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第一章 前世
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しおりを挟むギルバートは護衛を連れて、螺旋階段を降りて行く。螺旋踊り場踊り場にドミニクがいた。
「王太子殿下、どうされましたか」
足を早めて螺旋階段の踊り場まで降りて、ギルバートがドミニクに声をかける。
「公爵が兄上をアネット嬢の魔術陣に連れて行ったと聞いて来た。何かあったのか?」
ギルバートと護衛二人のみで、コンラートがいないことに気がついたドミニクは眉を顰めた。
「コンラート殿下はアネットの側で眠ることをお望みでした」
ギルバートに淡々と言われて、ドミニクは顔色を変えた。
「それはもう兄上の意識は戻らないと言うことか」
「左様でございます。代わりの魔道具が開発できなければ、あの二人は永遠に魔道具の代わりとして意識の無いまま生かされていきます」
「……兄上はアネット嬢の隣に並ぶことを選択したのか。兄上のアネット嬢への気持ちは本物だったのだな」
「王太子殿下、これを読んで頂いて、私に協力して頂きたいのですが」
「手紙か…」
ギルバートが胸ポケットから取り出してドミニクに渡しながら言った。
「アネットの遺書です」
「私が読んでも構わないのか?」
「はい。アネットの残した課題を我らで片付けたいのです。ですが、そうしますと、王太子殿下は国王陛下を裏切ることになるります」
二人は黙って目を見交わした。ギルバートの強い目から目を逸らしたドミニクはアネットの遺書を、ギルバートの前で何度も何度も目を通してから言った。
「いいだろう。私とてこれでいいと思っているわけではない。私も子の父になって感じていることはある」
※※※※※※※※※※※※※※
コンラートがアネットの側で眠ることを選択し、ギルバートとドミニクが話し合ったその後、二人は高位貴族の当主達への根回しを進めた。王太子の名前での根回しだったので、ギルバートの仲間だけでよりも話は早かった。なんと言っても高位貴族達とて器の問題は切実なのだ。長年器を差し出していた高位貴族は国王の愛妾狂いに屈辱を感じていた家が多いので、王太子が味方ならと抱き込むことは簡単だった。
そして今、ギルバートは高位貴族各家の当主と王族全員を集めた極秘会議で議長をしている。
「この場で決まったことは記録には残せませんが、皆様と最後の合意をした後に確実に実行に移していただくために、魔術契約をしていただきます。よろしいですか」
ギルバートが会場を見回すと、頷く当主達以外に煩わしげに眉を顰める国王と魔術庁長官が目に付いた。ギルバートはわからないように唇をゆがめて笑いを漏らした。
「先日、奇跡的に覚醒された第一王子コンラート殿下が、私の妹アネットと結界魔術陣の眠りについたことをご報告いたします」
当主達は既に知っていることだが、わざとらしくざわめいてみせた。
そのざわめきの中で手を上げる者がいた。代替わりが進む公爵家の中で長老といってもいい王妃の生家レージンガー公爵家当主だ。
「議長、それはコンラート王子の残りの魔力が結界魔術陣に付け加わったということか」
「左様です。コンラート殿下はこれで二度とお目覚めにはならないでしょう。我が妹もですが」
「……そうか。ギーセヘルト公爵令嬢の献身には感謝をおしまない。コンラート殿下も目覚めてそのことを知ったのだな」
「はい、お目覚めの時には混濁されていて、自分がした事実を忘れていられましたが、私どもの手によって、思い出していただきました」
王族席でギルバートの言葉を聞いていたドミニク王太子がはっとして顔をあげた。その王太子の手の甲に隣のイザベラ王太子妃がそっと自分の手を重ねた。
「公的には愚かな婚約破棄をしでかしたコンラート殿下は、廃嫡の上監禁されていることになっています。これを持って死亡を公表してよろしいと思います」
ドミニクがイザベラの手をイザベラの膝に戻して立ち上がった。
「議長、兄上は国のために献身されたのだ、愚かな王子とよばれるのは、あまりではないか。せめて汚名をすすがせてやりたい」
ギルバートは遠慮無く王太子を正面から見据えた。
「それは正しい献身だったのでしょうか。あの方がやり方を間違えなければ、我が妹は自身を差し出さなくとも魔道具を開発できたはずです」
その通りなので、ドミニクはそのまま言葉も無く座った。
「それでは、コンラート殿下の件は死亡と言うことでよろしいですね。結界の魔術陣の存在は各家当主のみの口伝として下さい。妹の残した資料によりますと妹の身体は生物として老いてはいきません。ただ魔力を循環する器になっているだけです。もちろん意識もありません。いつまで器が保つか、それはやってみないとわからないようです。王族の魔力に頼らなくとも良くなったとは言え、あの魔術陣が半永久的と言うことでもありません。器の身体を使わなくてもよい魔道具を開発しなくてはいけません。それは魔術庁の魔術士達にかかっています。ローゼンベルガー長官」
ギルバートが呼びかけると、不審そうにフードの奥でローゼンベルガーは片眉を上げて、ギルバートを見た。
「なんですかな」
「私の妹は十代半ばであの魔術陣を作り上げました。あなたは長官になってもう四十年です。あなたはなぜ今までの結界を王族の魔力に頼らなくてよい魔術を作り出さなかったのですか」
ローゼンゲルガーはフードの奥で顔色を変え、低く響くような怒りのこもった声で言った。
「それは私どもがアネット嬢より能力が下だと言っておられるのですか」
ギルバートはそんな声に動揺することも無く唇に冷笑を乗せていった。
「あなたは、器は使い捨てだとコンラート殿下に言ったそうですね」
「そんなこと…言いましたかな…」
各家当主達がざわざわする。どの家も長い歴史の中で器として娘を差し出した経験があるのだ。国のためとして王族の妃という名誉の影に隠された器としての義務に苦しんだ娘達は少なくないのだ。それを使い捨てなどと言われてはたまらない。
「コンラート殿下はその言葉であの愚かな騒動を起こして、アネットを逃がそうとしたのですよ」
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