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44 片想いから憎しみへ?
しおりを挟む昨日から雨が降っている。しとしと雨だ。
「あー、雨は憂鬱だな」
池山は教室から外を眺めながら言う。
「そうでもないがな」
と、伊吹。
「これから、付き合ってくれないか?」
「どこへ?」
池山はニコリとして、
「剣術の練習」
と、くったくなく言う。
「ふん......身体も生ってるしなぁ」
廊下を歩いていると、
「昨日は楽しかったか? 遊園地」
と、池山中尉。
「えっ? なんで知ってるんだ?」
「......大前大尉が話してたから」
「そうかい......」
「まさか、あんな人を趣味だったとはね」
「......どうした?」
伊吹は立ち止まって、訝しい顔をする。
「ずっと一緒にいるのに、何故だろうね」
そう言った池山の表情は無。その表情を見て、ぞくりとくる。池山らしくない。
道場の入り口で、二人は頭を下げると中へ。
壁に掛けられてある木刀を伊吹に放り投げると、それを軽やかに受けとる。
(いつもの池山じゃないな......)
池山も木刀を取り、構えた。
「いいか、ここは戦場だ」
「どうしたんだ?」
「敵も死にたくないからな。問答無用でなりふり構わず狙ってくる。礼儀なんてない」
柄を握りしめた腕の筋肉が盛り上る。本気だ。
声もあげず、素早く木刀を振り上げた。伊吹は木刀で弾くが、腕が痺れる。
(なんて力だ!)
池山の木刀が、猛威を振るう。必死で交わすが、やっとだった。握っている手も痺れる。
力が緩んだ隙に、池山の木刀が脇腹にヒットする。
「ガッ!」
激痛に身体を曲げる。
「戦場では、命落としたな」
飄々と言ってのける池山。
伊吹はギッと睨み付けるが、
「命あるなら戦うのみ!」
池山は、木刀をひとまずは威嚇するように振るう。
ブンッ!
と、空を切る。
伊吹はその音に、気が緩む。
恐怖だ。
あと、いつもの池山ではない、という恐怖もある。
「単なる男装軍人と言われないように、根性を見せてみろ!」
伊吹も柄に力を込めた。
「わたしは男装軍人ではない...。立派な軍人だっ!」
木刀を振り上げた。
ビシッ、ビシッ!
と、木刀同士がぶつかる音。
(ダメだ。また手が痺れてきて......)
「隙やり!」
池山の声に伊吹はよろける。そうして、逃がさないよう壁に押さえ、木刀を横にして首を押さえ付けた。
「あっ!!」
伊吹は反射的に木刀から離そうとするが、力的に敵わない。
「ぐっっっ!」
(池山に......こ、殺される!)
「死にたくなければ、ここからもがけ」
呼吸がしたい。
天上を見据えたままで、どうにもならない。
どうしたらここから逃げ切れるか......。
渾身の力を振り絞り、池山を見る。
池山の怒りの表情......。
手を掴んで、掌に爪を立てるが怯まない。
視界が緩んでくる。
廊下からどやどやと歩く音に、賑やかになってきた。
扉の開く音で、池山はパッと手を離す。
「なにやってんすか!!!」
降旗軍曹の声だ。
伊吹はどっと倒れてしまい、手で首を押さえながら、呼吸を探す。瞳孔は開き、半ばパニックを起こしていた。
降旗軍曹は伊吹の側へ駆け寄り、
「深呼吸して下さいっ!」
と、叫ぶ。
「......そんなくらいで倒れるんなら、戦場に行ったらあっとゆう間に散るんだよ!」
池山はもがき苦しんでいる伊吹の側へ寄り、
「いいか、何人殺した、と言うのを競い合う世界なんだ。お前みたいな財閥令嬢に務まるっていうのか?! 軍服を着飾って、のうのうと学校に通っているだけなんだよ!」
池山の戯れ言を聞きながら、伊吹は木刀に手を伸ばし、ぐっと掴んだ。
息苦しくも、なんとか立ち上がろうとする。
「貴様を......! ぶったぎってやる!」
潰れた声を必死に出す。
回りにいた隊員たちは、伊吹の根性に感服する。しかし、ふらついた身体で構え、睨み付けるが、そのままフェードアウト......。
目を覚ますと士官学校の医務室だった。
伊吹はガバッと起き上がる。いきなり
「ウェーッ、ゲホッ、ゲホッ」
と、息が詰まり、喉を押さえた。
「少尉殿!」
窓辺に寄り添っていた降旗軍曹が駆け付けて、背中を優しく擦る。
「触るな!」
ピシャリと冷たく解き放した。
「な......こんな.........ゲホッ......柔ではない!」
「一度殺され掛けたんですよ、少尉殿は!」
「う......うそだ!」
「その証が、呼吸困難になってる! 兵隊で戦場に行きゃあ、誰でもあり得る事だ!」
「だ......だが......い、池山に.........」
「だからなんすよ! 信頼している奴ほど、衝撃は激しい! 失礼、少尉殿!」
と言うと、襟首を掴んで、顔を近付けた。唇が近い。降旗軍曹の吐息。
「..............やめろ!」
降旗軍曹を押し退ける。
「.........ほら、治まった」
「何がほら、だ。貴様」
伊吹はほっとしたように、また、枕へ倒れ込む。何事もなかったかのように呟く。
「......すんません...」
「今は何時だ」
「もう十時過ぎてます」
「なんだ。妹が心配するじゃないか」
いや、目を覚ました時に誰もいないのは、可哀想だから......、と、思う降旗軍曹ではあるが。
「ちくしょう、池山の奴......」
「ああ、明日もその訓練をやるそうですよ」
「はぁ? こうなったら負けてられるか! 降旗、付き合え!」
「え? 何を......」
「池山をぶったぎってやる訓練だ!」
気の毒だなぁ。
と、意味深に思う降旗軍曹。
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