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第一章 前世
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しおりを挟む底に意識が沈んでいく。
底に誰かがいる。そのシルエットは女?誰だろうと目を凝らす。
『コンラートぉ。冷たいのね。私を忘れたの?』
あれはミリアム?ああ、すっかり君の存在など忘れていたよ。
『嘘ばっかり。あんなに愛してくれたじゃないのぉ』
アネット生かすためだけの演技だよ。君のことなど愛するわけはない。私はアネットを裏切ったりしない。
『あら、またそんな嘘を。私達は愛し合っていたじゃない』
ミリアムの言葉を最後まで聞かずに、意識が覚醒しようとしているのか、身体がふわりふわりとと浮かび上がって行く。
『ちょっと!話は済んでないわ!』
ミリアムが崩れ果てた顔で叫んでいる。演技でもあんな女の意のままになるのは辛かった。それを見るアネットの視線が怖かった。なぜ違った道をとらなかったのか。胸の中には苦い後悔しかない。
『あんたのせいで!私はこんな目にーーーー』
下の方でまだ騒いでいるミリアムの姿はドロドロに溶けている。コンラートの魔力を流し込まれたのだ。最初の僅かな魔力でも器が小さいミリアムに取って身体の負担になっただろう。
自慢の美貌も顔面が溶けて、骸骨の眼球のところはポカリと空いている。豪華なドレスは着ているが、そこから出ている部分は骸骨に少しの肉がこびりついているだけだ。
アネットを生かすために、犠牲にしたのはミリアムだけじゃなかった。カールまで犠牲にしていたとは。考えが浅い自分が憎い。
コンラートは恐ろしい姿になったミリアムのことは振り返りもせずに、カールの事を考えて、涙が止まらなかった。
意識が身体を自覚して、薄らと瞼を押し上げた。
「コンラート殿下、お目覚めですか」
懐かしい声だ。誰だったろう、そう思って目を開けると、そこにはギルバート・ギーセヘルトの姿があった。
「……ギル……」
「コンラート殿下、私は爵位を継ぎました。ギーセヘルト公爵とお呼びください」
ギルは私とアネットより三つ年上だ。妹のアネットが登城するときは連れ立って、王城に来ていた。とても仲の良い兄妹だった。私とも幼馴染と言ってもいいはずだ。だが、もう彼は私に愛称呼びを許さないのだな。
「ーーーアネットは、アネットはどうしている?」
そう言ってギルバートを見やると、ギルバートは皮肉げに口角を上げて笑った。
「ふっ、コンラート様が他の人間を気遣うなど、意外すぎて笑えます」
「ーーーー自分が何をしたかわかっているつもりーーーー」
最後まで言えずに、ギルバートの怒声にかき消された。
「よくもそんな事を言えるものだ!側近候補のルーカス、ライムントが洗脳薬であの女の言いなりになったのは、あなたのせいではない。だが、アネットのことはあなたの短慮のせいだ」
ギルバートに言われた事はーーーーーそうだ、その通りだ。コンラートはミリアムが持っていたギラギラとした欲望を利用した。ミリアムに初めて会った時、この女が何をしたがっているか、すぐわかった。剥き出しの欲望を私の目的に利用してやろうと思ったのだ。様子のおかしい側近候補にミリアムが薬を使っていた事は、コンラートにも使って来た事で物証も押さえられた。コンラート自身には薬は効かない。
「あなたの意識は正常なままだった。それなのに、あなたは自分から腕輪を外し、アネットにも強いて外させた。腕輪を外せばあなたの膨大な魔力があなたに還らずに、アネットの器に留まったままになるとちゃんと理解していてだ!」
血相を変えたギルバートはさらに大声を上げた。その声で扉の外の近衛騎士が数人急いで入室して来た。ギルバートはちらりと近衛騎士達に目をやった。
「大丈夫だ。殿下に事実をお教えしてるだけだ。手は出さない。陛下には許可を得ている」
そう言って、玉璽の押された羊皮紙を見せた。近衛騎士達は頷きあって、礼をして出て行った。
「さあ、殿下、あなたはどういうつもりだったかきちんと話してもらいましょう。筆頭公爵家ギーセヘルト家には聞く権利がございます」
ギルバートの冷たい表情の顔を見ながら、私は、私のその時の感情をきちんと話せるか、自分でも言語化できない気持ちだっただけに、自信が持てなかった。
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