77 / 77
77 登喜子の心情は、消化不良。
しおりを挟む十二月中旬ーーーー。
登喜子はデパートで売り子をしていた。
着物姿にエプロンというモダンな出で立ち。7階の婦人服売場で、小物を売っていた。
太一のことは、案の定両親に凄く反対された。一緒になるものなら、勘当とまで言われたのだ。
没落華族ではあったものの、軍人一族である。
(そんなに愛していなかったのかしら......)
けれど、忘れるために、彼氏を作っても、心の中には太一。あと、伊吹だ。
わざとあの甘味処に通って、罵倒してもらおうという考えをしていた。少し怒ったであろう伊吹は、わなわなと震え上がったものの、悲しい表情をして甘味処から出て行った。
(怒ってくれたらよかったのに......)
登喜子は深い溜め息を吐いた。
(手紙は太一さんに渡したのかしら。でも、あんな手紙では太一さんは悲しむわよね)
そんな思いばかり募らしている登喜子だ。
心情は消化不慮である。
「いらっしゃいませ」
登喜子は財布を見ていたご婦人に、声を掛ける。50代の女性だ。
「グリーンで淡い色あいの財布を探しているのだけど......」
「かしこまりました。在庫を確認してまいります」
笑顔を振り撒いて、登喜子は奥の部屋へ向かった。
数分後、騒ぎが起こり始めたが、登喜子はまだその騒ぎを知らない。
女性が喜びそうな財布があり、それを見つけた登喜子は嬉しそうにして、箱にしまう。箱にしまって、ドアを開けると、大変な騒ぎになっていた。あちこちに何故か飛び火があり、客やら店員が逃げ回っている。
(な、何? 先ほどのお客様は?)
登喜子は咄嗟に奥の部屋にある非常口を思い出した。
「こ、こちらに、確か非常口があります!! ここから逃げましょう!!」
先ほどのお客も腰を抜かしていたが、登喜子はその客を誘導させる。
お客の欲しがっていたお財布を、大事に持って。
7階からの非常階段はちょっとした勇気がいる。まだ火の手が回っていないから、今のうちに急がないといけない。
男性陣は女性を放っておいて、早々と行ってしまい、スタッフや登喜子は腹を立てた。
けれど、時間はない。
※ ※ ※
父の謙三が慌ただしい動きをした。
「どうなさいましたか、お父様」
「デパートが今、炎に包まれているそうでな、近衛隊も出動したぐらいらしい。電話があった」
伊吹が目を剥き、青ざめた。デパートの名前を聞いた。
「そ、それは......登喜子が働いているデパートではないですか!!」
興奮して、テーブルを叩いた。
「そのデパートまで行ってきます!」
急ごうとすると、
「車を出すからちょっと待て!」
と、父が落ち着かせた。
車を出して、デパートの近くまで行くと、大惨事となっている。
屋上にはまだたくさんの人が取り残されている。
すると近衛隊隊長が野次馬から出てきた。
すすだらけ......。
「中の状況は?!」
謙三が声を掛ける。近衛隊隊長は敬礼して、
「中は煙に巻かれ、炎も飛び火で移りどうにもなりません!」
と、伝えた。
「被害状況は......?」
「今は数名の被害者が.......」
女性スタッフらしき人が梯子を伝って、恐る恐る降りてくる。
下世話な男性の野次が飛び交うと、女性は慌てて着物の裾を隠した。手を離すと、女性は断末魔を上げて落下。
「ちくしょう!」
それを見ていた近衛隊隊長は、汚い言葉を使い、野次を遠ざける行動に移す。謙三もそれに加担する。
まだ病院に運ばれていない数名の、ぴくりともしない身体を伊吹は見る。白い布で覆われているがすべて女性だ。
(野次を飛ばされて落下なんて.......。殺されたようなものだ)
伊吹はその数名の身体を見て、肩を落とす。近衛隊隊長のように、ちくしょう......、と、確かに叫びたくなった。
登喜子はどうしたのだろう。
ただただ、それだけが不安が広がるばかりだ。
0
お気に入りに追加
17
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(3件)
あなたにおすすめの小説
忍者同心 服部文蔵
大澤伝兵衛
歴史・時代
八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。
服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。
忍者同心の誕生である。
だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。
それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……
朝敵、まかり通る
伊賀谷
歴史・時代
これが令和の忍法帖!
時は幕末。
薩摩藩が江戸に総攻撃をするべく進軍を開始した。
江戸が焦土と化すまであと十日。
江戸を救うために、徳川慶喜の名代として山岡鉄太郎が駿府へと向かう。
守るは、清水次郎長の子分たち。
迎え撃つは、薩摩藩が放った鬼の裔と呼ばれる八瀬鬼童衆。
ここに五対五の時代伝奇バトルが開幕する。
夜珠あやかし手帖 ろくろくび
井田いづ
歴史・時代
あなたのことを、首を長くしてお待ちしておりましたのに──。
+++
今も昔も世間には妖怪譚がありふれているように、この辻にもまた不思議な噂が立っていた。曰く、そこには辻斬りの妖がいるのだと──。
団子屋の娘たまはうっかり辻斬り現場を見てしまった晩から、おかしな事件に巻き込まれていく。
町娘たまと妖斬り夜四郎の妖退治譚、ここに開幕!
(二作目→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/284186508/398634218)
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
大奥~牡丹の綻び~
翔子
歴史・時代
*この話は、もしも江戸幕府が永久に続き、幕末の流血の争いが起こらず、平和な時代が続いたら……と想定して書かれたフィクションとなっております。
大正時代・昭和時代を省き、元号が「平成」になる前に候補とされてた元号を使用しています。
映像化された数ある大奥関連作品を敬愛し、踏襲して書いております。
リアルな大奥を再現するため、性的描写を用いております。苦手な方はご注意ください。
時は17代将軍の治世。
公家・鷹司家の姫宮、藤子は大奥に入り御台所となった。
京の都から、慣れない江戸での生活は驚き続きだったが、夫となった徳川家正とは仲睦まじく、百鬼繚乱な大奥において幸せな生活を送る。
ところが、時が経つにつれ、藤子に様々な困難が襲い掛かる。
祖母の死
鷹司家の断絶
実父の突然の死
嫁姑争い
姉妹間の軋轢
壮絶で波乱な人生が藤子に待ち構えていたのであった。
2023.01.13
修正加筆のため一括非公開
2023.04.20
修正加筆 完成
2023.04.23
推敲完成 再公開
2023.08.09
「小説家になろう」にも投稿開始。
狐侍こんこんちき
月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。
父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。
そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、
門弟なんぞはひとりもいやしない。
寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。
かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。
のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。
おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。
もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。
けれどもある日のこと。
自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。
脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。
こんこんちきちき、こんちきちん。
家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。
巻き起こる騒動の数々。
これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
照と二人の夫
三矢由巳
歴史・時代
江戸時代中期、家老の娘照(てる)は、十も年上の吝嗇な男孫右衛門と祝言を挙げる。だが、実家の事情で離縁せざるを得なくなる。そんな彼女に思いを寄せていたのは幼馴染の清兵衛だった。
ムーンライトノベルズの「『香田角の人々』拾遺」のエピソードを増補改訂したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ロマンチックで、投票しました。
作品から漂う大正ロマンのような雰囲気が好みです。
恋模様が切ないですね。
令嬢で軍人は斬新です。思わず投票してしまいました。