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04 - 海を経て西側からオルルッサ大陸へ
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海を経て西側からオルルッサ大陸へ上陸すると、イズミル、バクティアリを貫く公路を通って主国ビジャールへは徒歩で二月近くを要するが、数々の関所を無条件で通過し宿駅で馬を交換して各地に散らばる転移の法術陣の使用さえほぼ無制限に許可されている王族並みの待遇のマラティヤたちは、七日ほどでビジャールの国境を越えた。
ビジャールは法術士が多いため、都市部でも緑が手つかずで残されているのがよく目につく。
ちょうど植物が一年でもっとも勢いよくしげり色濃くなっていく季節だけに、圧倒的な生気に満ちた花や樹々が国じゅうを包んでいるかのようだ。
大地の神カースの力に多く属するアイディーンにとっても、自然と気持ちの高揚を感じられる清涼感が心地いい時季だ。
ビジャールに入ってすぐの街で、アイディーンとカシュカイは街門の衛兵に勧められた食堂で昼食を摂っていた。
無論、食べるのはアイディーンだけで、スィナンの青年の前には水が満たされた陶器の杯があるだけだったが。
昼にはまだ少し早く、広くない食堂とはいえ、それでも八割がたあいている。
人の群れを好まないカシュカイにとってはありがたいが、その少なさでさえ自分たちが注目されているのを感じて苛だたしく、ヴェールの陰の顔をさらに伏せた。
しかし、アイディーンが露ほども気にしない様子でうまそうに食事を続けているので、彼は少し安心して水で唇を湿らせる。
ひと通り皿のものを平らげたアイディーンは、楽な姿勢で椅子に座りなおすと、ようやくこれからの予定についてきりだした。
「ウーラ嬢が聞いた話によれば、魔獣が大量発生しているというのはビジャールより北方のカズビンかデルス、あるいはもっと先かもしれない。だがここへ着くまでにそんな噂はなかったし、法術士協会から俺たちに知らせがないのもおかしい。しばらくビジャールで情報を集めてみるしかないな。それからハユル・イスケンディルという人物についても調べる必要がある」
「はい」
「なんとなくいい予感がしないが……」
アイディーンは消化しきれない自らの思考が、かすかな警鐘を鳴らしているのを感じていた。
こういうときの直感には意味があることを彼は知っている。
それで何度も危機を脱してきた経験があるからだ。
騎士としても法術士としても、そのひらめきは稀有な才能に違いなかった。
「次のバクラヴァの街まで、歩きで移動しながら情報を拾おう。徒歩だと一週間ほどかかるが大丈夫か」
体力のないカシュカイを気遣った言葉だったが、もちろん彼はうなずいた。
早々に昼食をすませた彼らは食堂を後にし街の路地へ入ると、人通りのまばらな界隈にひっそりと建つ小さな店がまえの〈風のささやき〉と書かれた看板の下をくぐった。
狭い戸口を入ると、すぐに地下への階段になっている。
そこをおり、さらに奥の扉をあけると店内は薄暗いが案外広い。
おちついた酒亭といった雰囲気だが、手前のカウンターに寄りかかっている者も店の奥のテーブルで熱心に話しこんでいる者たちも、手にしているのは酒杯ではなく陶器のティーカップである。
〈風のささやき〉は、オルルッサ大陸西南部ではだいたいどこの街でも共通の名前で店をかまえている情報交換所で、街の入り口の案内所よりもこみいった情報を集めたり交換したりできる。
もちろんここであつかうそれらはたいていが只ではなく、金銭や相当する物品で売買されるが、情報の中身にしても健全とはいいにくいものも含まれるので、立ち寄る客筋は自然偏ってくるのだった。
アイディーンがカウンターに近づくと内側にいた男が、ちら、と目をやり、白い小さな陶器のカップに熱い茶をそそいでさしだした。
ほのかに香ばしい匂いのする茶はユコ茶といい、情報をあつかう店を利用する客はまず無条件に注文しなければならない。
真実を司る神フェタがユコの葉を口にして以来、偽りを告げることができなくなったという伝承から、虚偽情報を売りつけないようにと洒落でふるまわれたのが始まりだといわれているが、いまではどこの店でも慣習化され、情報売買仲介料として茶代は店の懐へ入るようになっている。
アイディーンはカップをカシュカイに手渡して無愛想な店員に尋ねた。
「ビジャールより北方で、魔属が大量にでているという話はないか」
「魔属の出没情報なら、街の入り口の駅番所へ行きな。只で教えてくれる」
男は愛想のない顔で答えたが、アイディーンは首をふって問いを重ねた。
「いや、そういう話に関する情報が欲しい。魔属の噂を流す者がいるとか」
「魔属がでたとか魔属が大挙して攻めてくるとか、そんな狂言ならバズルリングの連中が年じゅうわめいているがね」
「バズルリング?」
「デルスやデニズリを根城にしている魔属信仰者たちの一派さ。奴らはいつか地上に魔属の帝国ができると本気で信じている狂信者どもだ。根も葉もない噂をばらまいて喜ぶいかれた連中だよ」
「その信仰者というのはどういう者たちだ」
「法術の使い手が多いらしいが、他はよくわからない。……そういえば、最近連中の動きが活発になっているという話はよく耳にする。五年前のバズルリング構成員リストと、活動拠点と目される場所なら用意できるよ」
「両方買おう」
注文を受けて店員は続き部屋に入っていくと、いくらもしないうちに紙切れを手に戻ってきた。
彼が指を一本立てたので、アイディーンが硬貨を一枚支払うと、紙片を渡される。
長居は無用だと後ろに控えているカシュカイと共に戸口へ向かおうとしたとき、店員がじっとこちらを凝視しているのを目の端でとらえた。
男が見ているのがカシュカイだと気づいて、彼の背を押して先にでるよううながしたが、姿が完全に見えなくなるまで、男はあからさまな視線を逸らさなかった。
ビジャールは法術士が多いため、都市部でも緑が手つかずで残されているのがよく目につく。
ちょうど植物が一年でもっとも勢いよくしげり色濃くなっていく季節だけに、圧倒的な生気に満ちた花や樹々が国じゅうを包んでいるかのようだ。
大地の神カースの力に多く属するアイディーンにとっても、自然と気持ちの高揚を感じられる清涼感が心地いい時季だ。
ビジャールに入ってすぐの街で、アイディーンとカシュカイは街門の衛兵に勧められた食堂で昼食を摂っていた。
無論、食べるのはアイディーンだけで、スィナンの青年の前には水が満たされた陶器の杯があるだけだったが。
昼にはまだ少し早く、広くない食堂とはいえ、それでも八割がたあいている。
人の群れを好まないカシュカイにとってはありがたいが、その少なさでさえ自分たちが注目されているのを感じて苛だたしく、ヴェールの陰の顔をさらに伏せた。
しかし、アイディーンが露ほども気にしない様子でうまそうに食事を続けているので、彼は少し安心して水で唇を湿らせる。
ひと通り皿のものを平らげたアイディーンは、楽な姿勢で椅子に座りなおすと、ようやくこれからの予定についてきりだした。
「ウーラ嬢が聞いた話によれば、魔獣が大量発生しているというのはビジャールより北方のカズビンかデルス、あるいはもっと先かもしれない。だがここへ着くまでにそんな噂はなかったし、法術士協会から俺たちに知らせがないのもおかしい。しばらくビジャールで情報を集めてみるしかないな。それからハユル・イスケンディルという人物についても調べる必要がある」
「はい」
「なんとなくいい予感がしないが……」
アイディーンは消化しきれない自らの思考が、かすかな警鐘を鳴らしているのを感じていた。
こういうときの直感には意味があることを彼は知っている。
それで何度も危機を脱してきた経験があるからだ。
騎士としても法術士としても、そのひらめきは稀有な才能に違いなかった。
「次のバクラヴァの街まで、歩きで移動しながら情報を拾おう。徒歩だと一週間ほどかかるが大丈夫か」
体力のないカシュカイを気遣った言葉だったが、もちろん彼はうなずいた。
早々に昼食をすませた彼らは食堂を後にし街の路地へ入ると、人通りのまばらな界隈にひっそりと建つ小さな店がまえの〈風のささやき〉と書かれた看板の下をくぐった。
狭い戸口を入ると、すぐに地下への階段になっている。
そこをおり、さらに奥の扉をあけると店内は薄暗いが案外広い。
おちついた酒亭といった雰囲気だが、手前のカウンターに寄りかかっている者も店の奥のテーブルで熱心に話しこんでいる者たちも、手にしているのは酒杯ではなく陶器のティーカップである。
〈風のささやき〉は、オルルッサ大陸西南部ではだいたいどこの街でも共通の名前で店をかまえている情報交換所で、街の入り口の案内所よりもこみいった情報を集めたり交換したりできる。
もちろんここであつかうそれらはたいていが只ではなく、金銭や相当する物品で売買されるが、情報の中身にしても健全とはいいにくいものも含まれるので、立ち寄る客筋は自然偏ってくるのだった。
アイディーンがカウンターに近づくと内側にいた男が、ちら、と目をやり、白い小さな陶器のカップに熱い茶をそそいでさしだした。
ほのかに香ばしい匂いのする茶はユコ茶といい、情報をあつかう店を利用する客はまず無条件に注文しなければならない。
真実を司る神フェタがユコの葉を口にして以来、偽りを告げることができなくなったという伝承から、虚偽情報を売りつけないようにと洒落でふるまわれたのが始まりだといわれているが、いまではどこの店でも慣習化され、情報売買仲介料として茶代は店の懐へ入るようになっている。
アイディーンはカップをカシュカイに手渡して無愛想な店員に尋ねた。
「ビジャールより北方で、魔属が大量にでているという話はないか」
「魔属の出没情報なら、街の入り口の駅番所へ行きな。只で教えてくれる」
男は愛想のない顔で答えたが、アイディーンは首をふって問いを重ねた。
「いや、そういう話に関する情報が欲しい。魔属の噂を流す者がいるとか」
「魔属がでたとか魔属が大挙して攻めてくるとか、そんな狂言ならバズルリングの連中が年じゅうわめいているがね」
「バズルリング?」
「デルスやデニズリを根城にしている魔属信仰者たちの一派さ。奴らはいつか地上に魔属の帝国ができると本気で信じている狂信者どもだ。根も葉もない噂をばらまいて喜ぶいかれた連中だよ」
「その信仰者というのはどういう者たちだ」
「法術の使い手が多いらしいが、他はよくわからない。……そういえば、最近連中の動きが活発になっているという話はよく耳にする。五年前のバズルリング構成員リストと、活動拠点と目される場所なら用意できるよ」
「両方買おう」
注文を受けて店員は続き部屋に入っていくと、いくらもしないうちに紙切れを手に戻ってきた。
彼が指を一本立てたので、アイディーンが硬貨を一枚支払うと、紙片を渡される。
長居は無用だと後ろに控えているカシュカイと共に戸口へ向かおうとしたとき、店員がじっとこちらを凝視しているのを目の端でとらえた。
男が見ているのがカシュカイだと気づいて、彼の背を押して先にでるよううながしたが、姿が完全に見えなくなるまで、男はあからさまな視線を逸らさなかった。
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