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第13章 大井川キャンプ道中 at 大井川鉄道

大井川キャンプ道中②

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 千頭駅のホームは本線と井川線で分かれた構造になっている。改札口を入り右手へ。中間改札を越え、待合室を抜けると、いよいよ井川線トロッコが目の前に現れる。スロープを降りて一段低いホームへ。6番線が井川線の旅の出発点だ。

 井川線の列車にはいくつか特徴がある。そのうちの1つが手動式の扉だ。自動で開くわけでも、ドアボタンで開扉するわけでもなく、手動。それも扉のロックを自ら外す形の超アナログだ。

 車内は想像以上に手狭。網棚もないので荷物の置き場所を考えるのも一苦労だ。原因は車体の小ささ。というのも、井川線は元々井川ダムへの建設資材を運ぶ貨物線として作られたため、車両限界が一般的な鉄道と比べると非常に小さいのだ。それゆえに車両はコンパクトな客車となっている。

 そして、これが最大の特徴なのだが、なんとこの列車、空調装置がついていない。つまり、真夏に非冷房というわけだ。さっき飲み物買っておいて良かった、と心底安堵した。

 期待していた分だけ、欠点が目立つ度に心が萎えるな、と思っていたのだが、動き始めればそんなものは吹き飛んでしまう。それが鉄道オタクの性というものだ。

 それを抜きにしても、全ての窓が全開なおかげで、走り始めると風が気持ち良い。進行方向右手には雄大な大井川の流れ、左手には山肌と深い緑。ときおり湧き出る小さな滝を眺めながら、どんどんと標高を上げていく。

 吹き抜ける風は清涼で、木々の緑や湧き水からのマイナスイオンを体中で感じられた。トンネル内はまさに天然のクーラーと呼べるほどの涼しさで、カーブを曲がる度にきしむ音は鉄道オタクとして嗜好のBGMとなった。

 沢間さわま土本どもと間で寸又川、大井川、横沢の3河川合流地点を鉄橋で渡り、渓流の流れを徐行しながらじっくりと眺める。土本を出るとトンネルをいくつも越え、川根小山かわねこやまを経て、井川線中間駅で唯一の有人駅・奥泉おくいずみへ。

 奥泉では駅員さんが「いってらっしゃーい」なんて手を振るから、まるで遊園地のアトラクションに乗っているような気分になった。どこを切り取っても豆汽車みたいなところはあるけど、これはれっきとした営業路線なのだ。そのギャップがなんだか面白い。

 奥泉から更に北上してアプトいちしろへ。さあ、1つめの見せ場はここだ。私とさくらはカメラを持って扉を開けた。

 最後尾へと向かうと、のっそりとこちらに向かってくる巨大な影があった。車両上部を輝くような赤、下部を雪のような白で塗られた車両は、これから連結される電気機関車だ。その名もED90形。これぞ日本で唯一のアプト式機関車なのだ。

 アプト式とは、レールの間にラックレールという歯車状のレールを敷き、車両とレールの歯車をかみ合わせながら進む方式である。ここから先、次の長島ながしまダム駅までは90パーミルという日本一の急勾配を登ることになる。そのため車両が滑り落ちないように、この1区間のみ特別な機関車を連結して走るのだ。

 ゆったりと近づいてきた巨体が車両の一番後ろに連結して、ここでの作業は終わる。この連結作業こそが本日1つ目の山場だったのだ。

 すぐに車両へと戻ったタイミングで動き出す。ゆっくりと、力強く、日本最大の勾配を登っていく。右手には川の流れをせき止めるようにそびえる、真っ白い壁が現れた。あれこそが長島ダム。放水された水がしぶきを作り、そこには小さな虹がかかっていた。これもまた美しい。

 長島ダム駅に到着すると、先ほどのアプト式機関車は切り離される。ここからは再びディーゼル機関車による運行だ。

 列車は接岨湖せっそこを眺めながら進んでいく。この接岨湖は長島ダムの建設によって、川がせき止められてできた湖だ。この水底にはかつての集落が沈んでいる。エメラルドグリーンに輝く水面の中には、人々の歴史や思い出が呑み込まれているのだ。

 ひらんだ駅を出て、長大なトンネルに入る。ここは右手に大井川鉄道の沿線写真が飾られていた。随分と粋な演出だと思う。わざとゆっくり走ってじっくり眺めさせてくれるのだから、よく考えて練り上げられたダイヤだ。

 そしてトンネルを抜けると、接岨湖を渡る鉄橋へとさしかかる。窓越しに下を覗き込むと、真下はエメラルドグリーン一色だ。ちょっと身震いがする。すぐに覗き込むのをやめた。

 と、ガクンとブレーキのかかった衝動。列車が減速していく。徐々に徐々にスピードを緩めた列車は、湖の真ん中で動きを止めた。

 さあ、本日2つ目の山場だ。対面のさくらと目が合った。「いってらっしゃい」。その言葉に送り出されるように、私は列車の外へと飛び出した。

 本日最初の目的地、奥大井湖上おくおおいこじょう駅に到着である。
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