79 / 184
第14章 中禅寺湖と学園祭
中禅寺湖と学園祭②
しおりを挟む
「急に会えなくなるとか言うからさ、ビックリしたよ」
さくらの運転する車に揺られながら、東武日光駅を後にする。白い車体は滑るように進みながら、日光東照宮の脇を通過していった。
大井川でのキャンプから帰宅した翌日、メッセージアプリにさくらから一通の連絡が入っていた。曰く、『2週間くらい会えなくなるわ』と、それだけ。驚いて理由を尋ねてみたけど、それ以降返信は無し。不安を募らせながら日々を過ごし、夏の甲子園も折り返しを迎えた頃、1枚の写真と共に久方ぶりの回答が帰ってきた。
「まさか免許合宿行ってたとはね」
送られてきた写真というのが、運転免許だった。加えて追加のメッセージ。『免許取れた!』。
「いやー、驚かせようと思ってさ」
「タチ悪いよ。めっちゃ心配したんだからね」
「悪かったって。何度も謝ってんじゃん」
さくらが車の運転免許を取得したことで、私たちの行動範囲は広がった。何しろ、鉄道、特にローカル線は本数が非常に少ないので、乗るだけならまだしも、観光に使おうとすると勝手が悪い。これは残念ながら事実なのだ。ローカル線は主に通学需要に特化したダイヤになっているから仕方ない。
そこで言うと、自家用車は小回りが利く。時刻表に縛られることもない。例えば、鉄道とレンタカーを組み合わせれば、移動範囲は大きく広がる。実際、JRなんかは駅にレンタカーを設置してたりする。鉄道オタクといえども、車の免許は必需品となってきているのだ。
「例えば、車で廃線跡とか巡れるわけだよな」
「おー、良いね、それ。面白そう。北海道とかでやったら」
「だよな。あとは、撮り鉄旅にも使えそうじゃね?」
「えー? 鉄道写真撮るのに鉄道乗らないの邪道じゃない? 私、あんま好きじゃないんだよね」
「お前、それ只見線とかでも言えんのかよ」
談笑が弾む。車の中は公共交通機関と違ってプライベートな空間だ。心なしか、普段より声のボリュームも大きくなっている気がする。
東照宮を通過した私たちは、国道120号線を進んでいく。学校を過ぎ、病院を過ぎ、徐々に山の中へと入り込んでいく。
「ここ、真っ直ぐで合ってる?」
「合ってる合ってる」
マップを広げながら答える。川沿いの十字路を真っ直ぐ進むと、いよいよ住宅がなくなってきた。
「意外と中禅寺湖って遠いんだな」
さくらと初ドライブ。その記念すべき目的地は中禅寺湖である。
中禅寺湖は、日光駅や東照宮から更に山を登った先にある湖で、近くに華厳の滝などもある人気の観光地である。男体山の噴火により川がせき止められてできた湖、なんだっけ。あまり詳しくないから、よくわからないんだけど。
こういう普通の観光地に行こうとして、それでもなお鉄道と車で勝負しようなどと言い出すのが、いかにも私たちらしいと思う。まあ、良いのだ、それが楽しいのだから。
まだ紅葉には遠い山道を登っていく。しばらく登坂を進んでいくと、目の前に急角度のヘアピンカーブが現れた。
「うわ、何だよ、これ」
さくらが顔をしかめる。それを横目に私はほくそ笑んだ。
「大変だねー、がんばってー」
カーブを曲がった先にはまたカーブ。そう、ここから先は、つづら折りのように連続した急カーブが続く区間なのだ。
「これ、いろは坂だろ!」
「ご名答」
日光の市街地から中禅寺湖へ向かう最大の難所、それがいろは坂と呼ばれる48カ所のヘアピンカーブの連続なのだ。
「私聞いてないぞ!」
「言ってないからね」
初心者には絶対難所であろうこの道。私はあえてさくらには告げなかったのだ。
「お前なぁ!」
「ちゃんと調べないのが悪いよ」
私がわざと何も伝えなかったことに気付いたのだろう。ギリっと歯噛みが聞こえてきそうだ。
「お前、使用者責任って知ってるか?」
随分唐突だな。
「急に法学部っぽさ出さないでよ」
「法学部だよ」
それは知ってる。
使用者責任についてだって知識はある。私もアルバイトとはいえ労働をしている身なのだから。
「例えば、アレでしょ? 仕事中に車で事故ったら、雇用してる側も責任負わなきゃいけないってやつでしょ?」
「まあ、ざっくり言うと、そんな感じだな」
でも、なんで今そんな話を?
「この状況な、私が事故ったらお前にも使用者責任生じるからな」
「……はあ!?」
思わずシートベルトのロックがかかるくらいの勢いで身を乗り出してしまった。
「なんで!? 私、さくら雇ってないよ!?」
「雇用関係が無くても使用者責任は生じるんだよ。例えば、友人の運転する車に乗せてもらってるだけでもな」
それって……まさに今の状況じゃない!
「私聞いてない!」
「お互いさまだろ!」
背筋が寒くなってきた。もし、今さくらが事故でも起こそうものなら、私まで巻き添えを食らってしまう。物理的にだけでなく、法律的にも。
ていうか、何アホなこと考えてたんだろ。なんで、いろは坂のこと黙ってんだ、私。さくらが事故起こしたら、私だって危ないじゃないか。
「絶っ対事故らないでよ!」
「当たり前だろ! 大体、これお父さんの車だからな!」
「前ちゃんと見て!」
「見てるよ!」
「スピード落として!」
「落としてるよ!」
私たちのピリピリした空気は、いろは坂を無事越えるまで途切れることはなかった。ていうか、帰りまたこれ通らなきゃいけないの? 勘弁して……。
さくらの運転する車に揺られながら、東武日光駅を後にする。白い車体は滑るように進みながら、日光東照宮の脇を通過していった。
大井川でのキャンプから帰宅した翌日、メッセージアプリにさくらから一通の連絡が入っていた。曰く、『2週間くらい会えなくなるわ』と、それだけ。驚いて理由を尋ねてみたけど、それ以降返信は無し。不安を募らせながら日々を過ごし、夏の甲子園も折り返しを迎えた頃、1枚の写真と共に久方ぶりの回答が帰ってきた。
「まさか免許合宿行ってたとはね」
送られてきた写真というのが、運転免許だった。加えて追加のメッセージ。『免許取れた!』。
「いやー、驚かせようと思ってさ」
「タチ悪いよ。めっちゃ心配したんだからね」
「悪かったって。何度も謝ってんじゃん」
さくらが車の運転免許を取得したことで、私たちの行動範囲は広がった。何しろ、鉄道、特にローカル線は本数が非常に少ないので、乗るだけならまだしも、観光に使おうとすると勝手が悪い。これは残念ながら事実なのだ。ローカル線は主に通学需要に特化したダイヤになっているから仕方ない。
そこで言うと、自家用車は小回りが利く。時刻表に縛られることもない。例えば、鉄道とレンタカーを組み合わせれば、移動範囲は大きく広がる。実際、JRなんかは駅にレンタカーを設置してたりする。鉄道オタクといえども、車の免許は必需品となってきているのだ。
「例えば、車で廃線跡とか巡れるわけだよな」
「おー、良いね、それ。面白そう。北海道とかでやったら」
「だよな。あとは、撮り鉄旅にも使えそうじゃね?」
「えー? 鉄道写真撮るのに鉄道乗らないの邪道じゃない? 私、あんま好きじゃないんだよね」
「お前、それ只見線とかでも言えんのかよ」
談笑が弾む。車の中は公共交通機関と違ってプライベートな空間だ。心なしか、普段より声のボリュームも大きくなっている気がする。
東照宮を通過した私たちは、国道120号線を進んでいく。学校を過ぎ、病院を過ぎ、徐々に山の中へと入り込んでいく。
「ここ、真っ直ぐで合ってる?」
「合ってる合ってる」
マップを広げながら答える。川沿いの十字路を真っ直ぐ進むと、いよいよ住宅がなくなってきた。
「意外と中禅寺湖って遠いんだな」
さくらと初ドライブ。その記念すべき目的地は中禅寺湖である。
中禅寺湖は、日光駅や東照宮から更に山を登った先にある湖で、近くに華厳の滝などもある人気の観光地である。男体山の噴火により川がせき止められてできた湖、なんだっけ。あまり詳しくないから、よくわからないんだけど。
こういう普通の観光地に行こうとして、それでもなお鉄道と車で勝負しようなどと言い出すのが、いかにも私たちらしいと思う。まあ、良いのだ、それが楽しいのだから。
まだ紅葉には遠い山道を登っていく。しばらく登坂を進んでいくと、目の前に急角度のヘアピンカーブが現れた。
「うわ、何だよ、これ」
さくらが顔をしかめる。それを横目に私はほくそ笑んだ。
「大変だねー、がんばってー」
カーブを曲がった先にはまたカーブ。そう、ここから先は、つづら折りのように連続した急カーブが続く区間なのだ。
「これ、いろは坂だろ!」
「ご名答」
日光の市街地から中禅寺湖へ向かう最大の難所、それがいろは坂と呼ばれる48カ所のヘアピンカーブの連続なのだ。
「私聞いてないぞ!」
「言ってないからね」
初心者には絶対難所であろうこの道。私はあえてさくらには告げなかったのだ。
「お前なぁ!」
「ちゃんと調べないのが悪いよ」
私がわざと何も伝えなかったことに気付いたのだろう。ギリっと歯噛みが聞こえてきそうだ。
「お前、使用者責任って知ってるか?」
随分唐突だな。
「急に法学部っぽさ出さないでよ」
「法学部だよ」
それは知ってる。
使用者責任についてだって知識はある。私もアルバイトとはいえ労働をしている身なのだから。
「例えば、アレでしょ? 仕事中に車で事故ったら、雇用してる側も責任負わなきゃいけないってやつでしょ?」
「まあ、ざっくり言うと、そんな感じだな」
でも、なんで今そんな話を?
「この状況な、私が事故ったらお前にも使用者責任生じるからな」
「……はあ!?」
思わずシートベルトのロックがかかるくらいの勢いで身を乗り出してしまった。
「なんで!? 私、さくら雇ってないよ!?」
「雇用関係が無くても使用者責任は生じるんだよ。例えば、友人の運転する車に乗せてもらってるだけでもな」
それって……まさに今の状況じゃない!
「私聞いてない!」
「お互いさまだろ!」
背筋が寒くなってきた。もし、今さくらが事故でも起こそうものなら、私まで巻き添えを食らってしまう。物理的にだけでなく、法律的にも。
ていうか、何アホなこと考えてたんだろ。なんで、いろは坂のこと黙ってんだ、私。さくらが事故起こしたら、私だって危ないじゃないか。
「絶っ対事故らないでよ!」
「当たり前だろ! 大体、これお父さんの車だからな!」
「前ちゃんと見て!」
「見てるよ!」
「スピード落として!」
「落としてるよ!」
私たちのピリピリした空気は、いろは坂を無事越えるまで途切れることはなかった。ていうか、帰りまたこれ通らなきゃいけないの? 勘弁して……。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
女の子なんてなりたくない?
我破破
恋愛
これは、「男」を取り戻す為の戦いだ―――
突如として「金の玉」を奪われ、女体化させられた桜田憧太は、「金の玉」を取り戻す為の戦いに巻き込まれてしまう。
魔法少女となった桜田憧太は大好きなあの娘に思いを告げる為、「男」を取り戻そうと奮闘するが……?
ついにコミカライズ版も出ました。待望の新作を見届けよ‼
https://www.alphapolis.co.jp/manga/216382439/225307113
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる