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5 ほんとは憧れの的というのを、知りません

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「警察沙汰になる前に、それだけにしておけ」
 伊吹は忠告した。
「それはどうも、少尉どの」
 降旗軍曹は聞こえよがしに大声で言った。
 
 伊吹は眉間に皺を寄せる。
(せっかくの休みなのに......)
 周囲の客が、ヒソヒソ話始めた。
  
 男装軍人だよ。

 と。

 揶揄されているのだ。 

(男装軍人なわけあるか。ちゃんとした軍人だぞ。そこら返の劇場で歌っているような連中と一緒にするなっ。降旗どもが素行の悪い事をしなければ......)
 伊吹はハッとした。
(まさか、この男...!)
 伊吹は降旗軍曹を睨み付けた。
(わたしが男装軍人でバカにされてるのを嫌がってるから、晒したな)
 高圧的なオーラが店内に広がる。
 降旗軍曹の表情が少し固まった。

 店内にいたお客さんたちも恐れて、何事もなかったかのように、振る舞っていた。

 降旗軍曹は固まったものの、いつもの横柄な態度に戻る。
「こっちもせっかくの休日に、上官に会うなんてまっぴらごめんだ。失礼する」
「まて。謝ったのか」
「......上官であるあんたが謝ったらどうっすか」 伊吹はハンドバッグからハンカチを、裕太郎に渡した。
「すみません」
「いや......、こちらこそ、部下が大変失礼な真似をした......しました」
 伊吹は言葉を直した。
 それが照れ臭くて目を反らした。
 裕太郎はそれを見てほくそ笑んだ。
「他へ移ろう」 
 なんとなく面白くなかったのは降旗軍曹。二人を促す。伊吹は、
「あまり揉め事を起こすな」
 と、忠告した。
 降旗軍曹は舌打ちをして、店から出て行った。
 
「怖かったですぅ~、裕太郎兄さん」
 もう1人の踊り子がやたら甘ったるい声を出して寄り添う。伊吹はそれを見て苦笑しつつ、
「お嬢さん、怖い思いをさせてしまい、申し訳なかった」
 と、訛りの強い少女、千夏に言った。
「いいえ。かっこよかったです」
 伊吹は慣れない言葉に驚く。千夏は頬を赤らめて言った。
「か、かっこよかったか......。初めて言われた」「伊吹はそうゆうのに自覚ないのよね」
 卒倒して脳内妄想していた登喜子が戻ってきた。
「あなたは、確か劇場に来ていましたね」
 と、裕太郎が話した。
「キャーーーッ」 
 耳のつんざく歓喜の声に、みんな耳を塞ぐ。
「見て下さったのですねー。あの、ここにサインを」
 と言って、プロマイドを裕太郎に渡した。
 裕太郎は苦笑しながらも、心よく書いた。
「まったく、図々しいな」
 伊吹は登喜子の肩を小突く。
「図々しくなければ、サインは貰えないわ」  
「ごもっとも」
 二人の会話に割って入ったのが、裕太郎だった。
「あ......あと...」
「はい?」
 裕太郎は自分の口恥に指をちょんちょんと、触った。
「えっ?」
 登喜子は伊吹の口を見て、ハンカチを渡した。 耳元で、クリームが付いてる。と、教えた。

 それを聞いて恥ずかしくなり、伊吹はハンカチを受け取り、背中を向けた。
(な、なんて事だ...。将校としての威厳を保たなければいけないのに.....っ)
 だが伊吹はどうしたらいいのか分からない。
「もしよろしかったら、席をご一緒しても?」
 と、言ってのけたのは登喜子。 
 裕太郎はくすくす笑い、
「ええ、構いませんよ。そちらのお嬢さんも」
 と、優しく伊吹に声を掛けた。
 図々しいのもたまには光輝くな、登喜子。と、伊吹は耳元で囁く。登喜子は微笑んだ。

 

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