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第15章 ひばりの撮り鉄講座 at 烏山線・滝駅
ひばりの撮り鉄講座⑧
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それから私たちは烏山線の撮影に没頭し続けた。気付けば日が傾く時間になっており、夜間の撮影は危険だということも相まってお開きとなった。
随分と撮影したものだ。滝壺からだけでなく、滝周辺の観瀑台からも撮影し、様々な角度からの写真を撮ることができた。
青葉さんからも色々とアドバイスをもらうことができた。構図の取り方だったり、カメラの設定の仕方だったり、本当に色々なことを。私が知らない機能を沢山知ってる青葉さんはやっぱりすごいな、と思った。まるで神様のような存在だ。
こうして、私たちは滝駅から再び烏山線に乗り込み、一路宇都宮駅を目指している。私を挟むようにして、3人並んで座っていた。行きはさくらが真ん中だったけど、今は並びが異なっている。私と青葉さんの身体的距離感は、そのまま心の距離も表しているようだった。
「あーあ、さくら寝ちゃってる」
大口開けて、上向いて。こりゃしばらくは起きそうにない。
「ありがとうね、青葉さん。今日すごく楽しかったよ」
「私もよ」
そう言った彼女の表情は、どこか浮かないように見えた。
「どうしたの? 疲れちゃった?」
「い、いえ。そういうわけではないんだけど」
「何か心配事でもあった?」
私がそう語りかけると、彼女は息を詰まらせてしまった。まるで図星であるように。
「もしかして、忘れ物とか──」
「違うの! そういうわけじゃなくて……」
ややためらいながらも口を開く。
「私、なれなれしくなかったかしら?」
「え?」
なれなれしい? そんなこと、思いもしなかったけど。
「あのね、私、お友達がいなかったの。今までずっと」
絞り出すようにそう言った。
「え、サークルにも?」
「ええ。鉄道が好きな子なんて、他に誰もいなくて」
サークル内で浮いてしまってるのだろうか。実際、私が鉄道好きを隠してるのも、バレたら同じようになる危険性があるからだし。
「さっきも言ったけど、私、大企業の会長の娘でしょ? そのせいで、私の周りからはいつも人が離れていくの。私と親しくしてくださる人は、誰もいなかったのよ」
その瞳は、どこかここではない場所を見つめているようだった。
「今朝も私、思わずパパの話をして。やってしまったと思ったわ。あなたたちも、私から離れてしまうんじゃないかって」
そういえば、その話を聞いたときは、思わず距離を取ろうとしちゃったっけ。結局、彼女がこちら側の人間だとわかったし、何より写真について事細かに教えてくれるのが嬉しくて、気にしなくなったけど。
「だから、ついお2人には距離感を縮めすぎてしまったような気がして……。私、なれなれしすぎなかったかしら? もし、不愉快な点があったら、教えて欲しいの……」
なんとなく、彼女の心の内が見えたような気がした。
彼女は、中高時代の私と同じなんだ。友達とか、仲間とか。共に同じものを愛する同志がいなかった。私はそれでも、ソロ活動を楽しめたから良いんだ。それに、さくらと再会できたから。
だけど、彼女は違う。きっと、ずっと同じ趣味を共有できる仲間が欲しかったんだ。心の底から笑い合える友人が欲しかったんだ。ずっと寂しかったんだ。
そう思うと、私は彼女に謝らなければならない気がした。
「ごめん、青葉さん」
「どうして藤原さんが謝るの?」
「謝らなくちゃいけない。嫌な思いさせるかもしれないけど、言わなきゃダメだって思った」
列車は揺れる。定期的に同じ振動を伝えてくる。
「あのね、私、最初青葉さんのこと邪魔だと思ってた。だって、みんなの前で鉄道好きバラされそうになったし、さくらと急に仲良くなるし。今日だって、さくらに誘われて来たわけでしょ? 私とさくらの間に割り込まれた感じがして、ずっと嫌だった」
だけど、今は違う。
「でもね、やっぱり私、青葉さんの写真好きだし、あんな上手い写真撮れる青葉さんのこと、尊敬してる。そんなあなたと一緒に撮影できて楽しかったし、褒められてすごい嬉しかった。色々アドバイスももらえたし。今は来てくれて良かったって思ってる」
だからこそ、本当のこと、伝えないといけないんだ。
「青葉さん、本当は私と友達になりたかっただけなんだよね。こんなすごい人に、そんな風に思ってもらえて、すごく嬉しい。なのに、あなたの気持ちをふみにじるようなこと考えてて。本当にごめんなさい!」
「そんな……!」
自分で自分が許せない。自分の都合しか考えられない、自分勝手な自分を許すことができないんだ。だから、せめて謝らないと、気が済まない。
「……ひばり」
「え?」
思わず顔を上げた。
「ひばりって、呼んでくださる? それで許してあげるわ」
暮れなずむ影が落ちた彼女の表情は、いたずらっ子のような面持ちを浮かべていた。
「うん、ひばり……。ひばり……!」
何故だろう。こんなにも口に出して心地良い名前、初めてだ。
「私もみずほで良いよ」
「ええ。みずほさん」
心臓が弾む。名前で呼ばれただけなのに。
「私たち、もっと仲良くなれるよ。ううん。仲良くなろう。絶対」
「……ええ。……ありがとう」
その後、宇都宮線に乗り換えた私たちは、すっかり眠りこけてしまった。後ほど、さくらから「お前ら、急に仲良くなりすぎだろ」というメッセージと共に、私とひばりが互いに身体を預けて眠っている写真が送られてきたのだが、それはまた別の話。
『はじめまして、私の新しいお友達。 MIZUHO』
随分と撮影したものだ。滝壺からだけでなく、滝周辺の観瀑台からも撮影し、様々な角度からの写真を撮ることができた。
青葉さんからも色々とアドバイスをもらうことができた。構図の取り方だったり、カメラの設定の仕方だったり、本当に色々なことを。私が知らない機能を沢山知ってる青葉さんはやっぱりすごいな、と思った。まるで神様のような存在だ。
こうして、私たちは滝駅から再び烏山線に乗り込み、一路宇都宮駅を目指している。私を挟むようにして、3人並んで座っていた。行きはさくらが真ん中だったけど、今は並びが異なっている。私と青葉さんの身体的距離感は、そのまま心の距離も表しているようだった。
「あーあ、さくら寝ちゃってる」
大口開けて、上向いて。こりゃしばらくは起きそうにない。
「ありがとうね、青葉さん。今日すごく楽しかったよ」
「私もよ」
そう言った彼女の表情は、どこか浮かないように見えた。
「どうしたの? 疲れちゃった?」
「い、いえ。そういうわけではないんだけど」
「何か心配事でもあった?」
私がそう語りかけると、彼女は息を詰まらせてしまった。まるで図星であるように。
「もしかして、忘れ物とか──」
「違うの! そういうわけじゃなくて……」
ややためらいながらも口を開く。
「私、なれなれしくなかったかしら?」
「え?」
なれなれしい? そんなこと、思いもしなかったけど。
「あのね、私、お友達がいなかったの。今までずっと」
絞り出すようにそう言った。
「え、サークルにも?」
「ええ。鉄道が好きな子なんて、他に誰もいなくて」
サークル内で浮いてしまってるのだろうか。実際、私が鉄道好きを隠してるのも、バレたら同じようになる危険性があるからだし。
「さっきも言ったけど、私、大企業の会長の娘でしょ? そのせいで、私の周りからはいつも人が離れていくの。私と親しくしてくださる人は、誰もいなかったのよ」
その瞳は、どこかここではない場所を見つめているようだった。
「今朝も私、思わずパパの話をして。やってしまったと思ったわ。あなたたちも、私から離れてしまうんじゃないかって」
そういえば、その話を聞いたときは、思わず距離を取ろうとしちゃったっけ。結局、彼女がこちら側の人間だとわかったし、何より写真について事細かに教えてくれるのが嬉しくて、気にしなくなったけど。
「だから、ついお2人には距離感を縮めすぎてしまったような気がして……。私、なれなれしすぎなかったかしら? もし、不愉快な点があったら、教えて欲しいの……」
なんとなく、彼女の心の内が見えたような気がした。
彼女は、中高時代の私と同じなんだ。友達とか、仲間とか。共に同じものを愛する同志がいなかった。私はそれでも、ソロ活動を楽しめたから良いんだ。それに、さくらと再会できたから。
だけど、彼女は違う。きっと、ずっと同じ趣味を共有できる仲間が欲しかったんだ。心の底から笑い合える友人が欲しかったんだ。ずっと寂しかったんだ。
そう思うと、私は彼女に謝らなければならない気がした。
「ごめん、青葉さん」
「どうして藤原さんが謝るの?」
「謝らなくちゃいけない。嫌な思いさせるかもしれないけど、言わなきゃダメだって思った」
列車は揺れる。定期的に同じ振動を伝えてくる。
「あのね、私、最初青葉さんのこと邪魔だと思ってた。だって、みんなの前で鉄道好きバラされそうになったし、さくらと急に仲良くなるし。今日だって、さくらに誘われて来たわけでしょ? 私とさくらの間に割り込まれた感じがして、ずっと嫌だった」
だけど、今は違う。
「でもね、やっぱり私、青葉さんの写真好きだし、あんな上手い写真撮れる青葉さんのこと、尊敬してる。そんなあなたと一緒に撮影できて楽しかったし、褒められてすごい嬉しかった。色々アドバイスももらえたし。今は来てくれて良かったって思ってる」
だからこそ、本当のこと、伝えないといけないんだ。
「青葉さん、本当は私と友達になりたかっただけなんだよね。こんなすごい人に、そんな風に思ってもらえて、すごく嬉しい。なのに、あなたの気持ちをふみにじるようなこと考えてて。本当にごめんなさい!」
「そんな……!」
自分で自分が許せない。自分の都合しか考えられない、自分勝手な自分を許すことができないんだ。だから、せめて謝らないと、気が済まない。
「……ひばり」
「え?」
思わず顔を上げた。
「ひばりって、呼んでくださる? それで許してあげるわ」
暮れなずむ影が落ちた彼女の表情は、いたずらっ子のような面持ちを浮かべていた。
「うん、ひばり……。ひばり……!」
何故だろう。こんなにも口に出して心地良い名前、初めてだ。
「私もみずほで良いよ」
「ええ。みずほさん」
心臓が弾む。名前で呼ばれただけなのに。
「私たち、もっと仲良くなれるよ。ううん。仲良くなろう。絶対」
「……ええ。……ありがとう」
その後、宇都宮線に乗り換えた私たちは、すっかり眠りこけてしまった。後ほど、さくらから「お前ら、急に仲良くなりすぎだろ」というメッセージと共に、私とひばりが互いに身体を預けて眠っている写真が送られてきたのだが、それはまた別の話。
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