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第11章 たまには1人で at 鶴見線

たまには1人で③

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 1人旅自体珍しいわけではなかった。中高のときは鉄道好きな友人なんて誰もおらず、鉄道旅行をするなら1人が常だった。

 1人は楽だ。自分の好きに予定を立てられるし、自分の好きなところを好きなように回ることができる。誰かに気を遣う必要なんてまるでない。突発的な予定変更もお手の物だ。

 1人は楽だ。1人旅は気軽で良い。いや、楽で気軽だったのだ。高校生までの私だったなら。

 今は、なんだか違う気がする。大学に入ってから、1人で鉄道旅行を敢行するのは初めてだった。私の隣にはさくらがいた。常に幼馴染みの親友がいた。

 だけど、今日はいない。それが無性に物寂しい。自分の隣にぽっかり穴が開いたような気分。私1人では到底埋められないような穴が隣に穿たれている。

 別に楽しくないわけじゃない。普通に鶴見線を楽しむことはできている。だけど、この楽しさを共有できる人がいないというのが、こんなにも物寂しいものとは思わなかった。

 そうか。だから、人はSNSで繋がりを求めるんだ。今日、ずっとスマホで写真を撮っていた海芝浦の訪問者たちは、きっとみんなそうなんだ。

 綺麗だね。良いね。ここどこ? 面白そう。そう言ってもらいたくて、自分の感動や感情を他人と共有したくて、SNSで顔も名前も知らない誰かの反応を待っているんだ。

 SNSって、だから普及してるんだ。初めて気付いた。みんな、心のどこかで繋がりを求めているんだね。そして、それは今の私も同じであって。

 鶴見行きの電車に揺られながらスマホを開いた。ノータイムでメッセージアプリを開く。私はSNSをやっていない。赤の他人の反応は今はいらない。私は、私の最も大切な人と今この瞬間を共有したかった。

 写真を送る。海芝浦で撮影した写真、全部。迷惑かなとも思ったが、そんなこと気にするやつではないことはわかってる。だから、全部送った。そして、一言。「めっちゃ綺麗」。最後にイェーイのスタンプを送った。

 送り先はもちろん決まっている。さくらだ。無機質なやりとりが多い中で、唯一彩りがあるのが彼女とのトークルームだった。

 メッセージを送って、数秒。じっと画面を見つめていたが、何も起きなかった。既読はつかない。それもそうか。彼女は今日、アルバイトがどうしても外せないと言っていた。だから、私は1人で来ているのだ。きっと忙しいのだろう。スマホを眺める時間も無いほどに。

 私は諦めてスマホをしまった。どうしてだろう。わかっているのに。あいつが忙しいことはわかっているのに。

 早く返信が欲しい。早く反応が欲しい。一言でも良い。スタンプ1つでも良い。何でも良いから早く送って欲しい。そんな気持ちが渦巻いてる。

 ガクンと慣性がかかった。列車が止まる。そして、扉が開いた。

「……あっ!」

 外の景色に気付いて、私は慌てて荷物を持った。「すいません、降ります」と声をかけて、人混みをかき分けながら外へ向かった。鶴見線って意外と混むんだ。鶴見小野つるみおののあたりから。

 足元の隙間が大きかった。慌てて降りたら突っかけそうだ。一呼吸置いて、飛び跳ねるようにホームに降り立った。次の瞬間、背後で扉が閉まり、3両編成の列車が発進していった。

 列車がいなくなると、しんと静かになった。辺りは住宅街だ。家々がどこまでも並んでいる。高架のホームだから町並みがよくわかった。

 閑静な住宅街という感じ。だけど、それにしても静かすぎる。自然に囲まれた秘境駅と大差ないくらいには静かだった。

「さてと……」

 次の列車は20分後だったか。それまでに撮れるものは撮っておこう。

 まずは駅名標からだ。「国道こくどう」と書かれたものをカメラに収める。

 国道駅は鶴見から鶴見線で1駅行ったところにある駅だ。名前の由来は、近くを走る第一京浜国道から。当時は、京浜国道が国道1号線だったことから名付けられたのだとか。

 この駅の特徴は、なんといってもその古さにある。1930年の開業以来、ほとんど改装がなされていない。だから、戦前の空気をそのまま令和の世の中に残している、まさに鉄道遺産とも呼べる存在なのだ。

 ホームから階段を降りていく。吹き抜けのような構造で、階下はぼんやりと薄暗い。この時点で、既にこの駅がただ者ではないことを物語っていた。

 反対ホームとの階段と合流。おや、この看板は……。「鶴見方面のりば」と書かれた看板が、妙に古くさくて目を引いた。

 これは国鉄時代に書かれたものだろうか。それとも、もっと前? 鶴見臨港鉄道時代の? いや、でも英字も書いてあるから流石に戦後のものか。だとしたら、やっぱり国鉄時代のかな。

 看板1つだけでも無限に想像がかき立てられてしまう。ここはそんな場所なのだ。

 階段を降りきると改札だ。だけど、人はいない。自動改札機も無い。有るのは簡易ICカードタッチ機と乗車駅証明書発行機だけ。券売機すら無い。

 そして、一歩改札から踏み出せば、そこはガード下の空間が待ち受けていた。無骨で、無機質で、ちょっと不気味。昼間だというのに妙に薄暗くて、空気も幾分かひんやりとしていた。

 ぐるっと見渡してみる。薄暗い理由がわかった。ここにはLEDや蛍光灯の類いが無いのだ。あるのは天井からぶら下がった傘付きの電球だけ。これじゃ遠くまで光は届かない。

 すごいな。あんな電球、教科書の昭和の暮らしでしか見たことがない。現役で活躍してる場所があるんだ。ちょっとビックリ。

 ガード下を軽く移動してみる。ここは居酒屋だろうか。まだ開いてないけど、古き良きお店って感じだ。古い映画で見る昭和の飲み屋そのもの。まず、ビールのポスター自体がレトロチックだ。今や絶対にお目にかかれないようなデザインが、ここにはある。

 本当に令和なのだろうか、ここは。本当に昭和にタイムスリップしたような感覚だ。もしくは、映画の撮影所にいるような。とても21世紀とは思えない。

 ちょっと移動してみよう。ガード下から外に出てみた。梅雨明け間近の陽光が照りつける。闇から一気に引き戻されたような感覚だ。

 目の前を大きな道路が走っている。これが第一京浜。駅名の由来になった道路だ。
 
 ガード下を振り返ってみる。真っ暗な空間が口を開けてそびえ立っていた。やはり、ここだけ異質なんだ。道路側が陽の世界だとしたら、駅の中だけが陰の世界。もしくは、ハレの場とケガレの場、みたいな。なんか違うかな。講義で聞いたばかりの概念を思い浮かべてみたけど、上手く言葉にならなかった。

 駅側を向いて右手に数歩移動。ここにも興味深いものが残されている。

 コンクリートにいくつもの穴が穿たれていた。これは第二次世界大戦の末期、米軍による機銃掃射が行われた跡だ。

 開業からほとんど改装されていないからこそ残されている貴重な痕跡。これこそまさに歴史遺産だ。

 もし、国道駅が大規模改修されることになったら、私は真っ先に反対するだろう。それは鉄道オタクとしてもそうだし、歴史学を専攻する者としてもそうだ。

 国道駅には約90年もの間、激動の日本を見つめ続けてきた遺産が残されている。それらが失われるのは、情緒的なだけでなく歴史的にも大きな損失だ。

 絶対にこの駅は残されなければならない。私は深くそう思う。

 さて、またガード下に足を踏み入れた。外の世界とは全く異なる時間の流れを感じさせる。やはり異質で異様だ。だからこそ、愛されているし、残されなければならない。

 スマホを取り出した。通知は来ていない。さくらとのトークルームを開く。既読もついていない。だろうな、と思いつつ、残念がる自分がいる。待ちわびる自分もいる。

 よし、ついでだ。国道の写真も送ってやろう。そう思い立って、私はカメラのアイコンをタップした。
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