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同じ場所、同じ時間、違うのは一人じゃない事

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「ココに来るの久しぶりな気がする。」

皐月は最近足が遠のいていた廃ビルの屋上でいつものように準備していた。
慣れた手つきでスタンドをたてて、慣れた様子でスマホのセットをすると後は着替えて録画ボタンを押すのみだ。

「俺、すげー特等席だな!」

「当たり前でしょ?今日は日高の曲を歌わせてもらう立場なんだから。始まったら喋らないでよね。」

皐月は拓海が居る前で歌うのに若干緊張しながらも鼓動を落ち着かせスタートボタンを押した。

「皆さんこんばんわ。ユウです。
久しぶりの配信で少し緊張しています。
いつも聴いてくださっている方々、ありがとうございます。
初めましての方々、観てくださってありがとうございます。
今日は私の知人の作った曲を歌わせてもらいます。」

皐月が拓海に視線を送り音楽をかけるように促すと拓海はスタートボタンを押した。
悲しげなピアノの音が単音で響き曲の始まりを告げると和やかな空気は張り詰めた。
重なる音とリズムと共に皐月の歌声が響き一体となってその場を支配した。
皐月はいつもより高揚感を感じカメラがまわっているのを忘れて思うがままに歌い、そんな皐月を拓海は食い入るように見た。

「どうだった?!ちゃんと歌えてたかな!!めっちゃ楽しくてカメラ意識して無かったんだけどヤバくない?!」

歌い終わった皐月のテンションはいつもより高く、拓海の肩を掴んで前後に揺らしながら早口で捲し立てた。
拓海は最後の挨拶の気分だったのに余韻に浸らせてくれない皐月にガックリして適当な相槌をうった。

「なによ!もっと何かないの?!」

「お前が台無しにしたんだよ!!!実際めっちゃ感動したし想像より良かった!雨宮が突っ込んで来る前までな。」

「な、悪かったわよ…テンションあがっちゃってハイだったのっ!」

先程とは打って変わり汐らしくなった皐月の姿に拓海は思わず吹き出し大声で笑った。
少し腹が立った皐月は頬を膨らませて拗ねてみせたが拓海は笑いが止まらず暫く大声が響いた。

「暗くなる前に撤収するわよ。」

皐月は手際よく片付けを始めると拓海もつられて片付けを始め、完全に日が落ちる前に何とか片付けを終え廃ビルをこっそり出た。

「じゃあ今日中に編集しちゃうから、明日チェック宜しくね。」

「りょーかい!」

廃ビルを出てすぐ二人は解散し、それぞれの帰路につき、家に帰った皐月はいつものように家の事をした後、自室で今日撮った動画をチェックした。
皐月は今までの自分より数倍楽しんで歌っていた自覚はあったが、動画をみるとそれが浮き彫りになっている事が恥ずかしく感じた。
いつもはカメラからどうみえるか、顔はちゃんと隠れているかなどを気にしながら歌っていたが今回はそんな事を考えていなかった為隠す部分が多かった。

欠伸をしながら皐月は深夜まで編集作業に勤しんだ。
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