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第10章 スイッチバックスイッチバック&スイッチバック at 箱根登山鉄道鉄道線
スイッチバックスイッチバック&スイッチバック②
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スイッチバックをしてから数分。列車は大平台駅に到着する。私たちはまずここで一旦途中下車することにした。
大平台駅は2度目のスイッチバックを行う場所。線内唯一の、駅でスイッチバックを行う地点だ。だから、進行方向は行き止まりになっている。車止めの先が通路となっており、そこを介してホームを行き来する構造だ。
ホームから階段を登り、駅舎を出る。眼前にはUターンするほど急角度のヘアピンカーブが伸びていた。まるで龍の体のようだ。
「箱根駅伝でこんな感じのとこ通るよな」
「あるね、こういうの」
箱根といえば年末年始の箱根駅伝か。我が家も毎年見ているけど、うちの大学は女子大だから参加しない。ちょっぴり残念だけど、お父さんの母校が毎年出てるからそれで良いのだ。
私たちは路地裏へと向かう。車1台通れるかどうかという狭い通りを歩いていく。どこもかしこもアップダウンばかりだ。流石に箱根と言うべきだろうか。
細く曲がりくねった道を行き、階段を登り、また坂を登る。その繰り返し。だけど、どことなく雰囲気があって良い。ちょっとレトロな感じ。シャッターの閉まった個人商店なんて、どこか昭和の空気を感じさせる。都心とは時の流れが違う感じ。なんか良い。
そうやって5分くらい路地を進むと、線路とぶつかった。これは四種踏切だ。警報も遮断機も無い、小さな小さな踏切。すぐ左隣には警報器付きの踏切だってあるのに、わざわざこんなところに。土地の関係なのだろうか。
「なあ、みずほ」
さくらは右手を指さしていた。
「ここで合ってる?」
線路沿いに立つ1軒の建物。さくらは若干不安そうにその建物を見つめていた。
「たぶんここじゃないかな……?」
私も半信半疑で近づいてみた。幟は立ってるけど……。あっ、看板がある。えっと、何々……。『スイッチバックカフェ』……?
「合ってる合ってる」
良かった。目的地到着だ。この辺りは細い道が入り組んでてわかりにくいのだ。だけど、一安心。
「すいませーん」
早速店内に入ることにした。前払い制のようなので、ささっと注文を済ませてカウンター席を確保する。
ここ、スイッチバックカフェは旅館の1階部分に作られたカフェで、まだオープンしてから1年も経っていない、出来たてほやほやの喫茶店なのだ。
その最大の売りは線路のすぐ側という立地。上大平台信号場のスイッチバック線に挟まれているこのお店は、目の前を通る箱根登山鉄道を眺めながら飲食が楽しめる場所として、鉄道オタクの間でも評判が良い。その口コミをネットで見つけて、折角だからと寄ってみたという次第だ。
カウンターに座ってみれば、本当に眼前まで線路が迫っていることがよくわかる。手を伸ばせば列車に触れられそうなくらいの近さだ(危ないので絶対にやってはいけない)。
「見ろよ、こんなのもあるぜ」
POPだろうか。お店のロゴ入りだ。
「これ、あれっしょ。インスタ向けだよ」
あー、そういうやつか。残念ながら私はインスタグラムをやっていない。上げる写真が無いから、というのが最大の理由だ。だって、私がやったら鉄道写真ばかりで埋め尽くされるインスタ垢になってしまう。そういう運用の仕方は嫌だ。なんか、嫌だ。
「鉄オタとか家族連れ向けかと思ってたけど、意外とオシャレじゃん」
さくらはちょっと乗り気だ。ちょうど目の前を箱根登山鉄道の列車が通過する。隣の親友はPOPを構えながらスマホで写真を撮り始めた。
「何それ?」
「鉄分補給中」
そういうPOPもあるんだ。
「あんた、インスタやってんの?」
「うん。やってるけど?」
嘘!? たぶん大学入学以降一番の衝撃。さくらが? インスタ? 嘘でしょ? 一番対極にいる人間じゃん。
「お前、また失礼なこと考えてるだろ」
「何載せてんの?」
純粋な疑問。心の底からの。
「色々載せてるよ。鉄道もだけど。ご飯とか。コスメとか」
「コスメ?」
こいつが? うっそぉ……。
「お前本当失礼なやつだなぁ……」
いやいや、純粋な反応ですよ。
「それが余計に厄介だよ」
はあ-、とため息をついて、スマホの画面を見せてきた。
「これな。私のインスタ。色々載ってんだろ?」
本当だ。マジでやってた。うわ、ちょっと信じられない。何だろう、この置いていかれた感。
スクロールして遡ってみる。あっ、これ私と奥多摩行ったときのやつだ。こっちはコスメ関係。ファンデーションにジェルネイルに……。
「あれ?」
そのとき、さくらの指先に色が塗られていることに気がついた。朱色のそれはまるで箱根登山鉄道をイメージしているかのようだった。
「いつの間に……!?」
「いや、まあ、良いじゃん。折角箱根なんだし。なんかおかしかったか?」
「別におかしくはないけど」
おかしくはない。だけど、さくらがやってるのはアンバランスというか。
いや、違うな。これは私の問題だ。私自身の心の問題なんだ。気持ちの整理がつかないというか、なんというか。
あー、わかんない。よくわかんないけど、なんかモヤモヤする。
「お待たせいたしました」
と、そのとき、タイミングが良いのか悪いのか、頼んでいた品がやってきた。私はオムライス。さくらはカレーライスだった。
「それ玄米なの?」
カレーライスはライスの種類が選べるのだ。さくらは玄米にしていた。
「そうだよ」
「それも美容のため?」
「ちげえよ。選べるなら選びたいだろ」
あっそ。まあ、いいや。お腹空いてるし、いただくとしよう。
さてさて、線路を間近に眺めながら食べるご飯の味は、っと。パクリ。
おっ、優しい味わいだ。塩味があまり強くない。味付けはかなりあっさりとしていた。ふわっとした卵に控えめな味わいがよく似合う。
中身はチキンライスだ。ゴロッとした鶏肉がほろほろで良い食感。新しいお店だけど、このオムライスは古き良き味って感じなんだ。さっき通ってきた路地裏と、ちょっと雰囲気が近いかも。情景と料理がマッチするの、ちょっと良いな。
アイスティーもいただくことにしよう。おお、冷たくて美味しい。むしっとしてるから体に染みるなぁ。冷たいのに茶葉の香りが引き立ってる。さっぱりとしていてお料理とよく合う感じだ。
ふと、隣に目が向いた。カレーのお皿の隣に透き通った青色の飲み物が置かれている。
「それ、何だっけ? なんとかティー?」
「ん? バタフライピーティーな」
そう、その、バタバタ……何だっけ。
「それも美容指向?」
「違うけど」
「じゃあ、インスタ映え?」
「そういうわけでもねえけど。いや、お前どうしたん? 何かおかしいぞ?」
おかしい、かなぁ、私。おかしい、だろうなぁ、私。
「うん、ちょっとね」
頭の中がふわふわする。なんだか変な気分。
おかしいのはわかってるんだ。それは自分が一番よくわかってる。そして、私が変な感じになってる理由は、間違いなく……。
と、そのとき、思考を切り裂くように踏切の警報音が鳴った。
あっ、電車が来る。そう思ったら、反射的に体が反応していた。私は食事の手を止め、カメラを構えていたのだ。
「お前、行儀悪いぞ」
「良いの。こういう場所だから、大丈夫」
私の視線は既に線路の向こうに注がれていた。
大平台駅は2度目のスイッチバックを行う場所。線内唯一の、駅でスイッチバックを行う地点だ。だから、進行方向は行き止まりになっている。車止めの先が通路となっており、そこを介してホームを行き来する構造だ。
ホームから階段を登り、駅舎を出る。眼前にはUターンするほど急角度のヘアピンカーブが伸びていた。まるで龍の体のようだ。
「箱根駅伝でこんな感じのとこ通るよな」
「あるね、こういうの」
箱根といえば年末年始の箱根駅伝か。我が家も毎年見ているけど、うちの大学は女子大だから参加しない。ちょっぴり残念だけど、お父さんの母校が毎年出てるからそれで良いのだ。
私たちは路地裏へと向かう。車1台通れるかどうかという狭い通りを歩いていく。どこもかしこもアップダウンばかりだ。流石に箱根と言うべきだろうか。
細く曲がりくねった道を行き、階段を登り、また坂を登る。その繰り返し。だけど、どことなく雰囲気があって良い。ちょっとレトロな感じ。シャッターの閉まった個人商店なんて、どこか昭和の空気を感じさせる。都心とは時の流れが違う感じ。なんか良い。
そうやって5分くらい路地を進むと、線路とぶつかった。これは四種踏切だ。警報も遮断機も無い、小さな小さな踏切。すぐ左隣には警報器付きの踏切だってあるのに、わざわざこんなところに。土地の関係なのだろうか。
「なあ、みずほ」
さくらは右手を指さしていた。
「ここで合ってる?」
線路沿いに立つ1軒の建物。さくらは若干不安そうにその建物を見つめていた。
「たぶんここじゃないかな……?」
私も半信半疑で近づいてみた。幟は立ってるけど……。あっ、看板がある。えっと、何々……。『スイッチバックカフェ』……?
「合ってる合ってる」
良かった。目的地到着だ。この辺りは細い道が入り組んでてわかりにくいのだ。だけど、一安心。
「すいませーん」
早速店内に入ることにした。前払い制のようなので、ささっと注文を済ませてカウンター席を確保する。
ここ、スイッチバックカフェは旅館の1階部分に作られたカフェで、まだオープンしてから1年も経っていない、出来たてほやほやの喫茶店なのだ。
その最大の売りは線路のすぐ側という立地。上大平台信号場のスイッチバック線に挟まれているこのお店は、目の前を通る箱根登山鉄道を眺めながら飲食が楽しめる場所として、鉄道オタクの間でも評判が良い。その口コミをネットで見つけて、折角だからと寄ってみたという次第だ。
カウンターに座ってみれば、本当に眼前まで線路が迫っていることがよくわかる。手を伸ばせば列車に触れられそうなくらいの近さだ(危ないので絶対にやってはいけない)。
「見ろよ、こんなのもあるぜ」
POPだろうか。お店のロゴ入りだ。
「これ、あれっしょ。インスタ向けだよ」
あー、そういうやつか。残念ながら私はインスタグラムをやっていない。上げる写真が無いから、というのが最大の理由だ。だって、私がやったら鉄道写真ばかりで埋め尽くされるインスタ垢になってしまう。そういう運用の仕方は嫌だ。なんか、嫌だ。
「鉄オタとか家族連れ向けかと思ってたけど、意外とオシャレじゃん」
さくらはちょっと乗り気だ。ちょうど目の前を箱根登山鉄道の列車が通過する。隣の親友はPOPを構えながらスマホで写真を撮り始めた。
「何それ?」
「鉄分補給中」
そういうPOPもあるんだ。
「あんた、インスタやってんの?」
「うん。やってるけど?」
嘘!? たぶん大学入学以降一番の衝撃。さくらが? インスタ? 嘘でしょ? 一番対極にいる人間じゃん。
「お前、また失礼なこと考えてるだろ」
「何載せてんの?」
純粋な疑問。心の底からの。
「色々載せてるよ。鉄道もだけど。ご飯とか。コスメとか」
「コスメ?」
こいつが? うっそぉ……。
「お前本当失礼なやつだなぁ……」
いやいや、純粋な反応ですよ。
「それが余計に厄介だよ」
はあ-、とため息をついて、スマホの画面を見せてきた。
「これな。私のインスタ。色々載ってんだろ?」
本当だ。マジでやってた。うわ、ちょっと信じられない。何だろう、この置いていかれた感。
スクロールして遡ってみる。あっ、これ私と奥多摩行ったときのやつだ。こっちはコスメ関係。ファンデーションにジェルネイルに……。
「あれ?」
そのとき、さくらの指先に色が塗られていることに気がついた。朱色のそれはまるで箱根登山鉄道をイメージしているかのようだった。
「いつの間に……!?」
「いや、まあ、良いじゃん。折角箱根なんだし。なんかおかしかったか?」
「別におかしくはないけど」
おかしくはない。だけど、さくらがやってるのはアンバランスというか。
いや、違うな。これは私の問題だ。私自身の心の問題なんだ。気持ちの整理がつかないというか、なんというか。
あー、わかんない。よくわかんないけど、なんかモヤモヤする。
「お待たせいたしました」
と、そのとき、タイミングが良いのか悪いのか、頼んでいた品がやってきた。私はオムライス。さくらはカレーライスだった。
「それ玄米なの?」
カレーライスはライスの種類が選べるのだ。さくらは玄米にしていた。
「そうだよ」
「それも美容のため?」
「ちげえよ。選べるなら選びたいだろ」
あっそ。まあ、いいや。お腹空いてるし、いただくとしよう。
さてさて、線路を間近に眺めながら食べるご飯の味は、っと。パクリ。
おっ、優しい味わいだ。塩味があまり強くない。味付けはかなりあっさりとしていた。ふわっとした卵に控えめな味わいがよく似合う。
中身はチキンライスだ。ゴロッとした鶏肉がほろほろで良い食感。新しいお店だけど、このオムライスは古き良き味って感じなんだ。さっき通ってきた路地裏と、ちょっと雰囲気が近いかも。情景と料理がマッチするの、ちょっと良いな。
アイスティーもいただくことにしよう。おお、冷たくて美味しい。むしっとしてるから体に染みるなぁ。冷たいのに茶葉の香りが引き立ってる。さっぱりとしていてお料理とよく合う感じだ。
ふと、隣に目が向いた。カレーのお皿の隣に透き通った青色の飲み物が置かれている。
「それ、何だっけ? なんとかティー?」
「ん? バタフライピーティーな」
そう、その、バタバタ……何だっけ。
「それも美容指向?」
「違うけど」
「じゃあ、インスタ映え?」
「そういうわけでもねえけど。いや、お前どうしたん? 何かおかしいぞ?」
おかしい、かなぁ、私。おかしい、だろうなぁ、私。
「うん、ちょっとね」
頭の中がふわふわする。なんだか変な気分。
おかしいのはわかってるんだ。それは自分が一番よくわかってる。そして、私が変な感じになってる理由は、間違いなく……。
と、そのとき、思考を切り裂くように踏切の警報音が鳴った。
あっ、電車が来る。そう思ったら、反射的に体が反応していた。私は食事の手を止め、カメラを構えていたのだ。
「お前、行儀悪いぞ」
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