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32 ......その夜から、朝①

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 手が緑里の細い支股へ。
 その手を止め、唇から離れる。
「ダメ、それだけは嫌」
「お互い......、汚れているじゃないか。汚れた者同士...」
「あんたのプライドはどこへ行ったの?!」
「緑里だから見せられる。同じ穴の狢だ。店主!ウィスキー貰うよ」
 そう言って、カウンターの奥へ行き、ウィスキーを瓶ごと手に取り、キャップを外して一口飲んだ。
「......裕太郎さん」
 バーデンダーがやってきて、
「ん?」
「その酒、結構高いし...、強いでのですが」
 と、そっと話す。
「金ならある。夕べ貰った」
「生々しいんだから......」
 緑里の溜め息。
「いくら貰ったと思う? この身体で」
 バーデンダーは困った顔をして、緑里に助けを求める。
「緑里も聞きたいか?」
「いいえ」
「50円だぜ」
 緑里とバーデンダーは目を剥く。
「5、50?!」
  やだ、わたしより高いじゃない。と、不満な声。
「へえっ。いくらだい?」
「わ、わたしの場合は一回いくらだから」
「......俺なんか、まとめてだ」
 裕太郎はしょんぼりして、ぐいとウィスキーを飲んだ。
「やだ、おあいにく様」
 緑里は喜ぶ。わたしの方が上ね、という上から目線はさすが緑里である。

「......二人とも...、なんだか悲しいですね。僕は、たまに観に行きますが、お二人とも、舞台の上では凛となさっていて、夢を貰うのに」
「......この夜の出来事を晒したら、後悔するぞ」
 裕太郎は急にしゃんとなる。
「晒しませんよ。お二人のプライベートを覗けてむしろ嬉しいのです」
「あら、可愛いわね」
 と言ったのは、緑里。
 裕太郎はまた、ウィスキーを飲む。
「ピッチが早いわよ? 裕太郎」
「今日は酔う日だ。同期と口づけなんて、忘れたいね」
「ひっどっ」
 緑里はムッとした。
 乗ってきたのはそっちなのに......。
「なんか......」
「なぁに」
「目が回る......」
「あんたなんか知らないよ」
「みどりぃ」
 裕太郎はふにゃりとなり、カウンターに激突し、床へそのまま没落。
「ちょっと!」
「ゆ、裕太郎さん!」
 緑里は駆け寄る。
「いってぇ。お陰で目が覚めた。お勘定」
 ウィスキーの値段を言うと、裕太郎は目を剥いた。
「確かに高いが、まだある。貰ってくよ」
 飲んべえのようにウィスキーを飲む。
 身体がもたつく。
「もう、ついて行ってやるからっ」
 肩を貸して、店を出る。

 そのまま、緑里の家に向かった。

「へぇー、凄いな、君の家。何、評論家様々かい?」
「もうっ」
 緑里は裕太郎をそのまま床へ押し倒した。
「あー、ここでも気持ちいいよ。床最高......。明日6時に起こして」
「あんたの好い人じゃないよ」
 悲しそうに言う緑里。
 その声を聞いていたのかどうか......、
 裕太郎は眠ってしまう。

 朝。

 珈琲の匂いが鼻腔を刺激する。
 カーテンの開ける音。そこから、日が目に刺激する。
「眩しいっ」
 枕に顔を突っ伏す。
「珈琲淹れたわよ、プリンス。だらしない」
「いつも凛としてたら疲れんだろ......」
「......わたしにそんな姿見せていいの?」
「幻滅しないだろ」
「......これ以上、幻滅してどうすんの」
 と言って、タバコを吹かすと、裕太郎の顔へ向ける。裕太郎はゲホゴホわざと咳き込む。
「ひどいな」
 緑里は珈琲カップを渡した。
「ありがとう」
 お礼を言う。
「今、何時だ?」
「7時よ」
 裕太郎は目を剥く。
「な、何?! 伊吹だっ!」
 裕太郎は珈琲カップを床に置いて慌てる。
「......もういないんじゃないの?」
「くそっ! わざとか? 昨日6時にっ......」
 緑里の悲しい表情と声で悟った。
「...すまん。同期としか考えられん」
 裕太郎は深呼吸して謝る。
「ずるい。急に男になる」 
 泣きそうな緑里だ。
「らしくねぇよ、緑里。部屋と珈琲、ありがとう」
 と言って、部屋を出ようとすると、
「わたしも行くわ」
 とカバンを持って、隣に並ぶ。
「自惚れないで」
「......」
 それが緑里なのだ。きっと。いつも傲慢なプリンセスでないといけない。
 

 
 
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