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3-4 幼馴染との夜

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「ふぁーっ……疲れたーっ……!!!」

 ぼすんっとベットに倒れ込むといい感じに体を包むこむように沈んでそのまま眠ってしまいそうだった。

「何か色々ありすぎだよなー今日1日……」

 教室の椅子に座って授業を受けていたのが遥か遠い昔のことのように思える。

 ……いや、遥か遠くの別の世界の話なんだけど。

「なんてゆーか、すごいわよね」
「まぁね……」

 あてがわれた部屋はそれこそ泊まったこともないような高級ホテルの一室みたいな造りで、広い部屋にテーブルやソファー、ベットが悠々と配置され、豪華絢爛に、……それでいてうるさくない程度に着飾られている。流石に電気は通っていないらしく、明かりはロウソクだった。それでいて魔法か何かがかけられているのかゆらゆらと揺れても消える気配はない。月が雲に隠れてしまっているにもかかわらず、部屋の中を照らすには十分な光量だった。

「そういえばさ聞いたら東の方に日本っぽい国があるんだってさ。で、あの温泉とこの浴衣」
「ふーん……」

 流石に結梨の制服をそのまま着るわけにもいかず、服は借りることにした。

 姫姉妹はいわゆるネグリジェ?とかいう可愛らしい寝間着だったのに「なんとなく似合いそうだから」という理由で浴衣を貸し与えられた。……確かにこの体は日本人の体型によく似ているらしく、着てみると「あらまぁっぴったり!」だった。

「何かムカつくわ」
「僕も複雑な心境なんだから許してよ……」

 着替えはもちろん、髪のアフターケアに至るまでまるで人形のように遊ばれてしまった。
 自分の体とはいえ、女の子のそれをまじまじ見るのは気恥ずかしいからちょうど良かったと言えば良かったんだけど……。

「ハァー……」

 実際のところちょっとなれないんだよな、この体。
 男と女でこうも勝手が違うものかと思い知る。あちこちプニプニしてるし、ふにふにだし、むにむにだし……。

「なんだよー……」
「その髪、鬱陶しいとか思ってるんでしょ」

 まぁ……図星だった。

「だってさ、こうも長いと重いっていうか……髪乾かすのだって大変だったじゃん? いっそのコト、バッサリとーー、」
「ダメ! ばっかじゃないの!?」
「はぁ……?」

 ぴょんっとベットに飛び乗ると(猫は猫なりに)頬を膨らませて結梨は僕を睨んだ。

「その体が『本当の黒の魔導士さんのもの』かもしれないでしょ? それなのに髪なんて切ったら可哀想じゃない!」
「いや、その体で決闘させたの誰だよ」
「私は何も言ってないわよ?」

 ……止めなかったのは事実だろ。

 なんていうと倍になって返ってくるので大人しく従うことにした。

「まー……その件はエミリアが治してくれたからよかったってことにして……」

 うーん……まさかここまで噛み付かれるとは思ってなかった。

「やっぱ髪って大事なもんなの」
「当たり前じゃない!」
「そっか……?」

 そういえば結梨もずっと髪伸ばしてたな。小学校の頃からずっと……?

 剣道の面被るのに邪魔そうだったから「切ったら?」て言ったら同じように怒られたのを思い出して「おせえよ」と自分に舌打ちする。あれ以降、結梨に対して髪の話題は地雷だったんだ。

「でもやっぱりこれって誰かの体なのかな」

 だから地雷原を避けようと思って話題の矛先を変える。
 割と気になっていたことでもあるし。

「でもそうなんじゃないの? あんたは世界が一周回ったらそうなる事も有るかもしれないけど、私なんて猫よ猫。何をどーすりゃそうなるのよ」
「いや、何となく似合ってるけど……」
「は?」
「何でもありません」

 猫が嫌いだったわけではないと思うんだけど。……確かブックカバーとか猫の絵が描かれてたりしたし。

「まぁ……悪い気はしないんだけど」

 どっちだよ。

「なんていうか落ち着かないのよ……その……服着てないから」
「あー……」

 なるほど。そういえばそうか。

「ていうかもしかしてお風呂で怒ってたのってそのこと? 僕が『誰のものかもわからない体をジロジロ見るのがダメだ』って言いたかったの?」
「それもあるけどッ……!!! もういいっ!」
「はー……?」

 ご機嫌斜め姫の心を読むのは幼馴染といえど難しい。
 これが妹だったら素直で分かりやすいのになー……。二言目には「死ね!!」だし。基本的に見て見ぬ振りされるし。

「とにかく、本当の持ち主が困るようなことはしないことっ! わかった!?」
「わかった……」

 髪が長いのは……まぁ髪ゴムか何か借りて縛っておこう。長いって言っても結梨ほどじゃないし、肩に掛かるぐらいだから我慢できないほどでもないし……。

「それで? 元に戻る方法にアテはあるの?」
「んー……どうだろ……」

 とりあえず試すにしても落ち着ける場所に着いてからだと思ってたし、試すなら今がそのときなのかもなー……。

 まぁ、無駄に終わる気もするけど。

「結局さ、僕らの体が変化したのか魂が飛ばされたのかはさておき。全部の元凶って間違いなくあの魔道書じゃん?」
「つまりアンタが悪いと」
「何でそうなるんだよ」

 魔道書に書かれていた魔法陣は全て試したけどどれも発動しなかった。
 だけど、あの表紙カバーの裏に書かれていた魔法陣に関しては「別物」だった。
 魔導士(魔法使い?)ではない僕が描いた魔法陣は発動しないのが当たり前だったとして、あの魔法陣を描いたのが本業の方だとしたら「それが発動した」のは必然とも言える。

「自動車は作れなくてもエンジンは掛けられるでしょ? そういう感じ」
「ふーん……」

 だとしても、それがあのときまでずっと発動せずに残されていたというのも信じられないんだけど。
 基本的に魔法陣っていうのは「一度使えば消えるもの」らしいから。ガソリンが燃えて気化するみたいに。

「じゃあそれをもう一回書きなさいよ。『今はあんたが』黒の魔導士なんでしょ?」
「……それはそうなんだけど……」

 問題はそこだ。
 実際、僕は魔導士さまって呼ばれるものになってるらしくて「幾つかの魔法を使うことができた」んだけど……。

「……覚えてないんだよね、あの魔法陣」
「……はぁ!!?」
「当たり前だろ!? あの一瞬で全部覚えられるわけないじゃん!!」

 飛ばされた時に魔道書はどっかに消えちゃったし……あの森のどっかにあるのかもしれないけど、あるとしたら泉の底……? でも仮に見つけたとしても「一度使われた魔法陣は消えている」から参考にはならないわけで……。

「……そんな目で見ないでよ……一応記憶を元に書いてみるからさ……」
「……ええ……」

 頷いてはくれたけど明らかに期待されてない。
 仕方ないもんな、学力テスト。下から数えた方が早いし……、いつも結梨に泣き付いて(シゴかれて)ギリギリ赤点間逃れていたようなもんだし……。

「……えーと……確か……こんな感じ……?」

 広い場所を選んで床に指で曲線を描く。
 なんとか記憶をたぐろうとするけれど浮かんでくるのはその後の衝撃的な「転移」と水にドボン!なわけで。

「うーん……」

 エミリアが水浴びをしている姿やアルベルトさんの強烈な一撃がこみ上げてきてはそれを邪魔する。

「だーっ!!! やっぱり色々ありすぎだよ今日は!!!」

 結果、唸りながら書き上げたものは「何かそれっぽいけどそうじゃない何か」だった。

「……なんか違う気がする」
「うん……わかってる……」

 結梨にすらバレてしまうレベルだ。

 魔法陣の仕組みというか、成り立ちみたいなものはなんとなく知識として分かってるんだけどやっぱりアレは特殊すぎた。料理のレシピ本に突然原子爆弾の作り方が載っているようなもんだ。無茶振りも良いとこだと思う。

「でもこの世界で魔法が使えたってことはあの本はこの世界の物なんだよ。実際、エミリアも魔法を使って見せたし……、だったら何処かに元の世界に戻る手がかりもあると思う」
「……そうね……、……ただ問題として『黒の魔導士』って『伝承になってるレベル』なんでしょう? ……残ってると思う? そんな大昔のもの」
「た……たぶんっ……」
「はぁ……」

 もう諦めたのか投げやりなのか結梨はスタスタと魔法陣から離れて行ってしまう。

「何処行くんだよー」
「そこで唸っていても仕方ないでしょ? なら明日に備えてもう寝ましょう?」
「それもそっか」

 生憎、体はともかく精神的には結構疲れていた。

 当たり前だ、飛ばされたのが現実世界の放課後。で、森から街に移動して何やかんやあって……。

「……下手したら徹夜してることになるんじゃないか……?」

 通りで頭も回らないわけだ。
 眠ることが必要なのは体じゃなくて脳だって言われてるぐらいだし、1日にあったことを眠ることで整理する必要はあるだろう。

「……」
「?」

 とベットに向かおうとして窓際で固まっている結梨に気がついた。

「なに、どうかした?」
「……ベット。1つしかないけどどうする……?」
「どうするってそりゃぁ……、」
「もし燈さえよければーー、」
「ーーーー、」

 結梨が尻尾をペタペタと振りながらこちらを振り返った。

 そして、それと同時に雲に隠れていた月が姿を現し「一糸纏わぬ猫山結梨の後ろ姿」を浮かび上がらせるーー、

「……はっ……?」
「へっ……?!」

 僕の視線に気がついたのかそれとも自分の視線が高くなったことで気がついたのか、自分が素っ裸で立っていることに気がつき次の瞬間、

「きゃぁあああああああああああ!!!!!」

 「人間の結梨」は悲鳴をあげた。


「どっ、どうかしましたか!!?」


 悲鳴を聞きつけたらしいエシリヤさんとエミリア、そしてアルベルトが駆け付けた時、


「あ……あはは……し、尻尾を踏んじゃったんです……」
「……はぁ……?」


 僕は部屋の隅にひっくり返り、「猫の姿に戻った結梨は」布団の中で小さくなってシクシク泣いていた。

 ……本当に、ロクでもない1日だった……。

 そのまま意識を失うように僕は眠りに落ちた。
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