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ミラ編

ミラの自覚

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 伯爵家に比べて恐ろしく質素な朝食を済ませて院長室に呼ばれた。

「失礼します」

 穏やかに微笑む院長様が、私に座るように手招きした。

「環境が激変して辛いでしょうね」

 正直に言ってしまおう。

「はい びっくりすることばかりで、私が今まで如何に甘えていたのか思い知りました」

「貴族令嬢だったのですものしかたありませんよ。でもここでは貴族だったことは通用しません。辛い事ばかりでしょうがやるしかないのですよ」

「はい」

「実はね、私も貴族だったのよ。一族のスキャンダルで結婚前の私はここに入れられて、ほかの兄弟達は平民になったのよ。だからあなたの気持ちは察することはできる。あなたはお父上に捨てられたと思っていらっしゃるでしょう」

 内心を言い当てられて思わず院長様を見つめた。

「お父上はあなたをここに入れて世間の非難から守ろうとされているのよ。領地に下がっても俗世にいる限りいろんな噂や誹謗中傷が耳に入る。そんな辛さからあなたを遠ざけようとされたの。あなたの噂が下火になって忘れられたら王都に戻されると伺っているわ。もちろん貴族には戻れないけど領地でひっそり暮らして欲しいと言われたわ」

「父が院長様に」

「そう、この離島にわざわざいらして、見学されて、寄付を約束されて帰られたわ。随分老化して危ういところがあるから大助かりよ」

 父がここまで出向いて寄付を約束した…意外な事を告げられた。
 家の利益に役に立たなかった私を離島の修道院に捨てたのではなかったのか。
 借金のために売られたと思ってた。ずっとよりにもよってあんな男となんてと悲しかった。
 王太子殿下とお会いできる機会を潰す父を恨んでいた。儚いかなうこともない恋を握り潰す父が厭わしかった。
 でも父は父なりの私に愛情があったのだろうか。今は素直に信じられないけれど、ここではたくさんの時間がある。父についてゆっくり考えてみよう。



 今までしたこともなかった掃除洗濯で荒れる指、伯爵家とは大違いの食生活、エマを代表とする悪意のある修道女の仕打ちなど辛くないと言えば嘘になるがそれでも日々慣れていく。
 一日中立ち働いて疲れ切ってベットに倒れ込むと、輝くプラチナブロンドと深い湖の色の碧眼を思い出す。だんだん面影は遠くなってくるといいなと思うのに忘れられない。本当に不器用な女だ。


 エマとその仲間の修道女はいつも私に意地が悪い。違う事を教えたり、食事の時私の品数を減らしたりする。まるで子供だ。エレナが気がついて私に意地悪するエマと他の修道女に意見してくれた。
 そのおかげで貴族出身という事で反感を持たれていた私に態度を和らげる修道女が増えてきた。

 ある晩お勤めを終えて寝るばかりな時間にエレナとエマが自室に訪ねて来た。

「エマがね。あなたに謝りたいと言うので連れてきたの。遅くにごめんなさい」

「院長様にあんたの事情聞いたのよ。婚約破棄されて親にここに入れられたこと。私も同じだから」

 エマは視線を下げて剥き出しの切り出し石の床を見つめながら話し出した。
 エマは裕福な商会の娘で男爵家の令息と婚約してた事。それがその令息に嫌われて自分と婚約破棄するために、エマが浮気した事にして噂を流されて婚約破棄された事。親がそれを信じてしまい身持ちの悪い娘はここに入れと捨てられた事。
 貴族が大嫌いになって、ミラが貴族だったと聞いて嫌がらせをした事。

「ごめんね」

 エマは振り絞るように謝罪した。

「もういいです」

 エマも同じなんだと思うともう責めても仕方ないと思えた。

「ここにいる修道女は自ら神の妻になりにきた人はいません。何かしら事情がある人ばかり」

 エレナが泣き出したエマの背を撫でながらそう言ってミラを見た。

「そうなんですね。自分だけ辛いなんて悲劇の主人公ぶってはいけませんね」

 なんだか仲間意識もできて、ここでやって行こうと思えた。



 

 そんな毎日で四年あっという間だった。すっかりこの離島での修道女見習いとしての生活も慣れた。水仕事で割れたあかぎれに薬を塗り込む手順も慣れたものだ。
 今日も食料と水を積んだ船が着いたので、受け取りに船着場に出向いた。今日はいつもの船員だけでなく騎士が何人もいたのに驚いた。毛布で包んだ細長いものを担いで騎士達は修道院に入って行った。


 何なのか気にはなったが、私にわかるはずもなく、本日分の食料と水を炊事場に往復して運んだ。そこにエレナが来て、院長様がお呼びだという。

 


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