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第一章 前世
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しおりを挟む至急登城せよと、宰相に呼び出されたフロイント伯爵夫妻は夫ーデビットーは笑いが止まらない顔を隠すのに忙しく、妻は久しぶりに会う夫の不審な態度に仏頂面をしている。
ミリアムに渡した薬は抗精神薬の一種で、早く言えば洗脳薬だ。もちろん禁忌の薬で、自分の母国の遠国の親戚に金を渡して闇商人に調達させたものだ。妻である伯爵には一切知らせてない。と言うかサリーを囲った頃から会うのは公的な場だけだ。
ミリアムはサリーに似て美しく、肉感的な身体付きで男を誘って止まない。ただ賢いサリーと違って、白痴美人だ。何を教えてもろくに覚えることができない。
初めは高位貴族の嫡子を誰か誑し込んで、肉体関係を持てば、それをネタに婚姻まで持って行かせるつもりで、裏金を使って学園に潜り込ませた。編入学試験に受かるような頭脳は持ち合わせていないからだ。
薬に裏口入学の金、両方でかなりな金額だったが、なんとミリアムは第一王子を釣り上げたのだ。将来の王妃の実父になると思うと、笑いが止まらない。
ミリアムが言うには、今日第一王子は公爵令嬢に婚約破棄を告げて、ミリアムを婚約者に据えると国王に宣言するとのこと。時間から言っても、呼び出されたのは、その件に違いない。にやにやとだらしのない顔で、車止めで馬車から降りて、仏頂面の妻をエスコートして、迎えに出ていた侍従の後に従って王城の中に進んでいく。王太子妃そして王妃の実家になるのだ。これからは栄華栄耀思いのままだ。硬くてつまらない正妻など離婚して、爵位をもらって、妾のサリーを正妻に据えるか。王太子妃の母が、妾じゃ収まりが悪いしなと考えながら、侍従の後に付いて行った。
「こちらで宰相閣下がお持ちです」
侍従にそう言われて、部屋の中に入って行った。部屋の中には、宰相のゲーデル侯爵と文官らしきものが数人いた。
「急に呼び出してすまない」
ゲーデル侯爵に言われると、宰相が下手に出ている。これは間違いなく我が世が来たのだと思った。
「いいえ、お呼びでしたら何事を置いても駆けつけます」
「まあ、座ってくれ」
「それでは失礼して」
妻を示されたソファに座らせて、自分はとなりに座った。ちらりと自分を見る妻の目に非難の色がある。宰相に呼ばれる理由はお前だろうと言う顔だ。聞いて驚くな、入婿だからと慎めとか言わない妻をびっくりさせられると思うとほくそ笑んだ。
「あなたにサインしてもらいたい書類があるのだが」
デビットはその書類は、婚約式の日時の打ち合わせか?ドレスの手配かなんかだろうとわくわくした。側の文官がゲーデル侯爵から渡されて、二人の前に持ってきた。それを広げると離縁状と書いてあった。
「は?これはなんでございましょうか」
「見た通り、フロイント女伯爵ときみの離縁状だ。ああ、彼女の了解は取ってある。サインしてくれたまえ」
妻は頷くと、手元に書類を引き寄せて、渡されたペンでサインをした。先程まではこんな女とは離縁だと思っていたが、ミリアムが王太子妃になって、爵位を貰ってからの離縁でないと自分は平民になってしまう。
「馬鹿な!離縁など。どのような理由で!」
「ふむ、身に覚えが無いと?」
「ありません!それに今日は娘と……」
「その娘が学園で高位貴族令息に薬を盛った事は調べが付いている」
何故、バレている。この国では手に入らない薬のはずだ。
「きみの生まれた国で扱われてる洗脳剤だそうだね。コンラート殿下に盛ろうとした菓子を分析させてある。中毒になった二人はすでに解毒させて療養中だが、かなり濃い濃度で薬を盛られて、二人は元に戻るのは難しい」
「な、なんの話ですかな。薬など、身に覚えはありません」
「認めないのならそれでもいい。状況証拠は揃っている。盛られたコンラート殿下が証人だ。きみはここで離縁されて拘束される」
「冤罪だ!」
どん!と目の前のテーブルを叩く。
「もう何を言っても遅い」
そう言いながら、ゲーデル侯爵は手を挙げた。入り口から衛兵らしい者たちが飛び込んで来て、デビットを両側から腕を捻り上げた。妻だった女伯爵はさっと立ち上がった。
「この男とは縁切りです。我が家にお咎めは……」
「あなたと子息は関わりのない事は分かっています。ミリアムとの養子縁組届も偽造でした」
ゲーデル侯爵の言葉に女伯爵はホッとして顔色が少し良くなった。
「禁忌の洗脳薬を密かに持ち込み、第一王子殿下に盛った罪によって絞首刑に処す!衛兵!フロイント女伯爵から離縁され、遠国の実家の子爵家より勘当された平民になったこの男を平民牢に入れろ!」
衛兵達がガシャガシャと鎧の音をさせて、デビットの身体を拘束したまま連れ出そうとした。
それでもデビットは叫び続ける。
「ミリアムはどこだ!あれは第一王子の婚約者だ!実父をこんな目に合わせて後悔するぞ!」
「ミリアムを呼んでこい!」
その見苦しい様を見てゲーデル侯爵は
「見苦しい」
と呟いた。
「ミリアムがコンラート殿下の婚約者になどなれまい。あの女は庶子だ。この国の貴族と婚姻できるのは正妻が産んだと魔術庁が証明した者だけだ」
デビットはそれを聞いて、腰を抜かさんばかりに驚いた。
「お前はこの国の一夫一妻制度について婿養子に来る前に調べなかったのか」
ゲーデル侯爵のそんな言葉も今のデビットの耳には入らない。『どうしてこんな事になった。今朝までは何もかもうまく行っていたのに』と壊れた様につぶやくのみ
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