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43 好きだからこそ
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ポツポツと雨が降ってきた。
「雨か......」
裕太郎は窓を締め、
「オープンカー、濡れない場所に移動してくるから、待ってて」
と、言う。
「わたしも行こう」
「濡れるから」
裕太郎は微笑んで部屋から出て行く。
伊吹は窓を開けると、
「裕太郎」
と、声を上げる。
裕太郎は振り向いて、手を振った。
「帰ったら、珈琲を入れるから」
伊吹は頷く。
六畳1間の荘に住んでいる。置いてあるのはちゃぶ台ぐらいだ。
「意外と片付いているんだな」
箪笥の上には、写真立てが一つだけ飾られてあった。
帽子屋の前、学生の頃の写真だろうか。
裕太郎が戻ってくる。
雨で濡れているので、伊吹はハンドバッグからハンカチを取り出して、肌を拭いた。
「......ありがとう。ハンカチが濡れるから」
裕太郎は罰の悪そうに、写真立てを伏せて苦笑した。
「モテたんだろうな」
「......まぁ、な。ラブレター貰ったこともある」
「ごちそうさま」
そう言った伊吹に対して、裕太郎は意地悪な顔をした。
「台所に行ってくる」
「わたしも行く」
「......」
裕太郎は少し考えたが、
「じゃあ、おいで」
と言って、手を差し伸べた。
台所へ行くと、女性で50代ぐらいの大家さんが、家事の支度をしていた。
「あら、裕ちゃん」
「大家さん、今日夕飯はいいよ」
「そうかい?」
「ありがとう。珈琲を淹れるから、ヤカンに水を入れようと思ってさ」
「ちょっと待ってね、おや?」
大家さんは伊吹を見つける。
「素敵なお嬢さんだね、裕ちゃん」
大家さんは裕太郎の脇腹をぐりぐり小突いた。
「......初めまして」
伊吹は恥ずかしそうに声を出す。しかも、女性らしい声。
「初めまして。裕ちゃんの好いた人かい?」
「え?」
裕太郎は恥ずかしそうに誤魔化す。
「だって、色男とは言うけどさ、この荘にはちっとも連れてこないんだよ。まぁ、他でやってるかもだけどさ。わたしは、真面目な男だと思うよ」
「大家さん、困ってるよ」
「ああ、ごめんなさい。ここへ連れてきてもいいような人をお見かけして、嬉しくてさ。つい、喋っちゃった。気にしないでね」
伊吹は首を横に振る。
「わたしはちょーっと、消えるよ」
「遠慮なさらずに」
裕太郎は笑った。
大家さんが去ったあと、伊吹はニタニタして、
「へぇ。意外だな」
「なんだよ」
「......まぁ狭いけど...、わたしが初めてなのか?」
「まあね......。余計な事を......」
伊吹はうふふっ、と、嬉しそうだ。
ヤカンでお湯を沸かしているところで、裕太郎はミルで豆を挽いている。
「なんの豆だ?」
「高級ではないから、美味しくないと思うけど」
「そんな事ないよ。裕太郎が淹れてくれた珈琲はきっとうまいさ」
「......可愛い事言う時もあるね」
そう言われると、伊吹は苦笑した。
伊吹は裕太郎の腕を軽く触る。まるで、子どものように弄ぶ。
「大好きだ......」
伊吹はポツリと呟く。
とても恥ずかしそうに、頬を赤らめて......。
複雑な表情をした裕太郎を見た伊吹は、パッと手を離し、
「す、すまない。な、何もなかったからっ」
伊吹は台所から出ようとしたが、裕太郎は腕を掴んだ。
「待てっ! 行くなっ」
ぐっと引き寄せ、抱き締めた。
「行ってしまったら、これが最後なんだろう?」
裕太郎の切ない声。
「わたしより可愛いご令嬢がいる......。もう、会わない方が気が楽だっ。わたしの心を垣見出さないでくれっ」
「...垣見出したい......」
「離せ!」
裕太郎はゆっくり離したが、腕は離さなかった。
「俺の心は......、パトロンじゃない。いつも、伊吹がいる。伊吹に出会ってから」
だけど、裕太郎はその手をゆっくり離した。
「...........」
「せっかく珈琲を淹れたんだ。珈琲を飲んでから、お帰り......」
コポコポコポ、と、お湯の入れる音。
珈琲の香りが漂う。
「砂糖は入れるでしょう?」
と、裕太郎。
伊吹は 頷く。
「好きなだけどうぞ」
砂糖の入った器を渡す。
本格的な雨になったようで、ばしゃばしゃと音を立てて降る。
裕太郎は窓を開けて、様子を見る。
「凄く降ってるな」
「ほんとだ」
伊吹も裕太郎の隣に寄り添い、様子をながめた。
「......一度しか言わない。好きだ」
重みを感じられたが、その分嬉しかった。「......さっきは、どうして?」
「この身体で、金を貰ってるようなもんだ。だから......」
「仕方ないんだろう、それは」
伊吹は裕太郎のすべてを肯定する。
「それでも、わたしは好きなんだから」
裕太郎は伊吹の肩を胸に寄せた。
「......珈琲が冷める」
「ん......」
裕太郎の吐息が耳に掛かる。
伊吹はギュッと抱き締めた。
そうして、手を握って、席に着いた。
「雨が振ったのには、好都合だった」
裕太郎は嬉しそうに言う。
「わたしの口癖が移ったな」
「そうだったか?」
「パトロンのいる前では使うなよ」
「分からないだろ...... 」
「さあな......」
裕太郎は珈琲を飲む。伊吹も珈琲を飲んだ。
「だけど、なんだっておじさん、そんなに金に困ってるんだろう」
「......俺も、そう思うんだかな.......」
「時間掛かるかも知れないが、調べてみようか。そうしたら、原因が分かれば、まともに暮らせるだろう」
伊吹は考えてそう伝えた。
「俺も偵察してみる」
「おじさんだから大丈夫かと思うけど、無茶するな」
裕太郎は頷いた。
「お腹空いたな」
と、裕太郎。
「......ラーメンないかな」
「ラーメンか、いいね。雨が降ってるけど、外へ出るか」
相合傘で、二人寄り添って外へ出た。
「雨か......」
裕太郎は窓を締め、
「オープンカー、濡れない場所に移動してくるから、待ってて」
と、言う。
「わたしも行こう」
「濡れるから」
裕太郎は微笑んで部屋から出て行く。
伊吹は窓を開けると、
「裕太郎」
と、声を上げる。
裕太郎は振り向いて、手を振った。
「帰ったら、珈琲を入れるから」
伊吹は頷く。
六畳1間の荘に住んでいる。置いてあるのはちゃぶ台ぐらいだ。
「意外と片付いているんだな」
箪笥の上には、写真立てが一つだけ飾られてあった。
帽子屋の前、学生の頃の写真だろうか。
裕太郎が戻ってくる。
雨で濡れているので、伊吹はハンドバッグからハンカチを取り出して、肌を拭いた。
「......ありがとう。ハンカチが濡れるから」
裕太郎は罰の悪そうに、写真立てを伏せて苦笑した。
「モテたんだろうな」
「......まぁ、な。ラブレター貰ったこともある」
「ごちそうさま」
そう言った伊吹に対して、裕太郎は意地悪な顔をした。
「台所に行ってくる」
「わたしも行く」
「......」
裕太郎は少し考えたが、
「じゃあ、おいで」
と言って、手を差し伸べた。
台所へ行くと、女性で50代ぐらいの大家さんが、家事の支度をしていた。
「あら、裕ちゃん」
「大家さん、今日夕飯はいいよ」
「そうかい?」
「ありがとう。珈琲を淹れるから、ヤカンに水を入れようと思ってさ」
「ちょっと待ってね、おや?」
大家さんは伊吹を見つける。
「素敵なお嬢さんだね、裕ちゃん」
大家さんは裕太郎の脇腹をぐりぐり小突いた。
「......初めまして」
伊吹は恥ずかしそうに声を出す。しかも、女性らしい声。
「初めまして。裕ちゃんの好いた人かい?」
「え?」
裕太郎は恥ずかしそうに誤魔化す。
「だって、色男とは言うけどさ、この荘にはちっとも連れてこないんだよ。まぁ、他でやってるかもだけどさ。わたしは、真面目な男だと思うよ」
「大家さん、困ってるよ」
「ああ、ごめんなさい。ここへ連れてきてもいいような人をお見かけして、嬉しくてさ。つい、喋っちゃった。気にしないでね」
伊吹は首を横に振る。
「わたしはちょーっと、消えるよ」
「遠慮なさらずに」
裕太郎は笑った。
大家さんが去ったあと、伊吹はニタニタして、
「へぇ。意外だな」
「なんだよ」
「......まぁ狭いけど...、わたしが初めてなのか?」
「まあね......。余計な事を......」
伊吹はうふふっ、と、嬉しそうだ。
ヤカンでお湯を沸かしているところで、裕太郎はミルで豆を挽いている。
「なんの豆だ?」
「高級ではないから、美味しくないと思うけど」
「そんな事ないよ。裕太郎が淹れてくれた珈琲はきっとうまいさ」
「......可愛い事言う時もあるね」
そう言われると、伊吹は苦笑した。
伊吹は裕太郎の腕を軽く触る。まるで、子どものように弄ぶ。
「大好きだ......」
伊吹はポツリと呟く。
とても恥ずかしそうに、頬を赤らめて......。
複雑な表情をした裕太郎を見た伊吹は、パッと手を離し、
「す、すまない。な、何もなかったからっ」
伊吹は台所から出ようとしたが、裕太郎は腕を掴んだ。
「待てっ! 行くなっ」
ぐっと引き寄せ、抱き締めた。
「行ってしまったら、これが最後なんだろう?」
裕太郎の切ない声。
「わたしより可愛いご令嬢がいる......。もう、会わない方が気が楽だっ。わたしの心を垣見出さないでくれっ」
「...垣見出したい......」
「離せ!」
裕太郎はゆっくり離したが、腕は離さなかった。
「俺の心は......、パトロンじゃない。いつも、伊吹がいる。伊吹に出会ってから」
だけど、裕太郎はその手をゆっくり離した。
「...........」
「せっかく珈琲を淹れたんだ。珈琲を飲んでから、お帰り......」
コポコポコポ、と、お湯の入れる音。
珈琲の香りが漂う。
「砂糖は入れるでしょう?」
と、裕太郎。
伊吹は 頷く。
「好きなだけどうぞ」
砂糖の入った器を渡す。
本格的な雨になったようで、ばしゃばしゃと音を立てて降る。
裕太郎は窓を開けて、様子を見る。
「凄く降ってるな」
「ほんとだ」
伊吹も裕太郎の隣に寄り添い、様子をながめた。
「......一度しか言わない。好きだ」
重みを感じられたが、その分嬉しかった。「......さっきは、どうして?」
「この身体で、金を貰ってるようなもんだ。だから......」
「仕方ないんだろう、それは」
伊吹は裕太郎のすべてを肯定する。
「それでも、わたしは好きなんだから」
裕太郎は伊吹の肩を胸に寄せた。
「......珈琲が冷める」
「ん......」
裕太郎の吐息が耳に掛かる。
伊吹はギュッと抱き締めた。
そうして、手を握って、席に着いた。
「雨が振ったのには、好都合だった」
裕太郎は嬉しそうに言う。
「わたしの口癖が移ったな」
「そうだったか?」
「パトロンのいる前では使うなよ」
「分からないだろ...... 」
「さあな......」
裕太郎は珈琲を飲む。伊吹も珈琲を飲んだ。
「だけど、なんだっておじさん、そんなに金に困ってるんだろう」
「......俺も、そう思うんだかな.......」
「時間掛かるかも知れないが、調べてみようか。そうしたら、原因が分かれば、まともに暮らせるだろう」
伊吹は考えてそう伝えた。
「俺も偵察してみる」
「おじさんだから大丈夫かと思うけど、無茶するな」
裕太郎は頷いた。
「お腹空いたな」
と、裕太郎。
「......ラーメンないかな」
「ラーメンか、いいね。雨が降ってるけど、外へ出るか」
相合傘で、二人寄り添って外へ出た。
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