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13 夜の公園、月が照明のダンスです
しおりを挟む公園に寄って、ベンチに腰掛ける。
(あまり寂しいと感じた事がなかったけど......)
ふと、夜空を見上げると、
月が綺麗に見えた。寒いから澄んで見える。
「綺麗だなぁ」
「本当に」
「え?」
隣のベンチに裕太郎がいた。
「いつ気付いてくれるかと思いました」
「普通は気付かんだろ。緑里さんは?」
「前田さんが送ってくれてね」
「問題ある人だな」
「普段はとてもいい人ですよ」
「すまない」
「いや。分からないとそんな考えもあります」
裕太郎はニコリと微笑んだ。
「裕太郎さんは、どうして公園に?」
「頭が冴えていますから、少し公園で頭を冷やしてから帰るのが日課なのです」
(へえ......、日課なんだ)
ここに来れば、会えるのか、なんて言う考えが浮かぶ。
それから暫く間があいた。
「【赤いルージュ】からそんな遠くない公園ですが、今まで何を?」
裕太郎が空気を変えた。
「......また戻って、珈琲を貰って飲んでいたんだ」
「僕も一緒に貰えばよかった」
裕太郎はニコリとした。
よく微笑む人だと、伊吹は思った。
「また行くか?」
その質問に、裕太郎は首を振る。
「いえ、明日も早いから」
「そうか。あしたは月曜日だ」
「生憎、こっちは休みなしで、四六時中歌って踊ってる」
裕太郎は椅子から離れてジャズダンスを伊吹の前でやってみた。
伊吹は拍手をした。
「無料で見れた」
「踊りませんか? お姫様?」
と言うと、手を差し伸べた。
「だから、元お姫様はおばあ様だ」
伊吹はクスクス笑い、
「ワンピースでよかった。軍服では様にならんからな」
伊吹はワンピースの裾を軽く持ってお辞儀をすると、裕太郎の手をとった。その点は、ご令嬢の雰囲気を醸し出している。
裕太郎の鼻歌と共に社交ダンス。
「あっ」
伊吹は声を上げると石に躓いてしまい、背中から倒れそうになるのを裕太郎が腕で抱え込むように支えた。
「あぶなかった」
「わ、わたしとした事が」
伊吹はついと、辛辣に手を離してしまった。
「怪我しなくてよかった」
裕太郎はベンチに腰掛け、手で隣にと合図するが、伊吹は動揺してその場に......。
裕太郎は微笑して、
伊吹にまた寄り添う。
伊吹の胸がドキドキしてきた。
その胸を隠すように、伊吹は例の贈り物を、
「これ、わたしの部下が無礼を働いたお詫びだ」
と言って、差し出す。
「いいと言ったのに。ありがとうございます」
裕太郎は素直に受け取る。
「開けてもいいでしょうか?」
「ああ......」
ベンチに腰掛けて、包装紙を開ける。
伊吹も自然と裕太郎の隣へ腰掛けた。
「綺麗な色ですね。これを着けてダンスをすればよかった」
「そうだった」
裕太郎は今着けているネクタイを外して、伊吹に貰ったネクタイを着けてみる。
「どうですか?」
「とても素敵だ」
「大事にしますよ」
「ありがとう」
伊吹は素直にお礼を言って微笑む。
「送りますよ?」
「いや、1人でも大丈夫だ」
「その格好では、女性の1人歩きは危ない」
「あぁ...、それは...、好都合だったな。言葉に甘えよう......。ワンピースが軍服なら、送らなかったか?」
「......えっ?」
裕太郎は言葉に詰まる。
(何を言い出すんだ、このお嬢さんは.....)
「どうなんだ?」
(...答えづらい事を、聞いてくる......)
「一緒に、帰ったと思いますよ」
素直に言ってきたので、困ったもののそう答えた。
「わたしは陸大や士官学校では、女と見られていないが、それでもか?」
「...出会い方の問題ですよ」
「出会い方の問題か? そうだな」
「あなたが軍服を着ていたらよく分からなかった」
裕太郎は微笑した。
「そうだよな」
「ええ。伊吹さんの言う、僕にとっては好都合でしたよ」
裕太郎はクスクス笑いながら言った。
「ん? わたしはよく好都合と言うのか?」
「らしいですね。伊吹さんの話をよく聞いていれば」
「そうか?」
よく聞いてくれたらしく、伊吹はその言葉が嬉しくなった。
「さぁ、帰りましょう」
裕太郎は伊吹を促した。
それから胸の寂しさが消えた。
この感情はなんだろうか?
と、伊吹は思うほどだった。
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