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番外編など

子供の戯言なんかじゃない。くちづけは甘いリンゴの味。 <ライナス視点④>

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暗い闇の中、自分の魔力の波動を感じる。
間違えるはずもないシェリルに渡した魔石の波動。
生まれたときからずっと側で馴染んでいったそれを彼女に渡したのはただの思い付きだった。
伴侶になってくれる彼女に何か贈りたいと考えたときに僕の本気度がわかるかなと思って選んだだけ。
それが今こんな形で役に立つなんて。
偶然でも運命の導きでも何でもいい。それが今こうして彼女の救出に役立っているんだから。

「ライナスったら気合十分ね」

「姉上、もちろんですよ。
伴侶になる大切で特別な人を迎えに行くのですから」

隣に並んだリオ姉がエールを送ってくれる。
姉上が乗った白の魔鳥は目立つから少し離れて待機することになっていた。

「しっかりやるんだよ、ライナス。
僕たちも義妹いもうとになる彼女と会えるのを楽しみにしてるからね」

「任せてください! きっと兄上も彼女を気に入ります。
僕が好きになった人ですから!!」

力強く宣言するとルイ兄が一瞬目を丸くして、嬉しそうに笑った。

「よし、じゃあ手筈通りに行くよ!」

飛び立った魔鳥を追いかけて、僕も魔鳥を操り舞い上がる。
兄上たちが魔鳥と共に帰ってきてから度々顔を合わせていたことと、彼らのために下りるための場所の整備や心地よい寝床づくりに好みの餌の配合研究など試行錯誤したおかげか、しばらくすると僕が近づいても嫌がらなくなり兄上たちのように背に乗せてくれるようになった。
もちろん重大なことだ。なんなら兄上たちが魔鳥で飛んで帰ってきた以上の騒ぎになるだろう。

だから絶対に秘密だし、一人で外を飛ぶのはこの一度きり。
シェリルを迎えに行くためだけだから。

そのお願いをルイ兄もリオ姉も快諾してくれた。
だから僕は必ずシェリルを連れて帰る。
夜の闇では目立たない青い羽の魔鳥と共に真っ直ぐにシェリルがいる屋根裏部屋に向かった。
そうっと降り立ち窓から中を覗き込むと怪訝な顔をしたシェリルが目を見開き両手で口を押えた。
驚かせたことを申し訳なく思いながら僕だよと告げると彼女は何度も頷き僕の名前を呼んだ。


「ライナス様……?」

何度も繰り返される名前に笑ってしまう。
救出のために窓を破ろうとして彼女に破片がかかる危険性があることに気づく。
できるだけ離れてもらい布団を被ってもらうと窓へ水圧を掛けて一気に破った。
もういいよと声を掛けると布団から恐る恐るといった感じで顔を出す。

窓は意外と高さがあって手を伸ばしても指先が触れ合うくらいだ。
僕の腕力ではシェリルを引き上げるなんてことは無理。
彼女も自分の身体を持ち上げられるような筋力はしていないだろうしと階段を作る。
僕や兄上たちは慣れているけれど初めての人は水で作った階段の感触に戸惑うから安心させるように大丈夫だと伝えた。

屋根まで上がってきたシェリルは閉じ込められていたせいか少しやつれていた。怒りがふつふつと湧いてくる。
自分の子供をこんなところに閉じ込めるなんてどういうつもりなんだろう、最低だな。
兄上たちの父親のことを思い出す。自分の思い通りにしようとして、駄目なら実力行使なんてやり口が一緒だ。
怒りを抑えて微笑み目線を合わせるとシェリルの視線が後ろの魔鳥に吸い寄せられる。
話には聞いていても驚くよね。魔鳥の紹介をすると納得したように頷いた。

「迎えにきたよ、シェリル」

やっと会えた。
シェリルの瞳が僕を見ていることが嬉しくて自然に微笑みが浮かぶ。

『きっと大好きになるよ』

あの日言ったことはもう現実になった。
だって顔を見ただけでこんなにうれしくなるなんて、大好きってことでしょう?
ああ、そうだと、ふと思いついた言葉を口に乗せる。

「シェリル、今日の体調はどう?」

表向き病気療養の名目で滞在していた彼女へいつも聞いていた文句。
いつしか合言葉のようになっていたそれを口にすると彼女が笑みを浮かべた。
そのあまりの綺麗さに見惚れていると差し出した手をぎゅっと握られた。
柔らかくて温かい。彼女が目の前にいることが現実なんだとやっと実感が湧く。

「とっても良いわ!
空も飛べそうなくらいに!!」

元気いっぱいに返してくれた彼女の手を引いて魔鳥の背に乗る。
空へ舞い上がると現実味がないのか彼女は辺りを見回して、家の方を見下ろす。
少しの間生まれ育った家へ視線を向けていた彼女が前を向いたところで魔鳥の速度を上げた。
その目は未知の体験に煌めいていて、そんな彼女がとても好きだなと思う。

「どこへ向かうのですか?」

「キミの伯父上のところ。
僕の伯父も向かってるから、そこで正式な婚約を今日交わそう」

驚くかと思ったけれど、予想していたのか何も言わず受け入れてくれた。
どこかすっきりした顔の彼女が魔鳥の羽を撫でる。

「それにしてもライナス様も魔鳥を操ることができるのですね」

魔鳥を操れるのは『精霊のいとし子』の兄上たちだけ。
あらかじめ決めていた答えをシェリルに伝える。

「何言ってるの? 僕みたいな只人が魔鳥を操るなんてできるわけないじゃない」

「え……?」

目を瞬いて言われた言葉の意味を反芻しているシェリル。

「兄上や姉上みたいな存在だから魔鳥に自在に乗ることができるんだよ」

耳元で囁くと意味を悟った彼女が口を噤む。こういう察しの良さも好きだな。
どうしてもうちは秘密も多くなるから一から説明をしなくても理解してくれる回転の良さは助かる。
もちろん説明できるところで言葉を惜しむことはしないけれど。

「兄上たちがシェリルを助けるのに協力してくれて良かった。
そうでなかったらもうちょっと時間がかかったかもしれないからね」

そうなっていたらシェリルは僕じゃない誰かに嫁いでいたかもしれない。
そんなの絶対にダメだ。
誰のところにも行かせないから。
だからちゃんと言っておくね。
シェリルじゃないとイヤだって。

「シェリル、僕と結婚して。
ずっと僕と共に生きて」

月の光を受けていつもより静かに輝くシェリルの瞳を真っ直ぐに見つめてお願いする。
彼女が迷わず了承の返事をしてくれたことがとっても嬉しい。

「ありがとう!
僕はもうシェリルのこと大好きになってたから、これからはシェリルに大好きになってもらえるよう頑張るね!」

シェリルにも大好きになってもらえたらすっごく嬉しいから。
だからいっぱい好きだと言おうと心に決めていたらシェリルからも驚きの告白が返ってきた。

「私もライナス様が大好きです!
閉じ込められていた間もずっとライナス様のことを考えていましたし、さっき助けにきてくれたときの格好良さに参りました!!」

大好き――。
その特別な響きに満面の笑みが浮かぶ。
しかも格好良かったって。嬉しいな。
頬を染めたシェリルが可愛くて自然と身体が動いた。

――……。

唇を離すときにちゅっと音がして、自分がした行動に気づく。
キス、しちゃった……。
呆然とした顔で僕を見つめるシェリルの唇が目に入りその甘さを思い出す。
思わず自分の唇を舐めてしまった。
甘い……。

「リンゴの味……」

呟くとシェリルが飴が……、と答える。そういえば母上がお土産にリンゴの飴を渡してた。
それを食べてたなんて、ご飯もちゃんと出されなかったのかな。
真っ赤になったシェリルが動かなくなったので落ちないように引き寄せる。
震えてるから寒いのかな。
少しでも温かくなるようにとぎゅっと肩を抱くけれど震えは中々治まらなかった。
ルイ兄とリオ姉が待っている森の中に降りてようやく動けるようになったみたい。
寒そうだったとリオ姉に話すと装備品の中から暖かめの外套を貸してくれた。
もこもこの外套を着たシェリルもかわいい。
魔鳥を乗り換えてルイ兄の後ろに乗る。
今日中に彼女の伯父上のところへ連れていくと約束している。
さっきよりも早い速度だけど二度目だしリオ姉に掴まってるからか怖くはなさそう。
行くよと声をかけたルイ兄がぐんと速度を上げる。
目的地に着くのはあっという間だった。


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