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第一章 前世
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しおりを挟むコンラートはミリアムに腕を貸して、王宮の廊下を歩いて行く。本来なら男が左肘を曲げたところに、女が軽く指を掛けるのだが、ミリアムは腕を全部入れて、乳房をコンラートの身体に擦り付けて、縋って歩いている。
王宮の文官や侍女、近衛騎士達は、すれ違う前に隅に控えて礼をするが、伏せた顔には抑えきれない驚きが、表情に出ている。
それはそうだろう、この国の第一王子が場末の女給みたいな女を腕にぶら下げているのだから。
コンラートはその視線に気がついていた。そしてこの視線が、アネットに対する同情になれば良いと思っていた。一方ミリアムはそんな人々の表情にも、視線にも気が付かずに、謁見の間にたどり着いた。扉前の衛兵に声を掛けて入室すると、既にコンラートの両親は王座に着席していた。
コンラートの両親ははっきり言って不仲だ。国王には既婚者の愛妾もいる。二人が顔を会わせるのは公式の場ぐらいしかないのに、何故かコンラートが申し込んだ謁見に二人揃っている。
これは学園でのコンラートの所業が伝わっていると言うことだろう。
王妃は俯いてコンラートの方を見ない様にしている。そして、ハンカチで目元を押さえていた。コンラートはここでの言動が肝心だとぐっと下腹に力を入れた。
「父上、母上、お喜びください。私はミリアムと言うかけがえのない相手に巡り会いました。アネットにはすでに婚約破棄を申し付けましたので、このミリアムを器に迎えます!」
入ってくるなり、挨拶もなく、怒鳴るように、宣言するコンラートを国王は怒りの眼差しで睨みつけた。その怒りはこれから言うことのために、一時喉の奥に押し込んだ。
「コンラートよ。それが謁見を申し出た理由か」
「そうです。ミリアム・フロイントをご紹介申し上げます」
そう言って、コンラートはミリアムがカーテシーをするのを待った。が残念ながら、ミリアムはコンラートの腕に取りすがってるだけで、動かない。コンラートはミリアムを肘で突いた。突かれたミリアムはポカンとして、コンラートを見上げた。コンラートはミリアムの耳元で『カーテシーしてくれ』と言った。ミリアムはコンラートに言われて、得心して慌ててカーテシーをしようとして、膝を折り足を斜めに引こうとして、ぐらつき横に崩れ落ちてしまった。ドレスの裾が捲れ、白くて肉感的な脛が露わになってしまった。
「きゃああ」
ミリアムは国王の御前であることも構わず、悲鳴を上げた。コンラートはギョッとして、思わずミリアムの口を自分の掌で塞いだ。
「もう良い。礼一つ出来ない女など、紹介して欲しくない」
国王は立ち上がった。
「お待ち下さい!父上!彼女が貴族になったのは、たった二年前です。慣れてないのです。寛大に見て下さい」
「たった?二年がたったか?学園でもマナー教室はある。伯爵なら家庭教師も付けられるだろう。単に努力してこなかっただけだろう」
国王が吐き捨てるように言う。
「父上はアネットと比べておられますね?彼女は五歳から王族教育を受けているのです。できて当たり前です」
「ほお、拝賀式で会う貴族令嬢達は例え子爵令嬢でもできておるぞ。王族教育は関係あるまい。単にそこな女はできないと泣き言を言うだけで、努力をしないと言うことだ」
「ひどーい!私だってやってます。たまたま出来なかっただけなのに!悪口言うなんて!」
いきなり国王に怒鳴るミリアム。コンラートは予想はしていたが、ミリアムのあまりのひどさに、冷や汗が背中を伝って行った。何かフォローをしようと口を開こうとしたら、それより先に国王が怒鳴りつけた。
「無礼者!不敬である!お前には口を開く権利はない!」
響き渡る朗々とした怒鳴り声に、ミリアムは腰を抜かし、床に這いつくばったまま逃げようとした。
「コンラート、この様な女にお前を受け止める事ができるのか」
国王の皮肉げな言葉に、コンラートは頷きながら言った。
「魔術庁にて確認してもらっています。庶子の割には器があると言うことです」
「だが、アネットの様にはいくまいて」
「大丈夫です。ミリアムは私のためならなんでもすると言っています。なあ、ミリアム」
先ほどからの国王とコンラートの会話はよくわからないが、ここで否定して王子妃を逃すわけにはいかない。ここぞとばかりに急いで立ち上がり言った。
「もちろんです。コンラートのためなら、なんでもします」
国王は冷酷そうな目で、ミリアムをジロジロと値踏みするように見つめた。
「アネットの腕輪は取ってしまったのか」
「はい、ここに」
二つの腕輪を国王に見せた。国王はそれを見てなんとも言えない顔をした。
「新しい腕輪は……」
国王の言葉にコンラートは言葉を重ねた。
「すでに魔術庁に作らせてあります」
今度は箱に入った腕輪を国王に見せた。
「仕方ない。誓いも何もなしだ。お前の命には変えられない、この場でその女にはめてしまえ」
コンラートは内心この父親が自分を守るとは信じてなかったが、言われたとおりに己の瞳の色に魔石がはまった腕輪をミリアムの腕にはめた。そして、ミリアムの瞳の色の腕輪を忌々しげに自分の腕にはめた。
ミリアムは瞳の色の魔石の腕輪は婚約の印と知っているので歓喜の気持ちが湧き上がってきた。が、身体から力が抜けていく感覚に立っていることが出来なかった。
その場に見苦しく這いつくばるミリアムを見ていた王妃がやっと口を開いた。
「不憫よな。そなたもわたくしも変わらない」
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