改稿版 婚約破棄の代償

ぐう

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第三章 今世

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 私が前世を思い出したのはいつの頃だろう。急に全て思い出したわけじゃなく、少しず少しずつ今の自分じゃない自分を思い出した。
 幼い頃に今の邸じゃない庭を思い出し、その庭で咲いていた花の名前を言えば、侍女に『お嬢様そんな花は聞いたことありませんよ』と言われた。でも、私は確かにその花を手に取った事があった。あの人に『アネットによく似合う』と言われたのだ。……あの人とは誰だろう。

 違う。私はリーゼロッテ。アネットじゃない。ふと……優しいお兄様が私が具合悪くなると抱き上げてくれる光景が目に浮かぶ。いえ、私には実兄はいない。

 そんなふうに水が少しずつ岩を砕くように、前世の記憶を少しずつ思い出し、ある日いきなり全てアネットを思い出した。あれは全て前世の私にあった事。

 そして白い場所であの人とは過ごした穏やかで満ち足りた時間も思い出した。輪廻の輪に飛び込むときにお互い誓った『必ず同じ場所、同じ時間に生まれ変わり、今度こそ結ばれよう』と言う言葉を思い出した今、私はリーゼロッテ・ベネット。伯爵家の娘。十五歳になるところで、貴族学院に入学する。

 今私が生きている世界には、魔力も魔術もなく、魔物もいない。だからか前の世界より科学と言われるものが進んでいる。
 それでもこの大陸では、どの国にも王がいて国を治め、貴族がいる。
 私は貴族としては真ん中の伯爵家の娘。それでも興国する時に国王に付き従ったと言う名門の家だと言う。

 私の今世の家族は両親と姉が二人。上の姉は父の親しい友人の息子を婿養子にとっている。義兄は伯爵家の次男だった。
 父はまだ伯爵を義兄に譲っていないので、我が家の持つ子爵位を譲られて二人は別邸で暮らしている。

 もう一人の姉は学院在学中に隣国から留学してきていた侯爵家の嫡子と恋仲になり、隣国に嫁いで行った。

 この世界では、いやこの国ではかもしれないが、前世と違って貴族でも幼い頃から婚約をさせることはない。
 上の姉も父が紹介したわけでなく、幼馴染で交流している間に二人は恋に落ちた。
 婿養子に行ける次男と婿養子の欲しい長女をちょうどよく交流させた父たちに魂胆はあったのだろうが、二人は愛し合っているからそれでいいだろう。
 下の姉は明るく闊達な性格で成績も良かった。留学生のお世話係に選ばれて、あっという間に恋に落ちて、学院卒業と共に隣国に嫁いで行った。

 年の離れた末娘の私は、両親にも姉夫婦にも隣国に行ってしまった姉にも愛されて、甘やかされている。
 皆、私は嫁がなくてもいい。婿養子をもらって、義兄が伯爵位を継いだら、子爵位をあげるから、家に残れなどと口々に言う。領地経営は堅実に上手くいって、義兄が経営している特産物の商会も下の姉の縁で隣国との取引も順調だから、末娘を外に出したくないのだそうだ。

 それでも、早いうちに前世を思い出した私は、前世の厳しい公爵令嬢の教育のせいか、甘ったれには育ってないはずだ。
 年のわりに冷めているのは、前世を引きずっているせいだろう。

 前世を完全に思い出した時に一番に思ったらのは『コンラート様はこの世界に生まれてきているのだろうか』だった。
 輪廻の輪に飛び込む時しっかりと手を繋いでいたからもしかして兄弟に生まれる変わるのかとも思ったが、兄も弟もいなかった。
 もちろん義兄も違った。私の周りにいる人間は誰もコンラート様じゃなかった。

 前世では私は地味な容姿だった。醜くはないけれど平凡な顔に平凡な身体つき。
 華やかで美しく女性らしい身体付きのミリアムを羨んだものだ。コンラート様が私を救うためにされていると分かっていても、二人の距離が近いのをみると、身体が燃え尽きるような嫉妬に苦しんだ。学園に行かなくなったのは、その姿を見るのが嫌なのもあったのだ。

 今世ではそこそこみられるらしい。でもこれは娘馬鹿、妹馬鹿の人達の言うことだから信用はできないけれど。


 学院入学前に貴族子女は、デビュタントを済ませるのが常だ。私も年明けの王宮舞踏会でデビューすることになった。
 社交界にデビューすると、学院在学中でも婚姻ができる。

「変な男に声かけられても、ついていっては行けないよ」

 家族は口を揃えて言う。大丈夫、二回目のデビュタントだからとは言えないので、神妙に頷いておく。
 そんな事を言うくせに、家族は私を飾り立てる事に大わらわだ。
 姉と母が陣頭に立って、絹織物で有名な隣国から綾織の白い絹布を取り寄せ、私の瞳の紫紺に合わせて装身具一式を作ってくれた。

 デビュタントのエスコートは親族と決まっている。私のエスコートは父と義兄が争ったが父が勝利した。デビュタントは入場して、エスコートした親族と踊り、王族と踊って貰って退場する。まだ長い時間舞踏会にいる年ではないのだ。

 そして、私は何故か私より緊張している父の肘に手をかけて、名を呼ばれるのを待っている。私はひょっとして、ここでコンラート様に会えるのではないかと言う期待で胸がいっぱいだったけれど、それはすぐにぎり潰されることになる。

 
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