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第10章 スイッチバックスイッチバック&スイッチバック at 箱根登山鉄道鉄道線

スイッチバックスイッチバック&スイッチバック⑤

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 塔ノ沢を後にした私たちは3度のスイッチバックを経て、宮ノ下みやのした駅に立ち寄った。ホームにアジサイが大量に咲いている駅として有名だったからだ。しかし、時期がいささか早かったのか、まだ花弁は緑色。残念。でも、仕方ない。

 そういうわけで早々に宮ノ下を後にした私たちは終点の強羅まで乗り通した。これにて、箱根登山鉄道全線制覇。とはいえ、鉄道線だけだけど。この先、芦ノ湖あしのこ方面までケーブルカーとロープーウェイが伸びている。でも、そっちには乗らない。帰れなくなってしまうから。

 というわけで、強羅の駅前でお土産を買って、早めの夕食を済ませて、日が暮れる頃に再出発。強羅から山道をぐんぐん下り、再びこの地にやってきた。

 本日2度目の塔ノ沢駅。

 日の暮れた無人駅に降りる客は私たちしかいない。列車が走り去ると、一瞬のうちに闇の帳が私たちを包み込んだ。

 ホーム状に等間隔に並んだ電灯。光源はそれだけだ。少し雲がかかっているせいか、月も星も出ていない。人工の灯りだけが存在感を放っていた。

 右を向けばトンネルの闇。左を向いてもトンネルの闇。空を見上げても暗い。昼間に青々としていた木々は暗闇に呑み込まれている。ただ滝の落ちる音だけが響き渡っていた。

 すごく良い。雰囲気があって最高だ。神秘的で、とてもこの世のものとは思えない空気。現世から切り離された異世界に迷い込んだような感覚だ。

 ふと、昼間お参りした弁天様を振り仰いだ。闇夜にぼうっと浮かぶように提灯が光を放っている。それもまた黄泉の国のような雰囲気を醸し出していた。テレビの再放送で見たジブリ映画を思い出す。あれはそう、トンネルをくぐったら違う世界で、夜には赤い提灯が灯っていて──。

「みずほ」

「わっ! 何!?」

 びっくりしたなー、もう。いきなり話しかけないでよ。

「お前、怖くねえの?」

 怖い? 何のこと?

「いや、お前怖がりじゃん。こういうの平気なのかなーって」

 そういえば……。真っ暗で静かで誰もいない空間に取り残されているのに、不思議と恐怖を感じない。周囲の風景に魅了されてしまったからか、はたまた鉄道だったら平気なのか。たぶん後者だと思う。

「やっぱり鉄道だと平気なのかもな、お前は」

 さくらも同じ結論に至ったようだ。

「でもさ、よく見てみろよ」

 そう言いながら私の肩を抱いて、トンネルの向こうを指さした。

「トンネルってさ、昔は掘るの大変だったし事故もよく起こってたからさ、死者が何人も出たなんてざらじゃないんだよ。だから夜になるとさ、出やすいんだって。何がとは言わないけど」

 えっ、何? いきなり何なの? やめてよ。

「ほら、目をこらして見てみ。向こうの方に何か見えないか? ゆらゆらー、ゆらゆらーって。影が、ほら、揺れてて……。おいでー、おいでーって、こっちに手を振るんだ。こっち来てー、一緒に遊ぼーって……。無視するとさ、来るんだよ、こっちに。ほら、一歩ずつ。ひた……ひた……って。ゆっくり……。こっちに──」

「やめてってば!」

 あー、もう、こいつホントバカ!

「ははは、怖がってやんの」

「怖がらせてんでしょ!」

 楽しそうにケラケラ笑いやがって。全く、もう。本当にトンネルの中に人影みたいなの見えちゃったような気がしたじゃん。ホント最悪。

 それにここは立地上逃げ場が無い。だから、万が一、いや絶対ありえないけど、トンネルの中からこの世ならざる者が出てきたら、それこそ……。

 うー、やめやめ。変なこと考えるのやめよ。ああ、早く次の電車来ないかな。さっさと乗って帰りたくなってきた。

「それはどうかな。飛び乗った電車が、実は異世界行きの電車だったりするかもしれないぞ?」

「もうホントやめて!」

 面白がってるの目に見えてるんだから。マジで最悪。バカバカバカ。

 なんだかもうこれ以上駅の中を歩き回る気力も失せてしまった。次の電車が来るまで待合室にいることにしよう。ここなら光源もあるし、ちょっとは安心できる。え? 別に怖がってるわけじゃないし。違うし。さくらが変なこと言い出すのが悪いんだし。

 背もたれに体重をあずけて、虚空を見つめる。風のざわめき、滝の轟き。全て自然の音だ。私たちを包んでいるのは自然の音響だけ。ここは駅アナウンスすらないから、本当に自然の織りなす音しかあふれていない。

 きさらぎ駅って、もしかしたらこんな感じなのかもなぁ……。いや、考えるのはやめておこう。これ以上は心臓が保たない。

「なあ、みずほ」

「うん?」

 からかうような雰囲気は微塵も見えなかった。

「次の電車乗ったらさ、この旅も終わりなんだよな」

「……そうだね」

 正確には帰りの電車に乗るだけだけど。そうだね、旅の終わりだ。

「なんか、こういうところで終わりを待つのって初めてだからさ……」

 はーっと小さく息を吐いた。

「まだ帰りたくねえなぁ……」

 珍しい。こいつが感傷にふけるなんて。

「私もいつも思うよ」

 帰りの電車に乗ってると、まだ帰りたくないと思ってしまう。大宮駅に到着すると、終わっちゃった、帰ってきちゃったと思う。そんなの、私だっていつもそうだ。

 家に帰りたくないわけじゃない。ただ、鉄道旅が楽しすぎるだけなのだ。この時間が永遠に続けば良いのに。そう思ってしまうほど、楽しくて魅力的なのだ。

「そうだね。終わらせたくないね」

 でも。だけど。私には確信できることが1つだけある。

「旅の終わりは新しい旅の始まりだからさ」

 ふと、遠くから小刻みな音が聞こえた。ガタタン、ガタタンという、列車がレールの上で弾む音。

 私は立ち上がって空を見つめながら言った。

「またどこか行こう」

 大きく息を吸って吐き出す。

「どこにだって行けるよ」

 そう言って、親友に手を差し伸べた。

「線路が続く限りはね」

 電車のヘッドライトが私たちを照らし出した。

『私はどこまでだって行ける。鉄道が好きだから。 MIZUHO』
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