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子供でいたい。家族でいたい。<ルイス視点>

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「もう、大丈夫だから……」

手を離すように促すとぽんぽんと肩を叩かれた。
それが子供扱いをしているように思えて眉を寄せる。
暴走しそうだったところを止められた身としては不服に思っても口にはできない。

「止めてくれてありがとう」

お母様の声に躊躇ったのは一瞬。
俺の意識はあいつを消す方に向いていた。
止めてくれてよかった。

これでまだお母様の子供でいられる。

イクスの魔力を受けて痺れた手を解すように握っては開く。
取られた手に流された魔力は微量だったけど、怒りに囚われた思考を止めるには十分だった。
強引な手段に出たのは俺なら大丈夫だと知っていたからだろう。

「何度でも止めるから安心していいよ」

俺に止められるうちはね、と微笑むイクスはいつもと変わらない。
動じなさに安堵を覚えると共にいたたまれなさを感じる。

「知ってて俺を止めるなんてよく言えるね。
自分が傷ついたり、もしかしたら死ぬかもしれないのに」

戸惑いからすねたようなぶっきらぼうな口調になってしまう。
ああ、本当に子供みたいだと自分に呆れる。

「君はレインの子供でいたいんだろう?」

核心を突いた問いに頷く。
精霊のいとし子リオン』を育てるお母様が幸せになるまでと思っていた。
けれど今はライナスの成長やイクスの側で笑っているお母様をずっと見ていたいと感じている。
双子として生まれてきたリオンとも別れがたい気持ちが湧いていた。
もっと一緒にいたい。いろんなことを一緒にしたい。
……離れたくない。

「馬鹿だと思う?」

精霊が人間に宿って、人間のふりをして生きているなんて。
騙してるって、悍ましいって思わないのかな。

「そんなことは思わないよ。
君がどんな存在であっても、レインにとってはお腹を痛めて産んだ我が子で、リオンには生まれた時から一緒にいる双子の兄弟で、ライナスにとっては頼もしい兄だ。
ルイスがいなくなったら悲しむよ」

静かに諭すイクスを見て、お母様も気づいていたんだとなんとなく悟った。
気づいていながら自分の子供として愛情を注いでくれたのかと思うと泣きたい気持ちになる。

「あんたにとっては?」

「ん?」

「イクスにとっては俺はどんな存在?」

なぜそんなことを聞いたのか自分でもわからない。
ただ、家族だと思っていたからなんだろう。

「俺にとってはレインの息子でライナスの兄で……。
父親だと思ってくれたら嬉しいけど、押し付けたくはないかな」

若干の失望というか残念さを感じている自分に驚いている。
そんな俺のようすに気づいているのかいないのかイクスはいつものトーンで話を続けた。

「それでも俺にとっても生まれたときから見守っている大切な存在なのは確かだよ。
もし父親だとは思ってくれなくても俺の弟子で今は一緒に冒険に出る仲間でもあり、大切な家族だと思ってる」

「なんだよ、それ……」

随分な綺麗事だと言うとイクスはいつもの全部受け入れた笑みを浮かべた。
ああ、そうだった。
こいつはお母様が追い出されたときも、故郷にたどり着いてその立場を聞かされてからも、生まれた俺たちが『精霊のいとし子』だと知ってからも……、いつもそのまま受け入れてくれてたんだ。
明らかに子供としては異常な魔力や身体能力を俺たちが見せても、対等な存在として向き合ってくれた。
だから一緒に冒険に出るときもイクスの話をよく聞いて面倒をかけないように努めた。
よくできた、すごい子たちだと褒めてくれるのが嬉しくて色々なことをしてみせた。
きっと、周りへのフォローや誤魔化しも大変だっただろうに。

頭を撫でる手が優しくて涙が一つ零れた。

精霊が息子でも気持ち悪くない?」

「ルイスを気持ち悪いなんて思ったことはないよ」

優しく穏やかな声が響く。魂が震えた気がした。

「俺、イクスをお父様って呼んでも良いの?」

「父親と呼んでくれるのは大歓迎だよ。
……お父様って柄ではないなと思うけど」

「わがままなヤツだな」

「嘘は嫌いだろう?」

精霊は、と笑う顔が癪に障る。
なんでここまでいつもと変わらないんだ。

「じゃあ、父上って呼ぶ」

「そんな偉そうな呼び方されるほど大した存在じゃないんだけどな」

父さん、とか親父とかで十分なんだけどと呟いたイクスに反論する。

「母上の伴侶なんだから合わせて父上って呼ぶ。
親父はさっきリオンがバカ親父って言ってたから無し。
あんなアホな存在と同じ呼び方はしたくないから」

「そっかー、じゃあそれで」

ぽんぽんと頭を撫でられて口を尖らせる。
なんだか悔しいのに嬉しい。
精霊ルイスをただの子供として慈しんでくれる母上と父上は人間としてはきっと変わり者だ。
だからこそなんだろう。二人の側は心地よい。
ただの子供ルイスとして生きていいんだと受け入れられたことに酷く安堵していた。


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