34 / 34
【6】少女、終わりました。
6-8
しおりを挟む
「――――では、ここにサインを」
書類のサインを忘れていたというバカを連れて、一旦家に戻りテーブルに向き合っては座っていた。
二週間の使用期限が終わった事を認めるサインを済ませ、差し出すと大事そうにそれを抱えバカは立ち上がってまた深々と礼をする。
「本当にありがとございました。お母様と妹さんによろしくお伝えください」
「……ああ」
最後は呆気ない物だと玄関でその姿を見送る。
たたんだ大きな段ボールを抱え、この前買って来たリュックを背負ってバカは笑顔を作る。
「それではっ。本当にありがとうございましたっ――」
初めて会った日。あの朝そうしてみせた様に静かに頭を下げ、再び俺の顔を見るときには目が既に潤んでいた。
「っ――――、」
だが何も言えず――、また何も交わさず玄関の扉をそのまま開けてバカは廊下へと消えて行く。
閉じられた扉の音は何処か重く、しばらくの間鍵をかけることができなかった。
「…………」
バカの事だから忘れ物をしたとでも言って戻って来るかもしれない――、そんな事を期待している自分がバカらしくなり乱暴に鍵を閉めて部屋に戻ろうして――外を歩く足音にとっさに廊下に飛び出した。
「ぁっ……」
そこにいたのは圭介とミコノだった。
目が合い、最初は驚いていた2人だったが俺が1人である事に気付き、事情を察したらしく静かに去って行った。
また1人、残され――、今度こそ扉の鍵を閉めた。
一人になった部屋は何だか静かで、この二週間、随分と騒がしかった事が分かる。一人暮らしには慣れていたはずだが、一度騒がしいのを経験するとどうにもその感覚はリセットされてしまうらしい。どうにも静かすぎる部屋が落ち着かず乱暴にテレビをつけた。土曜の夕方、どうでもいいニュース番組が流れ続ける。世間の事なんて何一つ関係なかった。いや、いまも関係ない。俺の知らぬ所で世界は回り、俺の世界はこうしていまも切り取られ続けている。
何も変わらず、何も起こらない。そんな毎日だ。
リビングの椅子に腰掛け、反対側の椅子にはもう誰も座る事が無いのだと思うと急に落ち着かなくなった。
荒太はいつか戻ってくるだろうか――?
圭介とミコノはこれからもよろしくやっていくのだろうか――?
色んな考えが浮かんでくるがどうにも現実味が無い。いや、もう現実でも何でも無いのかもしれない。
俺に取ってはあいつらがどうなった所で関係ない。どうだっていい。俺の知ったこっちゃ無い。
リビングの端、小さな戸棚の上に置いてある先輩と――、ミサトと荒太、そして俺の三人で撮った唯一の写真を眺める。
あの頃から何が変わったって言うんだろう。ミサトがいなくなって、荒太もいってしまって、俺はここに一人取り残されている。
あの頃から全てが変わってしまった。変わってしまったまま、何も変わらないでいる。失った物は失ったままで、無くなった物は二度と戻ってこない。そんな当たり前の毎日が、そんなどうでもいい毎日がこれからも続いて行く。
もしかするとあの日から随分と長い夢を見ているのかもしれない。そんな気さえする。いや、もしそうだとしても一向に構わない。だって何も変わっちゃい無いんだからな。
「……久々にネトゲでもするかな」
元の生活に戻るだけだ。
先輩の最後の言葉を知れたからといって、先輩が戻って来る訳じゃない。
荒太が先輩を俺に奪われたく無くて、一緒に逝こうとした事を知っても荒太の事を憎みきれなかった。
あの人は永遠に帰ってこない。荒太もまた、あの頃に戻ることは出来ない。
俺は、この家で暮らし続ける。ただ、それだけだ。
自室に入るとあいつが散らかして行った漫画や食べ残しのスナック菓子があちこちに転がっていて、足の踏み場に困った。
それも片付ける気さえ起きないのだが、流石に散らかり放題に成ってるそれらは衛生的に気になる。
渋々と足下に広がるゴミ畑に手を伸ばし、それらをつまんではゴミ袋に突っ込んで行く。
「――――ん……?」
そうしてふと、そのひしゃげた一枚の用紙が目に入ってきた。
足の裏にくっ付いたそれを拾い上げ、見覚えの無い文字に首を傾げ――、
「本契約書類……?」
何となくその文字を読み上げた。
【おわり】
書類のサインを忘れていたというバカを連れて、一旦家に戻りテーブルに向き合っては座っていた。
二週間の使用期限が終わった事を認めるサインを済ませ、差し出すと大事そうにそれを抱えバカは立ち上がってまた深々と礼をする。
「本当にありがとございました。お母様と妹さんによろしくお伝えください」
「……ああ」
最後は呆気ない物だと玄関でその姿を見送る。
たたんだ大きな段ボールを抱え、この前買って来たリュックを背負ってバカは笑顔を作る。
「それではっ。本当にありがとうございましたっ――」
初めて会った日。あの朝そうしてみせた様に静かに頭を下げ、再び俺の顔を見るときには目が既に潤んでいた。
「っ――――、」
だが何も言えず――、また何も交わさず玄関の扉をそのまま開けてバカは廊下へと消えて行く。
閉じられた扉の音は何処か重く、しばらくの間鍵をかけることができなかった。
「…………」
バカの事だから忘れ物をしたとでも言って戻って来るかもしれない――、そんな事を期待している自分がバカらしくなり乱暴に鍵を閉めて部屋に戻ろうして――外を歩く足音にとっさに廊下に飛び出した。
「ぁっ……」
そこにいたのは圭介とミコノだった。
目が合い、最初は驚いていた2人だったが俺が1人である事に気付き、事情を察したらしく静かに去って行った。
また1人、残され――、今度こそ扉の鍵を閉めた。
一人になった部屋は何だか静かで、この二週間、随分と騒がしかった事が分かる。一人暮らしには慣れていたはずだが、一度騒がしいのを経験するとどうにもその感覚はリセットされてしまうらしい。どうにも静かすぎる部屋が落ち着かず乱暴にテレビをつけた。土曜の夕方、どうでもいいニュース番組が流れ続ける。世間の事なんて何一つ関係なかった。いや、いまも関係ない。俺の知らぬ所で世界は回り、俺の世界はこうしていまも切り取られ続けている。
何も変わらず、何も起こらない。そんな毎日だ。
リビングの椅子に腰掛け、反対側の椅子にはもう誰も座る事が無いのだと思うと急に落ち着かなくなった。
荒太はいつか戻ってくるだろうか――?
圭介とミコノはこれからもよろしくやっていくのだろうか――?
色んな考えが浮かんでくるがどうにも現実味が無い。いや、もう現実でも何でも無いのかもしれない。
俺に取ってはあいつらがどうなった所で関係ない。どうだっていい。俺の知ったこっちゃ無い。
リビングの端、小さな戸棚の上に置いてある先輩と――、ミサトと荒太、そして俺の三人で撮った唯一の写真を眺める。
あの頃から何が変わったって言うんだろう。ミサトがいなくなって、荒太もいってしまって、俺はここに一人取り残されている。
あの頃から全てが変わってしまった。変わってしまったまま、何も変わらないでいる。失った物は失ったままで、無くなった物は二度と戻ってこない。そんな当たり前の毎日が、そんなどうでもいい毎日がこれからも続いて行く。
もしかするとあの日から随分と長い夢を見ているのかもしれない。そんな気さえする。いや、もしそうだとしても一向に構わない。だって何も変わっちゃい無いんだからな。
「……久々にネトゲでもするかな」
元の生活に戻るだけだ。
先輩の最後の言葉を知れたからといって、先輩が戻って来る訳じゃない。
荒太が先輩を俺に奪われたく無くて、一緒に逝こうとした事を知っても荒太の事を憎みきれなかった。
あの人は永遠に帰ってこない。荒太もまた、あの頃に戻ることは出来ない。
俺は、この家で暮らし続ける。ただ、それだけだ。
自室に入るとあいつが散らかして行った漫画や食べ残しのスナック菓子があちこちに転がっていて、足の踏み場に困った。
それも片付ける気さえ起きないのだが、流石に散らかり放題に成ってるそれらは衛生的に気になる。
渋々と足下に広がるゴミ畑に手を伸ばし、それらをつまんではゴミ袋に突っ込んで行く。
「――――ん……?」
そうしてふと、そのひしゃげた一枚の用紙が目に入ってきた。
足の裏にくっ付いたそれを拾い上げ、見覚えの無い文字に首を傾げ――、
「本契約書類……?」
何となくその文字を読み上げた。
【おわり】
0
お気に入りに追加
5
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ターゲットは旦那様
ガイア
ライト文芸
プロの殺し屋の千草は、ターゲットの男を殺しに岐阜に向かった。
岐阜に住んでいる母親には、ちゃんとした会社で働いていると嘘をついていたが、その母親が最近病院で仲良くなった人の息子とお見合いをしてほしいという。
そのお見合い相手がまさかのターゲット。千草はターゲットの懐に入り込むためにお見合いを承諾するが、ターゲットの男はどうやらかなりの変わり者っぽくて……?
「母ちゃんを安心させるために結婚するフリしくれ」
なんでターゲットと同棲しないといけないのよ……。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
私と継母の極めて平凡な日常
当麻月菜
ライト文芸
ある日突然、父が再婚した。そして再婚後、たった三ヶ月で失踪した。
残されたのは私、橋坂由依(高校二年生)と、継母の琴子さん(32歳のキャリアウーマン)の二人。
「ああ、この人も出て行くんだろうな。私にどれだけ自分が不幸かをぶちまけて」
そう思って覚悟もしたけれど、彼女は出て行かなかった。
そうして始まった継母と私の二人だけの日々は、とても淡々としていながら酷く穏やかで、極めて平凡なものでした。
※他のサイトにも重複投稿しています。
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる