上 下
65 / 69

65

しおりを挟む



「うわぁあああ」

 叫び声が聞こえた魔術師塔だが、そんなことは日常茶飯事。各々の部屋から爆発音やら怒鳴り声やら泣き声などが漏れてくるのは、よくあることである。
 それでも今はちょっと異常である。この国のトップ二人がニックの研究室に篭っているからだ。近衛を連れた二人がニックの研究室に入っていくのを見た他の魔術師達は何事だと耳を澄ませていたら、冒頭の叫び声だ。

「うるさいですね」

 リヒャルトが呆れて、自分の主君に向かって言った。

「お前は平気だったのか?何か頭の中でぐわんぐわんと鳴っているんだ」

 顔色の悪い王太子が答えた。顔を見合わせるニックとリヒャルト。

「ニック、超強力にしたと言っていたが、大丈夫なのか」

「ちょっと待て。そんな信頼性の薄いものを私に身に付けさせたのか」

 唸る王太子。

「仕方ないでしょう。一般的な魔力の持ち主の我らで人体実験は済ませていますが、殿下の様に規格外の魔力の持ち主は殿下だけですから、これが初めてです」

 ニックがそう言うと

「仕方ない、終わるのにまだ時間が掛かる。眠ってもらおう」

 リヒャルトがニックの言葉を受けて淡々と言った。

「なんだ。その仕方ないですねと言わんばかりの台詞は!」

 青い顔色のまま抗議する王太子。

「でも、殿下の魔力では下手な薬は自分で解毒しちゃいますし、魔術も効かないので我らが殿下に干渉は無理ですよ」

 より一層淡々とした物言いをするニック。

「大丈夫だ。自分で納得して飲めば睡眠薬も効く。殿下、このまま苦痛に唸るより、朝まで眠って下さい」

 リヒャルトの言葉に抗議の声を上げる王太子。

「おい、その間に私になにかするつもりじゃ?」

 おやおや、信頼関係がない主従だこと。怒ったリヒャルトから冷気が漂うので、仕方なく王太子は素直に渡された薬を口に含んだ。それからニックの研究室の端にあった長椅子に横になった。しばらくして寝息が聞こえた。

「すごい効き目の薬だな」

 ニックが感嘆するとリヒャルトがニヤリと笑った。

「砂糖を固めた菓子だけれどね」

「え?」

「殿下は自分自身にこれは睡眠薬だと自己催眠を掛けたのだ。魔力が有り余ってるから、あっという間に効いたわけだ」

「便利な身体だな」

 主君に向かって散々な言いようである。

「さすがにここに陛下と殿下を置いていけないから、扉の前に近衛を配置して、私達もここで二人の様子を観察するか」

 よく見ると、すでに国王も医務室の診察台の様なベッドに横になっている。

「陛下は朝までかからないだろう。我らの研究だと陛下の魔力程度ならあと数時間で目覚めるはずだ」

「目が覚めたらどうされるのか」

「陛下の許可なく王妃陛下も出ていけないから、まずは話し合いだろうな」

「今更話し合ってどうなるのか」

 ニックがボソリと言うと

「番ほど厄介なものはないな。異世界では祝福するべきものかもしれないが、ここは番など感知できない人間の世界だ」

 とリヒャルトが苦々しげにそう言った。
しおりを挟む
感想 126

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

君は僕の番じゃないから

椎名さえら
恋愛
男女に番がいる、番同士は否応なしに惹かれ合う世界。 「君は僕の番じゃないから」 エリーゼは隣人のアーヴィンが子供の頃から好きだったが エリーゼは彼の番ではなかったため、フラれてしまった。 すると 「君こそ俺の番だ!」と突然接近してくる イケメンが登場してーーー!? ___________________________ 動機。 暗い話を書くと反動で明るい話が書きたくなります なので明るい話になります← 深く考えて読む話ではありません ※マーク編:3話+エピローグ ※超絶短編です ※さくっと読めるはず ※番の設定はゆるゆるです ※世界観としては割と近代チック ※ルーカス編思ったより明るくなかったごめんなさい ※マーク編は明るいです

【本編完結】番って便利な言葉ね

朝山みどり
恋愛
番だと言われて異世界に召喚されたわたしは、番との永遠の愛に胸躍らせたが、番は迎えに来なかった。 召喚者が持つ能力もなく。番の家も冷たかった。 しかし、能力があることが分かり、わたしは一人で生きて行こうと思った・・・・ 本編完結しましたが、ときおり番外編をあげます。 ぜひ読んで下さい。 「第17回恋愛小説大賞」 で奨励賞をいただきました。 ありがとうございます 短編から長編へ変更しました。 62話で完結しました。

[完結]間違えた国王〜のお陰で幸せライフ送れます。

キャロル
恋愛
国の駒として隣国の王と婚姻する事にになったマリアンヌ王女、王族に生まれたからにはいつかはこんな日が来ると覚悟はしていたが、その相手は獣人……番至上主義の…あの獣人……待てよ、これは逆にラッキーかもしれない。 離宮でスローライフ送れるのでは?うまく行けば…離縁、 窮屈な身分から解放され自由な生活目指して突き進む、美貌と能力だけチートなトンデモ王女の物語

処理中です...