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第13章 大井川キャンプ道中 at 大井川鉄道

大井川キャンプ道中③

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 目の前を横切る線路。その向こうにはエメラルドグリーンに染まる接岨湖と、湖を囲うように伸びる濃い緑色の稜線。360度ぐるりと大自然に囲まれる。むしろ自然しかない。まさに、これぞ秘境駅という醍醐味だった。

 ふと、足元を覗くと、エメラルドグリーンの水面がたゆたっていた。太陽光を乱反射して、あっちこっちに輝きが飛んでいる。まるで湖の上に浮かんでいるかのようだった。

 もし本当に湖上に浮かぶ駅だったら、なんとロマンチックなことだろう。ただ、実際にはそんな駅は作れないわけで。

 ここ奥大井湖上駅は接岨湖に突き出た半島の上に築かれた駅。鉄橋と鉄橋の間にホームがあり、森林と接岨湖に囲まれた知る人ぞ知る秘境駅なのだ。

 そもそも何故こんなところに駅があるのか。実は今目の前を通る線路は、長島ダム建設の際に付け替えられた新線なのだ。その新線開業に合わせて観光用に作られた駅なのだそう。

 つまるところ、地元の人の利用は考えられていないということだ。まあ、そもそも井川線自体が今や観光鉄道のような趣に変わっている。そう考えると、この駅も作って正解だったのだろう。

 現に秘境駅という割に降りた人は多い。鉄道ファンだけでなく、家族連れ、トレッキングウェアに身を包んだ老夫婦、若いカップルなど様々だ。よくある秘境駅では決してお目にかかることのできない光景であるが、設立の目的が果たされていると思えば微笑ましい景色だろう。

 ひとまずホームからの眺めを撮影することにした。やや足がすくむ思いだが、作りは頑丈なので大丈夫だろう。大丈夫だと自分に言い聞かせる。しかし、どうもスマホを取り出す気分にはなれない。手を滑らせて落とそうものなら、隙間から湖の中へ真っ逆さまに落としてしまいそうだ。

 だが、景色が良いのは間違いない。何せ湖の真上、大自然のど真ん中なのだから。

 風景だけでなく、駅も撮っておこう。ホームも、ベンチも、駅名標も。この鐘は……撮らなくて良いか。恋人同士が愛を誓うためのものらしい。私には無縁だ。だから無視。

 一通り写真を撮り終えたところで、今度はホームから伸びる橋のたもとへと移動する。この橋はレインボーブリッジと呼ばれており、その呼称は東京のレインボーブリッジより先に付けられたのだとか。

 そして、この奥大井レインボーブリッジ最大の特徴は、橋の上を歩けるということだ。東京のレインボーブリッジも歩いて渡れるが、ここは線路の真横を通ることができる。こんな鉄橋はそうそうありつけない。

 実際、線路脇を歩いていると、気分はまるで『スタンド・バイ・ミー』の映画のようだ。時折吹く風が青々とした緑の香りを運んできて気持ち良い。山の中、湖の上だから、東京と違って心地良い。

 だけど、うっかり足元を見ようものなら、隙間から真下の湖が丸見えだ。うう、これは楽しい反面、恐ろしい。できるだけ下を見ないようにしよう。そうしないと前に進めそうもない。

 カンカンと金属音を響かせながら歩いていって、トンネルにぶつかったところがレインボーブリッジの終点だ。ここからは上に登る階段が設置されている。そこを進んでいくのだが、これがまた傾斜が急。まるで梯子を登っているような気分だ。段数は土合どあいの方が多かったが、1段1段の大きさと角度ではこちらの方が圧倒的に勝っている。おかげで、登り切るだけでぜえぜえ言ってしまった。

 さて、ここからは山道を行く。真下には駐車場があって、確かバス停もこの辺りにあったはずだ。だけど、そちらにアプローチする道はスルー。私は更に山道を進んでいく。

 ここもまた傾斜が急だ。おまけに足元には木の根が飛び出ているわ、草ぼうぼうだわで、本当に大変だ。長ズボンで良かった。とはいえ、半袖から覗いた二の腕あたりは草にこすれてちょっとくすぐったかった。

 うお! 目の前を蜂が横切った! 本当に山の中って感じだなぁ。これ、熊とか猪とか出てこないよね? ちょっと心配だ。

 ひたすら山道を登り続けて10分くらいだろうか。整備されたアスファルトの道路に出た。登り切ったようだ。ふう、疲れた。

 千頭で買った川根茶をグイッと飲み干して再出発。ここまで来ればゴールは近い。ガードレール沿いに、下の景色を眺めながら進む。そして……。

「おぉ……!」

 眼下には接岨湖の静謐な湖面が広がっていた。真上から接岨湖を眺められるビューポイントに到着したのだ。視界中央には湖に突き出た半島がある。あそこに奥大井湖上駅があるのだ。そこを起点にして、左右に赤いラインが伸びていた。あれが鉄橋、レインボーブリッジだ。

 列車が通れば良いのだが、いかんせん井川線は本数が少ない。ここで待つという選択肢も無いわけでは無いが、そうすると折り返しの列車までに駅に戻れる自信がない。だから、この風景を収めるだけで今回は良しとしよう。なーに、いずれ車か何かで来れば良いさ。

 私は愛用のミラーレスカメラと、そしてスマホでも写真を撮った。撮影後、すぐに開くのはメッセージアプリ。さくらとのトークルームだ。

 さくらは私と別れて井川駅へと向かっている。というのも、私と彼女の意見が割れたからだ。鉄道オタクというものは、自分の優先する事項が同行者と異なる場合が時折ある。鉄道が好きという根底の部分は通じているのだが、細部の好みが人によって違うからだ。

 今回もそう。私は奥大井湖上で降りたかった。さくらは井川線を乗り通したかった。そんなとき、どちらかの主張を曲げさせるようなことはしない。少なくとも、私たちはそうしない。私は奥大井湖上で降り、さくらは下車せずに井川へ。折り返しの列車に私が乗って再度合流という予定になったのだ。

 まあ、確かにこの登り勾配を、荷物の多いさくらに登らせるのは可哀想だろう。結果的に別行動をとって正解だったようだ。

 とはいえ、1人で楽しめる部分もあれば、1人では寂しい気分になることもある。そういうときに頼りになるのがメッセージアプリだ。先日の1人旅の際に、ようやくこのアプリの有用性に気付いたのだ。あれ以降、親友とのメッセージのやりとりも増えた。

 さあ、今回も送るとしよう。秘境駅の絶景を。

 そう思って画像を送信したのだが、普段は表示されないメッセージが画面中央に現れた。『画像を送信できません』だって……。はあ!?

 え、どういうこと!? 脳内を混乱が支配する。一旦メッセージアプリを閉じて、インターネットブラウザを立ち上げてみた。すると、通信ができない。白い画面のまま止まっている。

 まさかと思って画面左上を見てみると、電波状況を示すラインが1本しか立っていなかった。あっ、消えた。瞬間、圏外の2文字が無機質に表示される。

「マジかぁ……」

 人生で5本の指に入るであろう盛大なため息をついた。参ったなぁ、これじゃ私完全にひとりぼっちじゃない。落胆。そして、襲い来る虚無。虚しい。実に虚しい。こういうのは鮮度が大事なのになぁ。はぁ……。

 無性に脱力感に襲われる。先ほど私が登ってきた道への入り口を見やる。あれをまた下らなきゃいけないのか。ドッと疲れが襲ってきた。あの道のりをもう一度通る気力、ありません。

 瞬間、グーッとお腹が鳴った。私は大自然の中でたった1人。やるせなさと空腹感に包まれていくのであった。
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