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第16章 みずほの乗り鉄講座 at 銚子電鉄
みずほの乗り鉄講座②
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というわけで、迎えた週末。私たちの体は当然のごとく駅のホームの上にあった。今回は乗り鉄旅なのだから、当然といえば当然なのだが。
島式ホームの上に立ち、燦々と輝く陽光を浴びる。ホーム上には、オランダ風の小屋を模した待合室が整然と建っていた。そして、その手前にはICカードタッチ機が置かれ、装飾の無いシンプルな字体でこう書かれていた。「銚子電鉄のりかえ口」と。
そう、本日の旅の舞台は千葉県は銚子市、銚子電鉄なのだ。
「やっぱり関東近郊でローカル線気分を味わうと言ったら、銚子電鉄だよね」
千葉県銚子市内を走る銚子電鉄は、JR総武本線の終点である銚子駅から犬吠埼方面へのアクセス路線である。かつては醤油の貨物輸送も行っていたんだとか。関東最東端のローカル鉄道なのだ。
その銚子電鉄といえば、真っ先に思い浮かぶのはぬれせんべいだろう。経営危機に陥った銚子電鉄が、ぬれせんべいの販売を通して業績を立て直したことは有名な話。現在は、様々なコラボレーションを通して、地元だけでなく日本全国からも愛される鉄道会社へと発展を遂げたのである。
「さっ、とりあえず行こう」
路線紹介はここまで。もうすぐ乗車予定の電車が入線予定だ。ホームへと入ってしまおう。
「張り切ってんなぁ」
「そりゃ当然でしょ」
呆れ気味のさくらを尻目に、ひばりへ手を伸ばす。
「行こう、ひばり」
「ええ」
髪の毛を抑えながら小さく頷いた。手は握ってくれなかったけど。残念。
「ここは風が強いわね」
「海風だよ。ほら、海が近いから」
ここからは建物の影に隠れて見えないけど、銚子は日本随一の港町だ。少し行けば、すぐに海にぶつかるだろう。
「あら。じゃあ、帽子が飛ばされないように気をつけないと」
そう言って、つば広のカプリーヌハットを抑えた。おお、なんか様になってる。地方のローカル鉄道でも、燦然と輝くオーラ。流石お嬢様。
「何見とれてんだよ」
さくらが思いっきり肩を叩く。
「見とれてないよ」
叩かれた右肩が痛い。加減くらいしてほしい。
まあ、とにかく今はホームへと向かうことにしよう。待合室を抜けると、頭端式の単線ホームが現れる。ここが銚子電鉄の始発箇所。駅員さんなどはいない。ここはJRの職員さんはいても、銚子電鉄の職員さんは配置されていないのだ。
ホームに出たひばりは、そそくさと車止めのもとへと向かった。そして、自慢の一眼レフを取り出す。いやー、見た目は完全に良家のお嬢様なのに、このカメラがアンバランスなんだよなぁ。まあ、そのギャップも良いんだけど。むしろ、その方がひばりらしい。
と、遠くで踏切の警報音が鳴り始めた。ああ、電車がやってくる。そう思った矢先、線路の向こうから2両編成のこじんまりとした車体がやってきた。
ポイントを越えて、ホームへとやってくる。ゆったりと、のんびりと、ホームにこぎつける。遠くからだとちんまりとしていた車体も、近くにやってくると存外大きく見える。そんな瞬間もたまらないのだ。
この子が本日のお供。銚子電鉄3000形。元京王5100系が伊予鉄道を経てやってきた、銚子電鉄の中では最も新しい車両だ。
上半分は鮮やかなコバルトブルー、下半分は落ち着いた群青色。間に走る白いラインは陽光を反射してピカピカと輝いていた。銚子の遠浅の海と真っ白な砂浜をイメージした配色。まさに銚子電鉄にぴったりなカラーリングだ。
個人的には、醤油を思い起こさせるかつてのデハの洒落た茶色と鮮やかな赤も好きなのだが、こちらも捨てがたいくらい良い色合いだ。茶色に赤が今までの銚子電鉄だとすれば、こちらの青は新たな銚子電鉄とでも呼べば良いだろうか。今後は銚子電鉄といえば青、に変わるかもしれない。
ひばりは入線する車両を撮ると、今度はファインダーをホームへと向けた。降りてくる乗客たちの姿を刻銘に切り取っていく。パシャリ、パシャリと。
「さくら。とりあえず、先乗ってて」
その姿を横目に眺めていた私は、さくらを先行させ、自身はひばりのもとへと向かっていった。
「お客さんも撮るの?」
「ええ。たまにはね」
そう言って、撮影した成果を見せてくれた。
「これ……!」
そこに写し出されていたのは降りる乗客たち、の足だ。足元だけを切り取った写真。ホームを形作るコンクリートのゴツゴツとした無骨さと、金属で構成された車両とのコントラスト。その間を渡る人間の足の曲線が、柔らかさをアクセントのように落とし込んでいた。
「写真っていうのはね、日常を切り取るものでもあると思ってるの。鉄道は人が利用してこそ。人が利用する姿こそ日常なの」
愛おしそうに停車中の車両を眺める。
「走っている車両を撮るのも良いけど、こういうのも大事よ」
流石ひばりだ。造詣が深い。そして、愛が深い。
「やっぱりひばりはすごいね」
「そんなことないわ。私のために旅程を立ててくれたみずほさんも素敵よ」
柔和な微笑み。それが私の胸を弾ませる。
「さあ、乗りましょう。今日はエスコート、よろしくね」
秋の陽を反射したブロンズの髪の毛が、花を散りばめたように瞬いていた。
島式ホームの上に立ち、燦々と輝く陽光を浴びる。ホーム上には、オランダ風の小屋を模した待合室が整然と建っていた。そして、その手前にはICカードタッチ機が置かれ、装飾の無いシンプルな字体でこう書かれていた。「銚子電鉄のりかえ口」と。
そう、本日の旅の舞台は千葉県は銚子市、銚子電鉄なのだ。
「やっぱり関東近郊でローカル線気分を味わうと言ったら、銚子電鉄だよね」
千葉県銚子市内を走る銚子電鉄は、JR総武本線の終点である銚子駅から犬吠埼方面へのアクセス路線である。かつては醤油の貨物輸送も行っていたんだとか。関東最東端のローカル鉄道なのだ。
その銚子電鉄といえば、真っ先に思い浮かぶのはぬれせんべいだろう。経営危機に陥った銚子電鉄が、ぬれせんべいの販売を通して業績を立て直したことは有名な話。現在は、様々なコラボレーションを通して、地元だけでなく日本全国からも愛される鉄道会社へと発展を遂げたのである。
「さっ、とりあえず行こう」
路線紹介はここまで。もうすぐ乗車予定の電車が入線予定だ。ホームへと入ってしまおう。
「張り切ってんなぁ」
「そりゃ当然でしょ」
呆れ気味のさくらを尻目に、ひばりへ手を伸ばす。
「行こう、ひばり」
「ええ」
髪の毛を抑えながら小さく頷いた。手は握ってくれなかったけど。残念。
「ここは風が強いわね」
「海風だよ。ほら、海が近いから」
ここからは建物の影に隠れて見えないけど、銚子は日本随一の港町だ。少し行けば、すぐに海にぶつかるだろう。
「あら。じゃあ、帽子が飛ばされないように気をつけないと」
そう言って、つば広のカプリーヌハットを抑えた。おお、なんか様になってる。地方のローカル鉄道でも、燦然と輝くオーラ。流石お嬢様。
「何見とれてんだよ」
さくらが思いっきり肩を叩く。
「見とれてないよ」
叩かれた右肩が痛い。加減くらいしてほしい。
まあ、とにかく今はホームへと向かうことにしよう。待合室を抜けると、頭端式の単線ホームが現れる。ここが銚子電鉄の始発箇所。駅員さんなどはいない。ここはJRの職員さんはいても、銚子電鉄の職員さんは配置されていないのだ。
ホームに出たひばりは、そそくさと車止めのもとへと向かった。そして、自慢の一眼レフを取り出す。いやー、見た目は完全に良家のお嬢様なのに、このカメラがアンバランスなんだよなぁ。まあ、そのギャップも良いんだけど。むしろ、その方がひばりらしい。
と、遠くで踏切の警報音が鳴り始めた。ああ、電車がやってくる。そう思った矢先、線路の向こうから2両編成のこじんまりとした車体がやってきた。
ポイントを越えて、ホームへとやってくる。ゆったりと、のんびりと、ホームにこぎつける。遠くからだとちんまりとしていた車体も、近くにやってくると存外大きく見える。そんな瞬間もたまらないのだ。
この子が本日のお供。銚子電鉄3000形。元京王5100系が伊予鉄道を経てやってきた、銚子電鉄の中では最も新しい車両だ。
上半分は鮮やかなコバルトブルー、下半分は落ち着いた群青色。間に走る白いラインは陽光を反射してピカピカと輝いていた。銚子の遠浅の海と真っ白な砂浜をイメージした配色。まさに銚子電鉄にぴったりなカラーリングだ。
個人的には、醤油を思い起こさせるかつてのデハの洒落た茶色と鮮やかな赤も好きなのだが、こちらも捨てがたいくらい良い色合いだ。茶色に赤が今までの銚子電鉄だとすれば、こちらの青は新たな銚子電鉄とでも呼べば良いだろうか。今後は銚子電鉄といえば青、に変わるかもしれない。
ひばりは入線する車両を撮ると、今度はファインダーをホームへと向けた。降りてくる乗客たちの姿を刻銘に切り取っていく。パシャリ、パシャリと。
「さくら。とりあえず、先乗ってて」
その姿を横目に眺めていた私は、さくらを先行させ、自身はひばりのもとへと向かっていった。
「お客さんも撮るの?」
「ええ。たまにはね」
そう言って、撮影した成果を見せてくれた。
「これ……!」
そこに写し出されていたのは降りる乗客たち、の足だ。足元だけを切り取った写真。ホームを形作るコンクリートのゴツゴツとした無骨さと、金属で構成された車両とのコントラスト。その間を渡る人間の足の曲線が、柔らかさをアクセントのように落とし込んでいた。
「写真っていうのはね、日常を切り取るものでもあると思ってるの。鉄道は人が利用してこそ。人が利用する姿こそ日常なの」
愛おしそうに停車中の車両を眺める。
「走っている車両を撮るのも良いけど、こういうのも大事よ」
流石ひばりだ。造詣が深い。そして、愛が深い。
「やっぱりひばりはすごいね」
「そんなことないわ。私のために旅程を立ててくれたみずほさんも素敵よ」
柔和な微笑み。それが私の胸を弾ませる。
「さあ、乗りましょう。今日はエスコート、よろしくね」
秋の陽を反射したブロンズの髪の毛が、花を散りばめたように瞬いていた。
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