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第四話
しおりを挟む一月前、湖で命を絶ったエオリア侯爵令嬢の葬儀は侯爵家の敷地内で行われ、ルーズバイン家の者以外は例え王族であろうと参列することは許されなかった。
これは異例な事で、通常ならば葬儀は神殿で行われ、遺体は神殿の敷地内に埋葬される。
王族が参列するというのであれば、断ることなどまず有り得ない。王族の参列を断れるのは、ルーズバイン侯爵家が王族に次ぐ権力を持っているからに他ならない。
元とはいえ婚約者だったエオリアの葬儀に参列するため、フィオネル殿下とその父であるフェルディナント陛下もルーズバイン邸を訪れたが、エオリアの父であるアルベルト・ルーズバイン侯爵が門前払いした。
アルベルト率いるルーズバイン家とその邸で働く者達は皆、ルーズバイン家の紋章である白い百合を胸に飾り王家への憤激の意を示したが、ルーズバイン家の行いに対し陛下が咎める事は無かった。
それから数日後、フィオネルが急病になり、暫く療養に入ることが公表された。
「領民のみんなも白い百合を胸に飾ってエオリア様を悼んでたんだよ。孤児院の子供たちもね」
「そうなんだ…親しまれてたんだね、エオリア様」
「うん。私は直接エオリア様を見たこと無いけど好きよ。慕ってる子供たちを見てればわかるし、だから嫌がらせのことは絶対に嘘だよ」
すっかり冷めてしまった紅茶をぐいっと飲み干すマーサ。
「きっとそうね。お茶のおかわりは?」
「ううん、大丈夫。長々と話しちゃってごめんね!私も仕事に戻らなきゃ」
「いいのよ、お話できて楽しかったから。来てくれてありがとう、お仕事頑張ってね」
店を出ても度々振り返りながら手を振るマーサに手を振り返し、姿が見えなくなるまで見送ると、ドアに閉店の札を下げ店内に戻った。
この店は町から離れているし、森に囲まれた湖のほとりにある為、滅多にお客様は来ない。来店するお客様のほとんどは、近くの街道に出している看板を見た旅人や行商の人、湖に遊びに来ていて具合が悪くなったり怪我をした人だ。収入は多くはないけど、一人の生活なら十分足りる。
一月前、侯爵令嬢が入水し、侯爵家が後始末をして去った後、王家の調査団が調べに来た時は肝を冷やしたけど、特に怪しまれることも無く早々に立ち去ってくれて胸を撫で下ろした。事件性は無く、令嬢自ら入水したということに納得したらしい。
ただ、その調査団の中にある人物がいたのには驚いた。苛立った様子だったから、自分の意思とは関係なく陛下に言われて仕方なく来ていたのだろう。
まさか、フィオネル殿下がいるなんて。
「…本当にびっくりしたわ」
洗面台の前に立ち鏡に映る自分を見る。
青い瞳に、腰まである水色の髪を緩く三つ編みにしている。派手さは無いが、紫の糸で刺繍された白いワンピースには良く似合っている。
「こんな形であの湖を見ていただくことになるなんて思いもしなかったもの」
水色の石がはめてある華奢な銀の指輪を右手の中指から外すと、鏡に映る姿がゆっくりと変わっていく。
水色の髪は銀色に、青い瞳は緑色に。
今しがたまで鏡に映っていた薬屋のアリアは消え、代わりによく見知った姿が映っている。
一月前に亡くなったはずの、エオリア・ルーズバイン侯爵令嬢だ。
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