見捨てられた男達

ぐう

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見捨てた女達

伯爵令嬢

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 マリーがグスタフに会ったのは叔父が副団長をしている騎士団に差し入れを持って行った時だった。マリーは叔父と次兄が騎士団に所属しているため、幼い頃から騎士団に出入りしていた。
 グスタフは剣の稽古のため騎士団の訓練に混じっていた。
 背が高く髪を短く刈り込んだグスタフは、十代前半とは思えないほど鍛え上げていた。剣の腕も有能らしく、騎士団員と共に訓練ができるほどだった。

 騎士団でグスタフとマリーは顔見知りにはなったが、伯爵令嬢のマリーに無口なグスタフが声をかけることはなかった。
 そんなある日マリーは父親と叔父に呼ばれた。叔父が座るように言って口を開いた。

「マリー グスタフをどう思う?」

「どうとは?顔見知りでしかありませんからどんな人かも知りませんし」

「騎士団長が男爵位を賜ることになり、嫡子のグスタフに婚約者を探してる。今は男爵位だが、将来的には子爵位を賜るだろうとの見込みだ」

 叔父が続いて言った。

「我ら騎士団員なら団長の人柄やグスタフの将来性の高さも知っているが、騎士団に縁のない貴族では男爵を賜ったばかりだとなかなか縁を結ぼうという家がない」

「それでお前にと言う話が出たのだがどうだろう」
 
「貴族の位でどうのとか思っていませんが、グスタフさんの方の気持ちはいいのですか?今までなら好きな人と結婚できるのに貴族になったばかりに政略結婚なんて」

 叔父は苦笑いして

「グスタフはな。剣にしか興味はない。将来結婚なんて考えたこともないので婚約してくれるなら誰でもいいと言ってる」

「誰でも良いとまで言われ気分は良くないです。でも叔父様がお勧めと言われるなら会ってもいいです」

 グスタフは機嫌の悪い顔で伯爵家にやってきた。向かい合ったマリーはため息が溢れそうになった。

「グスタフさん ご不満なら婚約なんてやめておいたらどうですか?将来好きになる人が出てくるまで待てばいいのではない?」

 はっきりそう言うとグスタフ驚いて目を見開いた。

「い いや 不満ではない。ただ女子と話したことは家族しかないからどんな顔したらいいかわからんだけなんだ」

 グスタフははっきり言うマリーに度肝を抜かれた。グスタフにとって女子は守られるものだったからだ。
 それからグスタフなりにマリーに興味を持ち、優しく接するようになった。普段はぶっきらぼうな態度だが、マリーにものを言うときだけは、気をつけて話すようになった。ぎこちないながら婚約者に優しくするグスタフにマリーもきちんと向き合っていたが、このままなら学院を卒業後に結婚するんだと思うと心の奥底に残った初恋が疼いた。

 マリーと叔父は血が繋がってない。祖父の再婚相手の連れ子だからだ。マリーとは十歳離れている。祖父が叔父を学院に行かせようとしたが断り、騎士養成学校に入り優秀な成績を収めて王都の騎士団に入団した。
 マリーは叔父が伯爵家にいる頃から慕っていた。叔父が伯爵家に遠慮しているのも幼いながら勘付いていた。だから末っ子で皆んなのアイドルのマリーが兄の様に慕っているという事で叔父ルドルフが伯爵家に居やすいと良いなと思っていた。
 叔父は妹の様に可愛がってはくれたが、騎士団に入団すると伯爵家から出て行ってしまった。それで次兄は言い訳にして叔父に会いに騎士団に通っていたのだ。そのルドルフに縁談を勧められたから受けたそれだけだった。


 今目の前に学院に入ってからのグスタフの調査書がある。グスタフが護衛をしている第二王子の愛人と肉体関係があり溺れていると。  

 それで学院に入ってから会いにも来ず手紙もないのかとマリーは納得した。
 マリーはグスタフがマリーとの婚約が上位貴族との政略だと分かっているのだろうかと思った。
 このままだと婚約は解消されグスタフは廃嫡されるだろう。結婚相手としてのグスタフに未練はないが、騎士になるべく打ち込んでいたグスタフから将来を取り上げるのは酷いと思った。

 だから騎士団でグスタフに会った時忠告はしようと思った。でも伸ばした手は振り払われた。それをルドルフも次兄も見ていた。
 次兄もだが、ルドルフの激怒は意外だった。ルドルフは自分が勧めた縁談でマリーが酷い目にあった事を謝罪し責任持って解消すると言った。

 男爵家にも調査書は届いていたから、伯爵家からの婚約解消を拒否できなかった。グスタフに一切知らされることなく、マリーが入学前に婚約は終わった。

 マリーはグスタフのいる学院には入学したくなかった。彼の行く先を思うと、これから彼に会いたくなかった。これはグスタフを溺れさせた子爵令嬢への嫉妬などではなくグスタフに対する憐憫なのだ。
 その意を汲んで伯爵は、マリーを隣国の学園に留学させることにした。そしてマリーがいない間にグスタフは廃嫡になり国境警備の辺境伯騎士団に入団しに王都を去った。二度と戻っては来ないだろう。

 留学に旅立つ時や帰省時にはルドルフが常に付き添ってくれた。留学が終わった時も帰国の迎えはルドルフだった。今は帰国の前に寮の談話室で向きあってお茶を飲んでいる。

「いつもありがとう叔父様。私の送り迎えで休暇を全部使ってると聞いたけど大丈夫?」


「グスタフとのことでマリーを酷い目に合わせたから……」

「ああ もうグスタフさんの事はどうでもいいです。それより酷い目に合わせたと自覚があるなら償ってもらえますよね?」

 急にそんな事を言い出すマリーにルドルフはびっくりしたようだった。

「叔父様 いえ、ルドルフ今付き合ってる女性いますか。婚約者はいないのは次兄に聞いて知ってます」

「いないけれど。どうしたの?マリー?」

「償って下さるなら私を貰って下さい」

「何言い出すんだ!マリー!俺は十も年上だぞ」

「貴族なら普通です」

「しかも爵位もない」

「騎士爵を持ってますよね?それに団長候補なんでしょう?」

「マリーは妹だから……」

「本当に妹だけですか?どうしても妹だっていうなら私も諦めます。一度婚約は解消されたし、もう婚姻も難しいだろうから修道院に行きます」

 ハッとしてルドルフは立ち上がった。

「修道院なんてダメだ!マリーは誰よりも幸せになって欲しい!」

「だったらルドルフが幸せにして下さい」

 ルドルフは椅子に座り直し、マリーを見つめた。

「グスタフさんとの婚約だってルドルフがしろと言うからしただけです。私の気持ちは子供の頃からずっとルドルフだけです」

 談話室内に沈黙が落ち、廊下を歩く寮生達の会話が聞こえて来る。長い沈黙の後ようやくルドルフが口を開いた。

「本当に俺でいいのか?」

「だからさっきから子供の頃からルドルフだけだって言ってます」

「俺はマリーを望んでいいのか?」

「父にもルドルフが承諾すればルドルフと結婚していいと了解も取ってます」

 ルドルフは苦笑する。

「マリー 結婚してくれ」

「はい。私がルドルフを幸せにします」

 二人で顔を見合わせて笑い合った。


 
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