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42 ほんとうは殺伐としています

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ーーー伊吹と裕太郎が遊んでいた頃......。

 
 カフェーと偽るこの店には政治活動の統括、小松。初めて伊吹と出会った時、蛇のように逃がすまいと伊吹を睨み付けていた青年だ。
「遠野海軍将校はどうしたんだ」
 と、やきもきする。
「藤宮ひよりもいないとなると」
 と、他の仲間。
「まさか、スパイじゃないだろうな」
「あいつに限ってそんな事はない」
 池山中尉。
「何だと?」
「気紛れなやつだよ、あの男は。何も考えちゃいない」
 クスッと笑う。
 小松は池山の襟首を掴んだ。
「それが一番何を考えているか、分からねぇんだよ」
「乱暴だな。手を離せ。ここで仲間割れしても意味ねぇだろ」
 小松の手を払った。
「これから個人で殺ってもらう人物たちのリストを配る」
 小松は気を取り直して、人数分のリストを配った。そのリストを池山にも渡す。
 そのリストには藤宮伊吹陸軍少尉の名前が。
 下には父親の名前もある。
 池山中尉は顔色一つ変えず、冷淡に眺めた。 
「.........あとは武器を待つのみだ」
「今日、大陸から帰還兵が戻ってくる。その中に調達してくるはずだ」
 と、池山中尉。
「そうか!」
 小松は嬉しそうに言う。
 ドアが開くと、ちょうど大陸からの帰還兵がやってきた。
「上田っ! 無事だったかっ」
 池山中尉は嬉しそうに握手をした。
「池山も同士だったとはっ!」
 二人は抱き合う。
「ああっ! 武器はどうした」
「うむ。陸軍の保管倉庫に、20丁の拳銃に手榴弾も付け加えておいた。人数分だ」
「そこに置かれては困る」
 と言ったのは、小松。
「馬鹿野郎。灯台もと暗しというのを知らんのかっ。池山とそれじゃあ、田辺も来れるか?」
 田辺という男は、政治活動をしている小松の一味。
「軍服あるんだろう? それを着とけ」
 と、池山。
「なら俺も行く。一等兵の階級はある」
 小松が言った。
「へえ?」
 池山は興味なさそうに生半可な返事をした。 
 三人は外へ出ると、上田が乗ってきたジープに乗り込んだ。
 今は夜の18時を回っている。
 雲行きが怪しい。

「大陸の戦情はどうだった?」
 池山が聞く。
「うむ。戦死者も出てはいるが......、まずまずだ」
「......そうか.........」
 
 陸軍の保管倉庫に着く。入り口には兵隊が待ち構えていたが、小松も軍服を着ていたのですんなり入れた。
 池山中尉が鍵を借りて、保管倉庫までジープを走らせる。
 頑丈な箱の鍵を上田が開ける。
「......向こうにもいたのか.........」
 小松が小声で聞く。
「ああ、正論者など上のもんくらいだ。所詮、俺たちみたいな庶民が駆り出されるんだからよ」
 上田の話を黙って聞いているのは、池山だ。
「あの男装軍人だって、財閥令嬢だ。あんなペーペーなお嬢ちゃんに教わるなんて、惨めだ。着飾るだけ、着飾っててよ。過酷なんだよ。戦場なんてもんは」
「......そうだな.........」
 池山は神妙に頷く。
「リストにその女の名前を入れておいた」
 と、小松。
「ほんとうか?! 俺に殺らせろ!」
 上田が食い付く。
 二人とも黙る。
「殺る前に、違う意味でやりてぇな。泣かせてやりてぇ。どんな声で泣くと思う?」
 嬉しそうに話している上田に対して、小松は何故かチッと、舌打ちをした。
「下世話なんだ。俺たちは真剣なんだよ」
「あんだと、てめぇっ」
 上田は手を出す。
「やめろ!」
 と、声を上げたのは池山だ。
「こんなところで揉めてどうする」
 池山は二人を引き剥がしてから、間があく。
「俺が殺ったっていい。二人とも、身近にいるんだから」
 池山は今まで見た事のない、不気味な笑みを見せた。それを見た二人は、何も言えなくなった。




 


 



    
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