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第8章 薫風かおる秩父路 at 西武秩父線

薫風かおる秩父路⑤

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 正丸駅から列車に揺られること15分。西武秩父線の終着駅・西武秩父駅に到着した。流石に終着駅だけあって、構内は広めだ。

 1番線に設けられた改札口を通って外に出る。これにて西武秩父線全線完乗っと。また1つ、日本全国鉄道路線完乗に1歩近づいた。

 と、それは置いておいて。

「ふーん」

 駅舎を仰ぎ見る。片流れの屋根は正丸駅の駅舎を思い起こさせる形状だった。デザイナーさん、同じ人だったのかな。詳しくは調べてみないとわからないけど、ふとそんな思いが頭をよぎった。

「ほら、みずほ」

 袖を引かれた。全くせっかちだなぁ。

「早く早く」

「わかってるって」

 駅舎に向かって右手、朱塗りの壁に提灯が下がった商業施設が建っている。そこが本日最後の目的地、秩父駅前温泉だ。

 駅前と名乗りつつ、駅と一体化した姿は最早駅ナカ温泉と言っても過言ではない。駅ナカというととかもそうだなぁと東北のローカル線を思い起こす。だけど、外観はやたら派手だ。どうも秩父の祭りをコンセプトに設計されたらしい。どうりで提灯が多いと思った。

 受付を済ませてから旦那さんと別れ、3人で女湯へと向かった。温泉は2階にあるらしい。1階はほとんどが売店と飲食スペースだった。

「うーん、良いわねぇ」

 私は老夫婦の奥さんと肩を並べながら露天風呂に浸かった。駅前でありながらこれだけの充実ぶりを見せるなんて驚きだ。西武鉄道がいかに力を入れているかがよくわかる。

「ねえ、みずほちゃん」

「え、は、はい!」

 あー、良くないな。すぐ緊張しちゃうの、私の悪い癖だ。

「あなた、さくらちゃんととっても仲が良いのね」

「え? そうですか?」

「そうよ。電車の中でもすごく仲良さそうだったわ」

 そうだったかな? ずっと奥さんと喋ってたような気がしたけど。

「あの子、私とも話しながら、みずほちゃんが孤立しないように気使ってたのよ。結構お話振ってくれてたでしょ?」

 言われてみれば確かにそうだった。でも、ほとんど「ああ」とか「うん」とかでしか返すことができなかった。

「私はそれができないのよねぇ。さくらちゃんって本当にすごい。って、ダメね。また私ったら自分のことばかり」

 さくらが私に気を使ってくれてたのは気付いてた。でも、私はそれに報いることができていない。なんだか……ちょっと申し訳ないなって思う。

 さくらはそんなこと、全然気にしないと思うけど。でも、私は気になっちゃうな、どうしても。

「私……もうちょっとさくらに恩返しできるようになりたいです。さくらに見合えるような友達になりたいなって……」

 さくらがいるから、私は1歩を踏み出せる。さくらがいたから新しい世界に挑戦できる。昔からずっとそうだった。

 今日だってそう。さくらが調べてくれなかったら、絶品秘境グルメは味わえなかった。さくらが声をかけなければ、私は今温泉に浸かることなく電車に揺られていた。いつだって新しい思い出を作ってくれるのはさくらなんだ。

 だから、少しでも彼女に報いることができる自分に……なりたい……。

「あら、そんなこと考える必要ないのよ」

「え?」

 隣のご婦人は私の心中を読み取ったかのようだった。

「友達ってそういうものじゃないでしょ。そんな無理に気使わなくて良いのよ。特に、あなたとさくらちゃんはそういう仲じゃないって、見てればすぐにわかるわ」

 それは、私のつかえを取るには充分すぎた。

 こういうとき、いつも思うんだ。私は緊張しいで引っ込み思案で、さくらは私と正反対で。いつも私を引っ張ってくれるのは彼女だから。どこか気後れしてしまうことが時々ある。

 だけど、そうだよね。変に考えすぎたり、意識しすぎたりする必要なんて全然ないんだ。だって、私とさくらの間柄って、そういうものだから。

「ありのままで接してれば良いのよ。ああいう友達は中々できるものじゃないから、大切にね」

「……はい!」

 きっと、このご婦人も同じ思いをしたことがあるのだろう。彼女には私にとってのさくらのような親友がいなかったのかもしれない。でも、私にはさくらがいる。

 うん、お年寄りの言うことは大事にしないとね。胸の奥で噛みしめておこう。

「おおー、すげー」

 と、そこに満を持してさくら登場。露天風呂に感嘆しながら私の隣に陣取った。

「ぷはー、生き返るわー」

 開口一番これだ。

「もう、おっさんじゃないんだから」

「いやいや、疲れた体に染み渡るぜー」

「私たち電車乗ってるだけだからね?」

「乗ってるだけでも疲れるんだよー。お前だってわかるだろ?」

 あーあ、こいつは本当にマイペースだ。なんだか変に考えてた自分がアホらしく思えてくる。

「……それ」

 ふと、イタズラ心がむくむくと湧き上がってきた。私は指で水鉄砲を作って、さくらの顔面に思いっきりかけてやった。

 すると、どうだろう。やられた側は飼い犬に手を噛まれたような表情を見せるではないか。それが変に面白くって、思わず声を上げて笑い出してしまった。

「ぷっはははは。何よ、その顔。あはははは」

 と、その直後、今度は私の顔面にお湯がかけられた。

「やったな、お前!」

「そっちこそ!」

 童心に帰ったように、私たちは互いにバシャバシャお湯をかけ合った。それを眺める老婦人の表情は、どこか孫娘を温かく見守っているかのようだった。

『旅の出会いは一期一会。 MIZUHO』
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