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第3話 責務
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「聞いておるのか人間、命惜しくば今すぐここから立ち去るがよい」
所詮は人種《ひとしゅ》。どれだけ体を鍛えた所で我々に敵うはずもない。
「ハァ……? おいおい、嬢ちゃん。混ぜて欲しいなら素直にお願いするもんだぜ?」
「ぬ?」
ぐいっと汚らしい顔が迫ってきた。
「こう頭を下げてなぁッ!?」
ゴンッ、と後頭部を掴まれたかと思ったらそのまま地面に叩きつけられる。
少女が小さく悲鳴をあげるのが聞こえ、駆け寄ろうとしたのかその腕を後ろから掴まれもがく。なんとかしてやりたいが、生憎私も薄汚いレンガの路地とガサガサな手のサンドイッチだ。
「ふへへっ」
頭の上で男が下品にも笑う。
唾を落とすでないぞ、唾を。
「おいおい、あんまり傷物にすっと値がつかねーぞ?」
「なぁーに、こういうガキにゃちょいと調教する必要はあるだろう」
頭の上から男どもは揃って品の無い笑いを上げ、後ろで少女がますます抵抗の声を大きくする。
この状況になっても声を荒げることができるとは肝が座っているというべきか、それとも命知らずなのか。どちらにせよ、
「哀れじゃのゥ……」
人という生き物は。
「お……?」
全身に力を込め、魔力の巡りを膨らませる。
生憎この周囲には精霊の気配がないから自前でこさえる必要があるが、身体強化のみで問題なかろう。
ゆっくり体を起こし立ち上がる。
「お、お、おっ……!?」
体重を乗せていたのにも関わらずそれを追し上げ、立ち上がってきた私に男が蹌踉めいた。
「ガキ相手に何してんだぁ?」
周囲はそんな彼の様子を囃し立て、笑うばかりだった。
私の怒りに気がついているのは目の前のその男だけだった。
「ーー騒ぎを起こすのは本望ではない」
殺気とも呼べぬその視線で貫かれた男はまさに蛇に睨まれた蛙だ。
仕方あるまい。人種《ひとしゅ》であるが故に、我らには絶対に勝てぬ。そこには絶対的な力の差があり、弱肉強食の現実を目の当たりにするだけだ。
片腕を上げ、人差し指を親指で押さえて胸元へ。
「……忠告はしたぞい」
バチンッ、とその“何の意味もない胸筋”に向けてデコピンならぬムネピンを放つ。
最小限に力を抑えた殺傷能力も殆ど無い、ただの物理攻撃だ。
しかしそれであっても目の前の男は自分の体を支えきることができなかった。
「ぶっ……?!?!」
後ろ向きに一回転。強制的にバク転バク宙と引っくり返され、後ろの数名を巻き込んで地面に倒れこんだ。それと一緒に舞うのは置かれていた木箱や瓶の山だ。砕かれ、キラキラと薄暗い光を反射させながらもガラスは踊る。
先ほどまでへらへらと笑っていた男達は言葉を失い、ただ呆然と倒れた仲間ーー、そしてそれを見下ろす私を見た。
「どれ? 掛ってくるなら相手になるが?」
指先一本で。まぁそれでも気晴らしにもならぬだろうが。
人の身でありながら私に楯突くなど無謀を通り越して自殺行為に他ならない。
それでも立ち向かってくるというのであれば、その肉体はアンデットとして、魂はゴーストとして従えてやってもいいものだがーー、
「いっ……行こうぜっ……」
「おうよ……」
残念ながら、それほど気概のある男たちでもなかったらしい。
まぁ、少女一人を囲んでどうこうしようとする奴らだ。分かってはいたことだ。
しかし、ああして尻尾を巻いて逃げていく様を見るのは滑稽でなんとも心が躍った。
ここの所、規格外《チート》な生き物《勇者一行》ばかりの相手をしていて自信を失いかけていたが、どうだ、この力の差は。種という壁があるにしても圧倒的ではないか。
「哀れじゃのう? のぅ? 主《ぬし》もそう思わんか」
そういって振り返り、少女に微笑みかけたそのとき、
「ばか!」
思いっきり頬を打《う》たれ、不意に目を見張った。
視界を戻した先には涙目でこちらを睨む少女がいた。
焦げた髪は顔にかかり、その声と手は震えているものの目はしっかりと私を見据えている。
「危ないじゃない!」
「…………」
なにを言うのかと見つめ返してみる。するとそれでもたじろぐ事なく、今度は私の手をとって再び目を細めた。
「貴方もだけど、あの人たちが怪我したら大変……。事情は知らないけど、いままでもそうやって来たの……?」
なるほど、育ちは良くなさそうだが頭は切れる方らしい。
大方、道に倒れていた私の事はそれなりに厄介ごとを抱え込んでいると察しているのだろう。もしくは、窓から躍り出た時点で既に“人ではない”と感づかれてしまっているのかもしれん。
もっとも、そうだとするなら私を探していた理由が分からないが。
「頬を打《ぶ》たれたのは久方ぶりじゃな。……どうした、もっと誇っても良いのだぞ?」
事実、あの馬鹿共《勇者一行》を除けばここ十数年で私の意表をついた者など数えるほどしかいない。
しかも目覚めの一件と含めれば1日の間に二度も。
これは偉業であり、誇りとすべきことだ。
「馬鹿!」
しかし彼女はただ憤るばかりだった。
握られた手を通して震えが伝わって来る。
私に対して怯えているわけではなかろう。……では、あの男たちに対してか?
それほどにまで怖かったというのに、身の安否を心配しつつ肩を持とうなどと人間の考えることは分からんな……。
「どうでもいいことだがな」
「ちょ、ちょっと!」
気まぐれに行動すべきではないらしい。
気になったからと言って余計なことに首を突っ込んだ結果がこれだ。
見捨てておけば嫌な思いもせずに済んだかもしれぬ。
「釘をさすようだが、私のことはもう探すな。次はないぞ」
小娘一匹に少々ムキになった自分が情けない。私もまだまだなのだと知る良い機会になったと思い重ねる。
「待って!」
去ろうとしたのだが、一度振り払った手をもう一度捕まれ飽き飽きと私は振り返ることになった。
「お主なぁ……」
「お腹減ってないっ?」
「ハァ……?」
まさに青天の霹靂。
何をどうすればこの流れでその発想が出てくるというのか。
「だってあなた三日も眠り続けていたのよっ……? お腹が減ってないわけないじゃない!」
さも当然に言い放ち。あらんことかその顔は自信に満ち溢れていた。
この娘……、まさか本気で……?
見当違いも甚だしいが事実、腹は減っていた。
指摘され、それに応えるように腹が鳴く。
「……ふむ」
確かに三日三晩食わずに眠り続けていたというのは本当の事らしい。それほど熟睡した覚えもしばらくなかったのだが、転移魔法の影響だろうか。あまりにも長距離の移動を行うと時差ボケに似た現象を起こすと聞いていたが……。
「いや、単純に魔力の使いすぎだろうな」
勇者との決戦において殆どの魔力を消費していたように思える。
実際、先ほど体内魔力を使用した際も普段とは比べものにならないほど枯渇していた。
このまま戦ったとしても一個中隊ですら骨が折れそうだ。
「仕方あるまい、厄介になろう」
「!」
幸いにもこの娘は私のことを微塵も疑っておらんようだしな。
「はーっ……よかったぁ……」
「何がだ」
あれほど強引に迫っておいて承諾したらしたでこの安堵のしよう。なんだか良くわからんなこいつは。
「私もデコピンされちゃわないかってドキドキしてた」
「たわけ」
「あうっ」
リクエストされたのでデコを跳ね上げてやる。
もちろん、子猫も泣かせられぬほどに弱い力で、だ。
「それにしても……ここはなんなんじゃ……」
先ほどから路地裏を這い回っている鉄の管から煙が吹き出し、いたるところからプシュプシュと音が聞こえてくる。
あちこちで風呂を沸かしているわけでもあるまいに、異様な光景に眉をひそめた。
「あなたの国ではこういうのって珍しいの?」
「珍しいも何もむしろ一般的なのか」
「だと思うよ? 少なくとも私の国ではずーっと昔からこんな風だったみたいだし」
「そうか……」
通りで息苦しいわけだ。
精霊の姿が見えぬだけではなく、大気すらも汚れているらしい。
埃っぽい空気はこの場所特有のものではなく、この土地全体に染みついたものなのだろう。
「相容れぬな」
「ん?」
「こっちの話だ」
言って少女が来たであろう道を戻り始める。
「ほれ、道案内せんか。このまま散歩というわけでもなかろうに」
「うんっ!」
首をかしげていたようだが声をかければ子犬のように前に飛び出した。
なんとも単純で他愛もない生き物か。
ひょいと捻り潰せば死んでしまうかような生物どもが、このように大地を汚すことに私は憤りを隠せない。
やはり野放しにはしておけん……。
配下の者たちのことは気にかかるが、今は彼らを信じてこの国を潰すことにしよう。
それが魔王としての責務であろうーー。
所詮は人種《ひとしゅ》。どれだけ体を鍛えた所で我々に敵うはずもない。
「ハァ……? おいおい、嬢ちゃん。混ぜて欲しいなら素直にお願いするもんだぜ?」
「ぬ?」
ぐいっと汚らしい顔が迫ってきた。
「こう頭を下げてなぁッ!?」
ゴンッ、と後頭部を掴まれたかと思ったらそのまま地面に叩きつけられる。
少女が小さく悲鳴をあげるのが聞こえ、駆け寄ろうとしたのかその腕を後ろから掴まれもがく。なんとかしてやりたいが、生憎私も薄汚いレンガの路地とガサガサな手のサンドイッチだ。
「ふへへっ」
頭の上で男が下品にも笑う。
唾を落とすでないぞ、唾を。
「おいおい、あんまり傷物にすっと値がつかねーぞ?」
「なぁーに、こういうガキにゃちょいと調教する必要はあるだろう」
頭の上から男どもは揃って品の無い笑いを上げ、後ろで少女がますます抵抗の声を大きくする。
この状況になっても声を荒げることができるとは肝が座っているというべきか、それとも命知らずなのか。どちらにせよ、
「哀れじゃのゥ……」
人という生き物は。
「お……?」
全身に力を込め、魔力の巡りを膨らませる。
生憎この周囲には精霊の気配がないから自前でこさえる必要があるが、身体強化のみで問題なかろう。
ゆっくり体を起こし立ち上がる。
「お、お、おっ……!?」
体重を乗せていたのにも関わらずそれを追し上げ、立ち上がってきた私に男が蹌踉めいた。
「ガキ相手に何してんだぁ?」
周囲はそんな彼の様子を囃し立て、笑うばかりだった。
私の怒りに気がついているのは目の前のその男だけだった。
「ーー騒ぎを起こすのは本望ではない」
殺気とも呼べぬその視線で貫かれた男はまさに蛇に睨まれた蛙だ。
仕方あるまい。人種《ひとしゅ》であるが故に、我らには絶対に勝てぬ。そこには絶対的な力の差があり、弱肉強食の現実を目の当たりにするだけだ。
片腕を上げ、人差し指を親指で押さえて胸元へ。
「……忠告はしたぞい」
バチンッ、とその“何の意味もない胸筋”に向けてデコピンならぬムネピンを放つ。
最小限に力を抑えた殺傷能力も殆ど無い、ただの物理攻撃だ。
しかしそれであっても目の前の男は自分の体を支えきることができなかった。
「ぶっ……?!?!」
後ろ向きに一回転。強制的にバク転バク宙と引っくり返され、後ろの数名を巻き込んで地面に倒れこんだ。それと一緒に舞うのは置かれていた木箱や瓶の山だ。砕かれ、キラキラと薄暗い光を反射させながらもガラスは踊る。
先ほどまでへらへらと笑っていた男達は言葉を失い、ただ呆然と倒れた仲間ーー、そしてそれを見下ろす私を見た。
「どれ? 掛ってくるなら相手になるが?」
指先一本で。まぁそれでも気晴らしにもならぬだろうが。
人の身でありながら私に楯突くなど無謀を通り越して自殺行為に他ならない。
それでも立ち向かってくるというのであれば、その肉体はアンデットとして、魂はゴーストとして従えてやってもいいものだがーー、
「いっ……行こうぜっ……」
「おうよ……」
残念ながら、それほど気概のある男たちでもなかったらしい。
まぁ、少女一人を囲んでどうこうしようとする奴らだ。分かってはいたことだ。
しかし、ああして尻尾を巻いて逃げていく様を見るのは滑稽でなんとも心が躍った。
ここの所、規格外《チート》な生き物《勇者一行》ばかりの相手をしていて自信を失いかけていたが、どうだ、この力の差は。種という壁があるにしても圧倒的ではないか。
「哀れじゃのう? のぅ? 主《ぬし》もそう思わんか」
そういって振り返り、少女に微笑みかけたそのとき、
「ばか!」
思いっきり頬を打《う》たれ、不意に目を見張った。
視界を戻した先には涙目でこちらを睨む少女がいた。
焦げた髪は顔にかかり、その声と手は震えているものの目はしっかりと私を見据えている。
「危ないじゃない!」
「…………」
なにを言うのかと見つめ返してみる。するとそれでもたじろぐ事なく、今度は私の手をとって再び目を細めた。
「貴方もだけど、あの人たちが怪我したら大変……。事情は知らないけど、いままでもそうやって来たの……?」
なるほど、育ちは良くなさそうだが頭は切れる方らしい。
大方、道に倒れていた私の事はそれなりに厄介ごとを抱え込んでいると察しているのだろう。もしくは、窓から躍り出た時点で既に“人ではない”と感づかれてしまっているのかもしれん。
もっとも、そうだとするなら私を探していた理由が分からないが。
「頬を打《ぶ》たれたのは久方ぶりじゃな。……どうした、もっと誇っても良いのだぞ?」
事実、あの馬鹿共《勇者一行》を除けばここ十数年で私の意表をついた者など数えるほどしかいない。
しかも目覚めの一件と含めれば1日の間に二度も。
これは偉業であり、誇りとすべきことだ。
「馬鹿!」
しかし彼女はただ憤るばかりだった。
握られた手を通して震えが伝わって来る。
私に対して怯えているわけではなかろう。……では、あの男たちに対してか?
それほどにまで怖かったというのに、身の安否を心配しつつ肩を持とうなどと人間の考えることは分からんな……。
「どうでもいいことだがな」
「ちょ、ちょっと!」
気まぐれに行動すべきではないらしい。
気になったからと言って余計なことに首を突っ込んだ結果がこれだ。
見捨てておけば嫌な思いもせずに済んだかもしれぬ。
「釘をさすようだが、私のことはもう探すな。次はないぞ」
小娘一匹に少々ムキになった自分が情けない。私もまだまだなのだと知る良い機会になったと思い重ねる。
「待って!」
去ろうとしたのだが、一度振り払った手をもう一度捕まれ飽き飽きと私は振り返ることになった。
「お主なぁ……」
「お腹減ってないっ?」
「ハァ……?」
まさに青天の霹靂。
何をどうすればこの流れでその発想が出てくるというのか。
「だってあなた三日も眠り続けていたのよっ……? お腹が減ってないわけないじゃない!」
さも当然に言い放ち。あらんことかその顔は自信に満ち溢れていた。
この娘……、まさか本気で……?
見当違いも甚だしいが事実、腹は減っていた。
指摘され、それに応えるように腹が鳴く。
「……ふむ」
確かに三日三晩食わずに眠り続けていたというのは本当の事らしい。それほど熟睡した覚えもしばらくなかったのだが、転移魔法の影響だろうか。あまりにも長距離の移動を行うと時差ボケに似た現象を起こすと聞いていたが……。
「いや、単純に魔力の使いすぎだろうな」
勇者との決戦において殆どの魔力を消費していたように思える。
実際、先ほど体内魔力を使用した際も普段とは比べものにならないほど枯渇していた。
このまま戦ったとしても一個中隊ですら骨が折れそうだ。
「仕方あるまい、厄介になろう」
「!」
幸いにもこの娘は私のことを微塵も疑っておらんようだしな。
「はーっ……よかったぁ……」
「何がだ」
あれほど強引に迫っておいて承諾したらしたでこの安堵のしよう。なんだか良くわからんなこいつは。
「私もデコピンされちゃわないかってドキドキしてた」
「たわけ」
「あうっ」
リクエストされたのでデコを跳ね上げてやる。
もちろん、子猫も泣かせられぬほどに弱い力で、だ。
「それにしても……ここはなんなんじゃ……」
先ほどから路地裏を這い回っている鉄の管から煙が吹き出し、いたるところからプシュプシュと音が聞こえてくる。
あちこちで風呂を沸かしているわけでもあるまいに、異様な光景に眉をひそめた。
「あなたの国ではこういうのって珍しいの?」
「珍しいも何もむしろ一般的なのか」
「だと思うよ? 少なくとも私の国ではずーっと昔からこんな風だったみたいだし」
「そうか……」
通りで息苦しいわけだ。
精霊の姿が見えぬだけではなく、大気すらも汚れているらしい。
埃っぽい空気はこの場所特有のものではなく、この土地全体に染みついたものなのだろう。
「相容れぬな」
「ん?」
「こっちの話だ」
言って少女が来たであろう道を戻り始める。
「ほれ、道案内せんか。このまま散歩というわけでもなかろうに」
「うんっ!」
首をかしげていたようだが声をかければ子犬のように前に飛び出した。
なんとも単純で他愛もない生き物か。
ひょいと捻り潰せば死んでしまうかような生物どもが、このように大地を汚すことに私は憤りを隠せない。
やはり野放しにはしておけん……。
配下の者たちのことは気にかかるが、今は彼らを信じてこの国を潰すことにしよう。
それが魔王としての責務であろうーー。
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