『少女、始めました。』

葵依幸

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【6】少女、終わりました。

6-8

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「――――では、ここにサインを」

 書類のサインを忘れていたというバカを連れて、一旦家に戻りテーブルに向き合っては座っていた。
 二週間の使用期限が終わった事を認めるサインを済ませ、差し出すと大事そうにそれを抱えバカは立ち上がってまた深々と礼をする。

「本当にありがとございました。お母様と妹さんによろしくお伝えください」
「……ああ」

 最後は呆気ない物だと玄関でその姿を見送る。
 たたんだ大きな段ボールを抱え、この前買って来たリュックを背負ってバカは笑顔を作る。

「それではっ。本当にありがとうございましたっ――」

 初めて会った日。あの朝そうしてみせた様に静かに頭を下げ、再び俺の顔を見るときには目が既に潤んでいた。

「っ――――、」

 だが何も言えず――、また何も交わさず玄関の扉をそのまま開けてバカは廊下へと消えて行く。
 閉じられた扉の音は何処か重く、しばらくの間鍵をかけることができなかった。

「…………」

 バカの事だから忘れ物をしたとでも言って戻って来るかもしれない――、そんな事を期待している自分がバカらしくなり乱暴に鍵を閉めて部屋に戻ろうして――外を歩く足音にとっさに廊下に飛び出した。

「ぁっ……」

 そこにいたのは圭介とミコノだった。
 目が合い、最初は驚いていた2人だったが俺が1人である事に気付き、事情を察したらしく静かに去って行った。
 また1人、残され――、今度こそ扉の鍵を閉めた。

 一人になった部屋は何だか静かで、この二週間、随分と騒がしかった事が分かる。一人暮らしには慣れていたはずだが、一度騒がしいのを経験するとどうにもその感覚はリセットされてしまうらしい。どうにも静かすぎる部屋が落ち着かず乱暴にテレビをつけた。土曜の夕方、どうでもいいニュース番組が流れ続ける。世間の事なんて何一つ関係なかった。いや、いまも関係ない。俺の知らぬ所で世界は回り、俺の世界はこうしていまも切り取られ続けている。

 何も変わらず、何も起こらない。そんな毎日だ。
 リビングの椅子に腰掛け、反対側の椅子にはもう誰も座る事が無いのだと思うと急に落ち着かなくなった。

 荒太はいつか戻ってくるだろうか――?
 圭介とミコノはこれからもよろしくやっていくのだろうか――?

 色んな考えが浮かんでくるがどうにも現実味が無い。いや、もう現実でも何でも無いのかもしれない。
 俺に取ってはあいつらがどうなった所で関係ない。どうだっていい。俺の知ったこっちゃ無い。
 リビングの端、小さな戸棚の上に置いてある先輩と――、ミサトと荒太、そして俺の三人で撮った唯一の写真を眺める。

 あの頃から何が変わったって言うんだろう。ミサトがいなくなって、荒太もいってしまって、俺はここに一人取り残されている。
 あの頃から全てが変わってしまった。変わってしまったまま、何も変わらないでいる。失った物は失ったままで、無くなった物は二度と戻ってこない。そんな当たり前の毎日が、そんなどうでもいい毎日がこれからも続いて行く。
 もしかするとあの日から随分と長い夢を見ているのかもしれない。そんな気さえする。いや、もしそうだとしても一向に構わない。だって何も変わっちゃい無いんだからな。

「……久々にネトゲでもするかな」

 元の生活に戻るだけだ。
 先輩の最後の言葉を知れたからといって、先輩が戻って来る訳じゃない。
 荒太が先輩を俺に奪われたく無くて、一緒に逝こうとした事を知っても荒太の事を憎みきれなかった。
 あの人は永遠に帰ってこない。荒太もまた、あの頃に戻ることは出来ない。
 俺は、この家で暮らし続ける。ただ、それだけだ。
 自室に入るとあいつが散らかして行った漫画や食べ残しのスナック菓子があちこちに転がっていて、足の踏み場に困った。

 それも片付ける気さえ起きないのだが、流石に散らかり放題に成ってるそれらは衛生的に気になる。
 渋々と足下に広がるゴミ畑に手を伸ばし、それらをつまんではゴミ袋に突っ込んで行く。

「――――ん……?」

 そうしてふと、そのひしゃげた一枚の用紙が目に入ってきた。
 足の裏にくっ付いたそれを拾い上げ、見覚えの無い文字に首を傾げ――、


「本契約書類……?」


 何となくその文字を読み上げた。


【おわり】
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