『少女、始めました。』

葵依幸

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【2】始めましてでしょう女。

2-1

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 なんとかパートナーのコイツと暮らす様になってから数日が過ぎた。部屋でうだうだと漫画を読みながらポテトチップスを齧る姿もなんだか見慣れてしまった自分が情けない。

 キーボードを叩きながらコレまでに分かった事を幾つか積み上げて行く。

 まず本人はロボットだと名乗っていたが食事をとらなきゃ腹が鳴るし、風呂にも入る。ついでにトイレにも行く。普段の生活を送る上で人間と大差なく、別段力持ちと言う訳でも無さそうだった。ちなみに首を360度回そうとしたら本気で怒られた。「殺す気ですか!?」と本気で噛み付かれた。いまも手に歯形が残ってる。

 第二に学力的には中学生かそこら辺の知識しか無く、物覚えは結構良い方らしい。一度教えた事を忘れ無いのはロボットだからか。ただ、天然なのかドジなのかは分からないが時折理解出来ない言動で動く時がある。よって入力されている性格に問題有り。

 足をぱたぱたさせる姿をぼんやりと見つめる。
 リビングを使えと言ったのに「年頃の女の子なんですよ!?」とこの部屋に居座っている。寝る時は人のベットを占領するもんだから俺はリビングのソファーだ。一体何の責任が有って俺は――。

「ん、どーかしたー?」

 視線を感じたのかバカがポテチを齧りながら振り返った。

「なんでもねーよ」

 再び画面に目を落す。――最初に契約書にサインしたのが悪かったんだろうなぁ……。
 なんともまぁ不親切な仕組みか一度契約すれば契機満了まで解約出来ないらしい。というか、解約の方法が無いと言っていい。最悪押し入れにでも放り込んでおけば良いそうだが――、

「…………」

 何処からどう見ても普通の子供にしか見えない奴に、流石にそんな仕打ちは出来なかった。いっその事「ザ・メイドロボ」ぐらい分かりやすい外見をしててくれれば良いもんだが生憎「高性能」で有る故に普通に生活する上では区別など付かないらしい。俺もそれを鵜呑みにした訳じゃないが、百数十桁の円周率を初見で覚え、なぞって見せた所を見ると信じざる得なかった。

 改めてコイツの派遣元である”未来創造館”を検索してみる。するとすぐさまそれなりにまともなページが出て来た。

  資本や創業者、その理念に加え新卒に向けての就職情報などなど……、架空請求紛い、というか完全押し売りなんだが。少女を売るという馬鹿げた事をやってるような会社とは思えなかった。

「……というかマニュアルを読んでみても、お前が俺に何をしてくれるのか未だに分からんのだが」
「んー……?」

 余程良い所なのか漫画からは目を外さず、ただ足をぱたぱたして声だけを飛ばす。

「何をっていうか、いまこうしてここにいることで何か感じないですー?」
「……鬱陶しいな」
「なるほどなるほど、そういうですよね」

 ペラリとページがめくられた。

「…………」

 がさごそと袋の中を探りポテチを一枚取り出して咥えると、またページをめくる。

「…………」

 そうして足をパタパタ――、

「――おい」

 答える気はないのかコイツは。つか、コイツに答えを期待した俺が悪かったのか……?

「そんなに気になるなら他の人に聞いてみれば良いんじゃないです? あーむっ」
「あ?」

 ポテチを咥え、また漫画のページを捲りながら足の指先を踊らせた。

「126ページ目だっけかなぁ。まぁ開いて見て下さいなぁー」
「…………」

 言われるがままにページをめくり、126ページ目を開くと「ハートフル広場♪」という可愛らしい文字が飛び込んで来る。

「……これの担当者は何を考えてんだ」 

 ウンザリしながらも書かれている文字に目を通す。どうやら利用者同士で情報交換がで出来るサイトがあるらしい。URLが記載されていた。

「アクセスするには個体ナンバーを入れる必要があるよー、私のはNo,1152464だから。パスワードはmak1sy0zy0ね」
「……おまえ、よく覚えてるな」
「ロボット舐めないで下さいよー。一応防水ですが」
「舐めねーよ」

 自称ロボットの事は放って置いてまたパソコンに向き直りURLを打ち込むとログイン画面が現れた。これまたしっかりした作りの入力フォームで――、っていうか、なんで契約完了のあのページだけあんなに胡散臭いんだよ。マジでこの会社の奴は頭がおかしいとしか思えない。いや、おかしいんだろうが――……。

「えーと、1152……なんだっけ」

 流石に空で言える程記憶力は良く無かった。

「1152464ですー」
「ぇーと、1152464っと、パスワードが……おい」
「mak1sy0zyo0」
「……mak1zy0zy0、だな――……何だその目は」
「別になんでもないですよー?」

 勝ち誇った様にポリポリとポテチを頬張る姿が癪に触った。

「ちっ……」

 ――ハートフルなんとかがイライラさせてどうすんだ。

 子供相手にムキになっても仕方が無いので言葉は飲み込み、パソコンに再び目を落とす。画面にはよくある質問やQ&Aのコーナー、そしてBBSなどが並び会社のサイトとは打って変わって個人サイトと大差なかった。

「……雑談掲示板、て……いつの時代の話だよ」

 ご丁寧にカウンター機能まで取り付けられ「貴方は何人目のお客様です」等とウサギが笑っていた。このサイトの管理者は中学生か? つか、キリ番報告とか……、未だにこんな事やってる所があるのか。
 若干呆れつつも掲示板をクリック、開かれたページには見慣れたスレッド型の書き込みが並んでいた。

「えーと、初心者質問スレは……これか」

 どうやら書き込み主の名前は各個体のオーナーで固定されているらしく「〇〇のご主人サマ」という名前がずらっと並んでいた。その中でも比較的新しい「東京都杉並区」の文字が目に止まる。どうやら俺と同じく数日前から「少女を飼い始めた」というそいつはアドバイスを実践したらしく、「上手く行きました。ありがとうございます!」と嬉しそうに書き込みをしていた。

「……以外と近所にいるもんだな」

 全国各地、様々所から書き込みがある割りに知っている地名も並んでいる。流石に田舎の方では世間体や近所付き合いがあるからかその問題点についての相談なども見受けられ、ざっと見た書き込みの中で一番古い物は10年前。サービスとしては随分昔から行われているらしい。

「つか、10年前にこの精度のロボット作れるのか……?」

 色々と疑わしい事はあるが犯罪だろうが何だろうが俺は巻き込まれてる側だ。いざとなれば色々聞かれるかも知れないがまぁ、気にすべきような人間付き合いもねーしな――。

 名前の欄をクリックすると直接連絡が取れるようになっているらしかった。直接話が聞けるならその方が手っ取り早い。恐らくは近所に住んでいるであろう飼い主(オーナー)の名前をクリックし入力フォームを呼び出す。

 完全にこのガキの言うことを信用した訳じゃない。手の込んだ悪戯か、もしくは家出を悟られないようにアレコレ手を打っているのか……なんにせよ、「少女を飼う」だなんてサービスが成立しているとは思えない。それがロボットだとしてもこれほど高性能な――、それこそ人間の言葉を理解し、まるで本当に生きているかのように行動する物を俺は知らないし、調べた所でそんな物は出てこなかった。

「――送信っと……」

 ウダウダ考えながら簡単な挨拶と、直接会って話したいという旨を書き込み、少し迷った物の連絡先等を書いて送信ボタンを押した。
 スレッドへの書き込みの様子からすると気軽に話に乗って来そうな印象は受けたし、最新の書き込みから数分と経っていない。しばらくすれば返信があるだろう。にしても――、

「……なぁ」
「なんですーご主人サマー?」

 漫画から目を離さず、相変わらず足は宙を仰いでいた。

「パンツ見えてるぞ」
「んにゃっ……!」

 ガバッと起き上がり、慌ててスカートの裾を押さえると顔が見る見るうちに赤くなっていった。

「そ、そういうのは早く言いなさいよ! レディーの秘部を見て喜んでいたなんて最低です!」
「何処にガキのウサギパンツみて喜ぶ奴が居るぅげっ……、」

 漫画が飛んで来て鼻の先にぶつかり、仰け反った。

「ッ……――、何しやがるッ!!」
「当然の報いです天誅です!」

 ぷんすかぷんと効果音を出しながら部屋からドシドシと出て行くバカ。乱暴に扉を閉められ、積んであって本が雪崩を起こす。

「あー、もう……なにしやがんだ……」

 完全に入り口が埋まってしまい扉が開かなくなってしまった。こんな事になるまで放置していた俺も俺なんだろうが、その均衡を崩すのはどうかと思うぞ――、しかも自分じゃ掃除しないくせに……。
 ベットの上で散らかしっぱなしになっている漫画や菓子の空き袋を見ると自然と溜め息が溢れる。パートナーだか何だか知らないが、コレじゃ本当に家出の餓鬼を預かってるのと変わらないぞ……。いや、寧ろ匿ってもらってる身分ならもう少し色々身の振り方とかあるんじゃないだろうか――?

「あっ、あれ……!?」

 何となく想像はついていたのだがすぐに戻って来たバカは扉が開かない事に戸惑っているようだった。

「ごっ、ご主人!? これは締め出しですか!? 逆鱗に触れちゃったんですか……!?」
「どちらか言うと閉じ込められてるのは俺の方だと思わないか」
「ちょっ、ちょっと!! 漫画良い所なんですよ!! 開けて下さい! 開けて下さいよーっ!」

 ガンガンっと扉が少し動いては本の山にぶつかって跳ね返されて行く。無理矢理強硬突破して本を傷めないだけマシだと思いたいが――。

「しばらく反省してろ」

 いちいち取り合ってやる必要は無いだろう。

「そっ、そんなあんまりですよぉ!! 私何も悪い事してないっ、してないのにーっ! ちょっとご主人サマーっ!?」
「――――ん」

 騒ぐバカを無視し、パソコンの画面に目をやるとメニューバーのメールマークに「1」と小さく表示されていた。

「……さっきの奴からか」

 随分と早い返信に驚き、そのままそれをクリックし――表示された画面に、

「……マジかよ」

 再び言葉を失った。
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