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第15章 ひばりの撮り鉄講座 at 烏山線・滝駅
ひばりの撮り鉄講座⑥
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先ほど下ってきた階段を上りきる。すると、目の前に櫓のような建物が現れた。
「えーっと、何々……?『龍門ふるさと民芸館』?」
この地域の資料館みたいなものだろうか。観光案内所みたいな?
「この中にさ、新しくカフェができたんだってよ」
流石さくら。こういったことのリサーチ力は高い。
「だからさ、お昼食べるのにちょうど良いかなーって思って」
なるほどね。
「すごいわ、さくらさん。私、こんなの全然知らなかった」
「まっ、とりあえず行こうぜ」
さくらを筆頭に館内へと足を踏み入れる。
中は最近リニューアルされたためか、ピカピカと輝いて見えるほどに綺麗だった。暖色系をメインにした色合いで、落ち着きを感じさせる。
右手にカウンター。ここで料理や飲み物を注文できるようだ。その奥には資料室だろうか。龍の人形が佇んでいた。左手にはお土産売り場。その奥に飲食スペースが広がっている。そして、中央には上り階段が悠然と伸び上がっていた。
ひとまず、私たちは注文をすることに。三者三様、カウンターでそれぞれの希望の品を頼んで、席を探すことにした。
「あっちにしましょう!」
真っ先にそう言ったのは青葉さんだったが、私も、そして恐らくさくらも、思いは同じだった。私たち3人はテラス席へと出ることにした。
「おー」
「眺め良いなぁ」
テラスからは龍門の滝を眺望することができた。先ほどまですぐ側で見ていた滝の雄姿が、眼前にコンパクトに現れている。だけど、その轟音は腹の奥まで響き渡るほどだった。
「線路はあの辺かな」
席に座りながら、滝の上を走る烏山線の線路に思いを馳せる。直接見ることはできないけど、大体あの辺を走ってるのかなーなんて想像しながら。
「手前に道路走ってるんだな」
「だね。気付かなかった」
どうやら滝と線路の間には道路が走っているようだ。ここに来るまで歩いてきた道をずっと行くと、滝の上に出られたのだろうか。それはともかくとして、撮影のときに車が被らないと良いな、とは思う。
「まあ、とにかく。今はご飯をいただきましょう」
「そうだね」
ではでは、食事モードに切り替えだ。
私が頼んだのは、その名も滝カレー。ダムカレーならぬ滝カレーである。まあ、とはいえ、滝の形を再現したというものではないんだけど。
ルーはキーマっぽい感じだろうか。とろみがあまり強くない。その上に温泉卵が乗っていて、更に具はブロッコリー、ミニトマト、蓮根の薄揚げにコーンといった具合だ。実にベジタブルである。ヨーグルトが付け合わせでついてきて、ルーにかけて食べると良いらしい。
「じゃあ、早速いただきます」
まずはルーとライスだけでシンプルにいただくとしよう。どれどれ……。
おっ、美味しい。結構コクが強い。辛みはそれほどではないかな。どちらかというと、スパイスの旨味が凝縮されているような感じ。相当じっくり作り込まれているんだろうなぁ。一口食べただけで、その手間ぶりが覗える。
今度は温泉卵を崩して食べてみようか。黄身をルーに絡ませながら……。
これは良い。コクが増す。ただでさえ旨味が濃縮されたルーなのだ。感じられる美味しさが何倍にも口の中で膨れ上がっていく。
そうだ、ヨーグルト。これをかけるとどうなんだろう。卵がかかっていないところに乗せてっと……。
ほほう。こちらはかなりマイルドな口当たりになるんだな。糖分の含まれていないプレーンヨーグルトは、酸味もそんなに強くない。優しい味わいのヨーグルトが、カレーの旨味をなめらかにしてくれている。トッピング1つでこんなにも味が変わるんだ。面白い。
お野菜もかなり新鮮だ。口に入れた瞬間に、そのフレッシュぶりがダイレクトに伝わってくる。ミニトマトのみずみずしさなんて、スーパーで買ったものでは味わえないくらいだった。
そして、もう1つ忘れてはいけないのが、3人揃って注文した飲み物。その名の通り、青いミルクだ。
カップの中で、海よりも濃いコバルトブルーと真っ白で濃厚なミルクとが、くっきりと二層になって分かれている。これはSNS映えしそうな飲み物だ。
「この青色って何で出してるのかな」
「バタフライピーらしいぜ」
バタフライピー。どっかで聞いたことあるな。あれは確か……。
「あっ、箱根のスイッチバックカフェにもあったやつだ」
「よく覚えてんじゃん」
あのとき、さくらが頼んでたやつ! 確かに綺麗な青色をしていた。
「あら、お2人は箱根登山鉄道にも行かれたことがあるの?」
「うん。アジサイ撮りにね」
「ああ、アジサイ。素敵ね。箱根登山鉄道とアジサイ。最高の組み合わせだわ」
言葉の端々から鉄道オタク感が滲み出てるな、この子。やっぱり同類なんだ、私たちと。
「素敵ね。お友達と鉄道旅。羨ましいわ」
「青葉さんは、写真撮るときとかも1人なの?」
「そうね。1人。こうして、どなたかと写真を撮りに出かけるのも初めてだわ」
そうなんだ。中高の頃の私もそんな感じだったな。どこか乗りに行くにしても、いつも1人で。私は1人旅自体も楽しいと思ってるから良いんだけど。青葉さんは、どうなんだろう。
と、彼女は未だ口をつけていなかったベーグルに手を伸ばした。
「青葉さんはベーグルにしたんだ」
「ええ。私はパン食なの」
おお、流石お嬢様。
「そのベーグルもここの名物らしいぜ」
へー。相変わらずよくリサーチするなぁ。
青葉さんはベーグルを包むラップを1枚ずつ丁寧に剥がしていった。指が細くて長くて、綺麗なラインを描いている。肌が白いことも相まって、指遣い1つ1つに神々しささえ感じられるほどだった。ふと、指先がグリーンに塗られていることにも気がついた。烏山線カラーのネイルか。凝ってるなぁ。
ラップを剥き終えると、露出したパン生地に指を伸ばしてつまむ。
「ちぎって食べるんだ」
「我が家ではいつもこうよ」
優雅だなぁ。お嬢様ってすごい。でも、私と同類なんだよな、この子。そのギャップが信じられない。
彼女の一挙手一頭足から目が離せなかった。パン生地をつまんだ指先に力を込め、一口サイズにちぎろうと引っ張る。
「あら?」
が、しかし。ちぎることができなかった。
「もしかして、パン生地固い?」
「そ、そうね」
更に力を込める。ぷるぷると両腕が震えていた。しかし、それでもちぎることができない。
「えっと……もうかぶりついちゃったら? こう」
「それはダメよ。はしたないわ」
「大丈夫だって。私たちしか見てないから」
「そ、そうかしら?」
「そうだよ。お父さんとかお母さんとかに見られてたら怒られるかもしれないけど、私たちしかいないから大丈夫!」
「そ、そう……」
じっとベーグルを見つめる。ややあって、意を決したのか、パン生地へと噛み付いた。でも、遠慮があったのか、ほんの小さくかじることしかできなかった。
「こ、こうかしら……?」
恥ずかしそうに身をすくめる。ああ、何だろう。まるで小動物のようだ。何だろう、この湧き上がる愛着のような感情は。それを一言で現すなら……。
ああ! 可愛い! そうだ。私は目の前の金髪美少女を、不覚にも可愛いと思ってしまったのだ。これはあれだ! 萌えだ!
「みずほ」
そのとき、親友がジト目で私を眺めていることに気付いた。
「なんかキモいぞ、お前」
「は?」
辛辣な一言は、滝の轟音の中でもハッキリと私に届いたのであった。
「えーっと、何々……?『龍門ふるさと民芸館』?」
この地域の資料館みたいなものだろうか。観光案内所みたいな?
「この中にさ、新しくカフェができたんだってよ」
流石さくら。こういったことのリサーチ力は高い。
「だからさ、お昼食べるのにちょうど良いかなーって思って」
なるほどね。
「すごいわ、さくらさん。私、こんなの全然知らなかった」
「まっ、とりあえず行こうぜ」
さくらを筆頭に館内へと足を踏み入れる。
中は最近リニューアルされたためか、ピカピカと輝いて見えるほどに綺麗だった。暖色系をメインにした色合いで、落ち着きを感じさせる。
右手にカウンター。ここで料理や飲み物を注文できるようだ。その奥には資料室だろうか。龍の人形が佇んでいた。左手にはお土産売り場。その奥に飲食スペースが広がっている。そして、中央には上り階段が悠然と伸び上がっていた。
ひとまず、私たちは注文をすることに。三者三様、カウンターでそれぞれの希望の品を頼んで、席を探すことにした。
「あっちにしましょう!」
真っ先にそう言ったのは青葉さんだったが、私も、そして恐らくさくらも、思いは同じだった。私たち3人はテラス席へと出ることにした。
「おー」
「眺め良いなぁ」
テラスからは龍門の滝を眺望することができた。先ほどまですぐ側で見ていた滝の雄姿が、眼前にコンパクトに現れている。だけど、その轟音は腹の奥まで響き渡るほどだった。
「線路はあの辺かな」
席に座りながら、滝の上を走る烏山線の線路に思いを馳せる。直接見ることはできないけど、大体あの辺を走ってるのかなーなんて想像しながら。
「手前に道路走ってるんだな」
「だね。気付かなかった」
どうやら滝と線路の間には道路が走っているようだ。ここに来るまで歩いてきた道をずっと行くと、滝の上に出られたのだろうか。それはともかくとして、撮影のときに車が被らないと良いな、とは思う。
「まあ、とにかく。今はご飯をいただきましょう」
「そうだね」
ではでは、食事モードに切り替えだ。
私が頼んだのは、その名も滝カレー。ダムカレーならぬ滝カレーである。まあ、とはいえ、滝の形を再現したというものではないんだけど。
ルーはキーマっぽい感じだろうか。とろみがあまり強くない。その上に温泉卵が乗っていて、更に具はブロッコリー、ミニトマト、蓮根の薄揚げにコーンといった具合だ。実にベジタブルである。ヨーグルトが付け合わせでついてきて、ルーにかけて食べると良いらしい。
「じゃあ、早速いただきます」
まずはルーとライスだけでシンプルにいただくとしよう。どれどれ……。
おっ、美味しい。結構コクが強い。辛みはそれほどではないかな。どちらかというと、スパイスの旨味が凝縮されているような感じ。相当じっくり作り込まれているんだろうなぁ。一口食べただけで、その手間ぶりが覗える。
今度は温泉卵を崩して食べてみようか。黄身をルーに絡ませながら……。
これは良い。コクが増す。ただでさえ旨味が濃縮されたルーなのだ。感じられる美味しさが何倍にも口の中で膨れ上がっていく。
そうだ、ヨーグルト。これをかけるとどうなんだろう。卵がかかっていないところに乗せてっと……。
ほほう。こちらはかなりマイルドな口当たりになるんだな。糖分の含まれていないプレーンヨーグルトは、酸味もそんなに強くない。優しい味わいのヨーグルトが、カレーの旨味をなめらかにしてくれている。トッピング1つでこんなにも味が変わるんだ。面白い。
お野菜もかなり新鮮だ。口に入れた瞬間に、そのフレッシュぶりがダイレクトに伝わってくる。ミニトマトのみずみずしさなんて、スーパーで買ったものでは味わえないくらいだった。
そして、もう1つ忘れてはいけないのが、3人揃って注文した飲み物。その名の通り、青いミルクだ。
カップの中で、海よりも濃いコバルトブルーと真っ白で濃厚なミルクとが、くっきりと二層になって分かれている。これはSNS映えしそうな飲み物だ。
「この青色って何で出してるのかな」
「バタフライピーらしいぜ」
バタフライピー。どっかで聞いたことあるな。あれは確か……。
「あっ、箱根のスイッチバックカフェにもあったやつだ」
「よく覚えてんじゃん」
あのとき、さくらが頼んでたやつ! 確かに綺麗な青色をしていた。
「あら、お2人は箱根登山鉄道にも行かれたことがあるの?」
「うん。アジサイ撮りにね」
「ああ、アジサイ。素敵ね。箱根登山鉄道とアジサイ。最高の組み合わせだわ」
言葉の端々から鉄道オタク感が滲み出てるな、この子。やっぱり同類なんだ、私たちと。
「素敵ね。お友達と鉄道旅。羨ましいわ」
「青葉さんは、写真撮るときとかも1人なの?」
「そうね。1人。こうして、どなたかと写真を撮りに出かけるのも初めてだわ」
そうなんだ。中高の頃の私もそんな感じだったな。どこか乗りに行くにしても、いつも1人で。私は1人旅自体も楽しいと思ってるから良いんだけど。青葉さんは、どうなんだろう。
と、彼女は未だ口をつけていなかったベーグルに手を伸ばした。
「青葉さんはベーグルにしたんだ」
「ええ。私はパン食なの」
おお、流石お嬢様。
「そのベーグルもここの名物らしいぜ」
へー。相変わらずよくリサーチするなぁ。
青葉さんはベーグルを包むラップを1枚ずつ丁寧に剥がしていった。指が細くて長くて、綺麗なラインを描いている。肌が白いことも相まって、指遣い1つ1つに神々しささえ感じられるほどだった。ふと、指先がグリーンに塗られていることにも気がついた。烏山線カラーのネイルか。凝ってるなぁ。
ラップを剥き終えると、露出したパン生地に指を伸ばしてつまむ。
「ちぎって食べるんだ」
「我が家ではいつもこうよ」
優雅だなぁ。お嬢様ってすごい。でも、私と同類なんだよな、この子。そのギャップが信じられない。
彼女の一挙手一頭足から目が離せなかった。パン生地をつまんだ指先に力を込め、一口サイズにちぎろうと引っ張る。
「あら?」
が、しかし。ちぎることができなかった。
「もしかして、パン生地固い?」
「そ、そうね」
更に力を込める。ぷるぷると両腕が震えていた。しかし、それでもちぎることができない。
「えっと……もうかぶりついちゃったら? こう」
「それはダメよ。はしたないわ」
「大丈夫だって。私たちしか見てないから」
「そ、そうかしら?」
「そうだよ。お父さんとかお母さんとかに見られてたら怒られるかもしれないけど、私たちしかいないから大丈夫!」
「そ、そう……」
じっとベーグルを見つめる。ややあって、意を決したのか、パン生地へと噛み付いた。でも、遠慮があったのか、ほんの小さくかじることしかできなかった。
「こ、こうかしら……?」
恥ずかしそうに身をすくめる。ああ、何だろう。まるで小動物のようだ。何だろう、この湧き上がる愛着のような感情は。それを一言で現すなら……。
ああ! 可愛い! そうだ。私は目の前の金髪美少女を、不覚にも可愛いと思ってしまったのだ。これはあれだ! 萌えだ!
「みずほ」
そのとき、親友がジト目で私を眺めていることに気付いた。
「なんかキモいぞ、お前」
「は?」
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