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71 緑里の選択......。

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 緑里は評論家の辻村が買ってくれた住まいへ戻った。

 住まいは綺麗に整えられており、生活臭がまったくなかった。それに虚しさを覚える。

「ふん......。そりゃあそうよね」
 緑里は窓を開けて、タバコを吸うと、咳き込んだ。

 ドアが開く音に、緑里はハッとする。
 辻村だった。彼は30過ぎてはいるが、魅力的な男性であった。

「何があった?」
「何も?」
「お前が、どこへ行こうが関係ないがな。だが、こうして、戻ってくれるのは、ありがたい」
「そう......。わたし、家を出ようと思って」
「......家を出て、どうするつもりだ?」
「パトロンの生活を、卒業したいの」
「なん......だと......?」
「あの画家のところへ行くつもりか?」
「違うわ。彼には他に好い人がいたの。玉の輿よ」

 辻村は溜め息を吐き、ソファーへ腰掛けた。
 
「どうしても、行くのか」
「......ええ」
「俺は......本気なんだかな」

 緑里は煙草をふかす。

「やめてよ」
 緑里は苦笑い。

 辻村は婚姻届を緑里に渡す。

 緑里は目を丸くして、手が震える。
「な、何よ、急に!」
「あとは緑里のサインだけなんだ。身体から入ってしまったから考えられんかも知れんが......」

「わたしは随分な女よ」
「知ってるさ」
 辻村は苦笑い。
「わたしなんかと結婚して、後悔するわよ」
「構わんよ」

「........考えさせてくれないかしら」

「ああ。いつでも、待ってる。それまで、この家を出るのは保留にしてくれないか」
「それは分からないけど.......」
「分かった。尊重しよう」
 彼はそう言うと、部屋から出て行く。

 気高いプリンセスの瞳から、一筋の涙が零れた。

 身体だけの付き合いだと思っていた緑里にとって、それは思いがけなく、まるでプレゼントのようにも感じられた。

「何をやっても満たされないのなら、結婚したって......、きっと満たされないわよ」
 緑里は煙草の煙相手に、独りごちた。


 緑里はデュエット曲から、何本か曲をヒットさせ、その歌詞を元にレビューするようになった。


 結婚の話しはまだ保留になっている。


「マスター」
 緑里は分からなくて、和雄に相談。
「んー?」
「結婚してもいい?」
「え?」
 書類と格闘していた和雄が、顔を上げた。
「いい人が出来たか?」
「多分」
「なんだぁ、それは」
 マスターは苦笑して、
「珈琲飲むか?」
 と、優しい口調で伝えると、緑里は頷く。
「そして引退」

「......結婚しても、出来るがな」

「もう気高いプリンセスは疲れたのよ」
「そうか」
「千夏だって、最高のアイドルよ」
「お前がメランコリー気味の時に育てたのがよかったよな」

「考えは変わらないのか?」

「ええ」
 
 そう言って、マスターから貰った珈琲を飲んだ。 
 
「ならば、引退フィナーレを飾らせてくれないか」
「......ありがとう」
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