幹線の運転シミュレーターだ。最高時速320キロを体感できるとあって、大人気も大人気。従って、アプリによる事前抽選制となっているのだ。その辺の抽選云々はさくらに一任してあったのだが、残念ながらダメだったようだ。

「さくらって昔から運無いよね」

「うるせえ。仕方ねえだろ」

 まあ、外れてしまったものはしょうがない。E5系シミュレーターは諦めるしかないようだ。

 だが、ここにある運転シミュレーターはE5系だけではない。

「在来線のシミュレーターなら空いてるみたいだし、こっちやろうか」

 E5系とは別に、3種類の通勤型電車のシミュレーターが設置されている。それぞれ205系、211系、E233系とあるらしい。混み具合はどこも同じくらいだし、さてどこにしようかな。

「やるなら211にしようぜ」

 真っ先に提案してきたのはさくらだった。

「なんで?」

「211は高崎線じゃん。一番駅間距離長いからさ」

 なるほど、シミュレーターは1駅ごとに交代する。つまり、駅間距離の長い路線の方がより長く楽しめるということだ。

「じゃあ、そうしよっか。ひばりもそれで良い?」

「ええ」

 よし、オッケー。早速待機列に並ぶことにしよう。

「でも、この感じなら3人全員やっても問題なさそうだよね」

 全体を見渡す。待機列はそれぞれ2組くらいしか並んでいない。この空き具合なら後ろの人を気にする必要もなさそうだ。

「まあ、今日金曜だからな。平日だよ、平日」

 平日、という部分にやたらアクセントがついていた。

「私は金曜全休だから良いけどさ。お前らはどうなんだろうな?」

 やめろ、やめろ。必修の講義サボってここに来てることを思い出すじゃないか。やめるんだ。

「て、鉄道の日は、鉄道オタクにとって祝日だから、良いんだよ」

「うち祝日でも普通に講義あるけどなー」

 ええい、やめろ。所々トゲがある言い方をするな。

 あっ、前の人が終わった。私たちの番か。

「最初にやりたい人ー」

「はい!」

 ひばりが元気よく声を出した。

「じゃあ、どうぞどうぞ」

 ふと、背後を振り返る。待機している人は誰もいない。良かった良かった。これなら気兼ねなく3人とも運転できる。

「それじゃあ、青葉・スランヴァイルプール・ひばり! いっきまーす!」

 なんかかけ声が違う気がするけど、まあ良いか。今にも巨大二足歩行ロボットを運転しかねないような気勢で、ひばりのチャレンジが始まる。

 でも、これ結構難しいんだよね。車の場合は足でアクセルブレーキを扱うからまだ感覚的にやりやすいんだろうけど、鉄道はレバーによる操作だ。想像以上にブレーキが利きすぎたり止まらなかったりなんてことが往々にしてある。私はゲームで慣れてるから知ってるんだ。

 案の定というべきか、ひばりの挑戦は大きくオーバーランして終わりを告げた。スピード出し過ぎると難しいんだよね。

「あまりに酷すぎるわ……」

「どんまいどんまい」

 落ち込むひばりの背中をポンポンと叩く。その隙に、さくらが運転台に代わっていた。

「ほんじゃまあ、行きますか」

 さくらの所作は流石の一言だった。指差し喚呼は完璧。速度制限もパーフェクトに守った。存在しない乗務行路表の確認まで入れる始末。停止位置もほぼほぼズレがなかった。

「す、すごい……!」

「素晴らしいわ、さくらさん!」

 戻ってきた彼女に、私たちは賞賛の言葉を送った。

「いや、別に。よくゲームでやってるだけだよ。時間制限無い分、やりやすかったぜ?」

 そういえば、子供の頃からこの手の運転ゲームは得意だったんだよね、こいつ。流石というべきか。腕前が段違いだ。

「ほら、最後はみずほ」

 ポンと背中を叩かれた。うわー、さくらの後だとやりにくいなぁ。

 運転台に座る。ザ・鉄道の運転席という趣だ。ちょっと狭めの空間に、2ハンドル式運転台。速度計などの機器は全てアナログ式。うんうん、やっぱりこうじゃなくちゃね。

 スタートボタンを押して、さあ発車だ。出発時の指差し喚呼はさくらの真似をすればオッケー。マスコンを一番手前まで倒して、いざ発進だ。

 高崎線は関東平野を駆け抜ける路線。複線で起伏も少なく、関東屈指の通勤路線であることも相まって、保線状況も良い。山間を抜けるわけじゃないから、野生動物の飛び出しも無い。つまり、信号と制限速度をきちんと守っていれば何も問題は無いということだ。

 徐々に徐々に速度が上がり始める。おっ、あの標識は制限速度解除の標識だ。ここはマスコンを緩める必要は無し。このまま進んでいこう。

 駅を完全に抜け、住宅地と田畑の中を駆け抜けていく。対向列車も無いか。まあ、シミュレーションでそこまで細かくは描かないのだろう。

 しばらく走ると、再び制限速度を示す標識が見えた。時速90キロ制限か。えっと、今の速さは……。ちょっと超えちゃってるな。マスコンを戻して、ブレーキをかける。急ブレーキになりすぎないように加減してっと……。

 よし、89キロ。ブレーキ解除。しばらくは惰性で走り続けよう。

 おっ、もう制限解除か。じゃあ、もう一度マスコンを手前に倒そう。再び速度が上がっていく列車。進路を妨げるものは何も無い。

 やや進んだところで時速が100キロを超え始めた。流石にもう良いか。マスコンを戻す。駅までの距離も近づき始めた。後は慣性で走っていくか。

 今はマスコンもブレーキも一切いじっていない状態。摩擦力によって少しずつスピードが落ちていく。まあまあ、しばらくはこれで良いのだ。

 いささかの間、前方注視が続く。すると、遠方に駅の姿が見えてきた。よし、ブレーキは……。いや、まだかけなくて良いか。このままホームに突っ込んでも問題ないはずだ。

 そう考えているうちに、いよいよ車体がホームへとかかり始めた。ここでブレーキをかけよう。一気に上げずに段階的に。だけど素早く、最大に近いところまで。

 カカカカカと、ブレーキレバーを動かす度に機械音が鳴る。最大までブレーキを入れたら、後は成り行きを見守るだけだ。

 スピードが落ちていく。どんどんとスピードが落ち、停止距離も近づいてくる。あっ、ヤバい。ブレーキ効き過ぎたかな。手前で止まりすぎてしまうのではないかと不安がよぎったのだが、それは杞憂に終わった。

 ゆったりとした車体は、黄色い点字ブロックが見えなくなるくらいのタイミングで完全に停止した。おっ、これ良い感じじゃない? 停止位置までの距離を見ると、実に1メートルを切るところまで迫っていた。

『運転士交代してください』

 機械的なアナウンスが鳴り響く。私の運転、終了だ。

「ふーっ」

 大きく息を吐きながら運転席から飛び出した。待ち構えていた2人の表情は、驚いたようなさくらと、誇らしげなひばりとで好対照だった。

「流石みずほさんだわ!」

「すげえ。みずほ、こんな上手かったっけ?」

「たまたまだよ」

 そう、たまたま。本当にたまたまなのだ。

 全部感覚的に済ませたものだし、偶然の産物。ただ、自動ブレーキは一切かからなかったので、運転に問題は無かったのだと思う。とはいえ、本当にたまたま。偶然良い位置につけられただけだ。

「あー、なんか疲れた。肩凝ったよ」

「おま、これだけで?」

「いや、さくらの後だから変に気合い入っちゃってさ」

 そうは言うものの、ちょっと機嫌は上がり調子だ。いかんいかん、調子に乗るな。でも、達成感はあるのだ。ここまで綺麗に運転できたのは初めてなのだから。

「よーし、次行こう!」

 ニヤついた顔を見られたくなくて、先頭に立って次の場所へと移動を始めることにした。
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