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子供たちは私の宝物です。奪わせるわけにはいきません。
しおりを挟む産まれた子はイクスによく似た色をした息子でした。
ライナスと名付けられた弟を双子たちはそれはもう喜んで可愛がっています。イクスも。
私とイクスは簡易な式を挙げ……たかったんですが、兄や屋敷のみんな、領民の意向もありちょっとしたお祭り騒ぎになりました。
多くの人に祝福されて本当に幸せな一日でした。領民も喜んでいたのでちょっと照れはありましたけど結婚式を挙げて良かったと思います。
日々子供たちの成長を見ていると時が経つのはあっという間です。
リオンとルイスもそろそろ自分の将来を決める時期になりました。
このまま冒険者になるのではないかと予想しています。
私やイクスはもちろん、兄も屋敷のみんなも二人がどんな未来を進むのかを楽しみに見守っています。
二人の将来の邪魔をする者はいない、はずでした。
騒ぐ音が聞こえてすぐライナスを侍女に預けて外に出ました。
招いてもいないのにやって来た元夫がこちらを見てまた騒ぎ出します。
台所にいるリオンとルイスが気づく前に対処しないと。ちょうどライナスのためにリンゴを擦り下ろしに行っていて良かったと思います。擦り終えるにはもう少し時間がかかるでしょう。毎回どのリンゴを採るかというところから真剣に選んでいますからね。
「おい、お前! 子供たちはどこだ!」
「いきなりそれですか、相変わらず無礼な人ですね」
元妻とはいえ今は他人になった相手に向かってお前という呼び方はいかがなものでしょう。
少し前に手紙が来ていたのでそのうち来るとは思っていましたが、こうして顔を合わせても懐かしさよりも不快感の方を強く感じます。
「用向きはわかっていますが手紙でお断りしましたよね。
突然押しかけてくるような礼を失した行為は止めてほしかったのですが」
「お前が俺を騙して子供たちの親権を奪い取ったのが原因だろ!」
「何を言っているんですか、あなたが身重の私を身一つで追い出したのではないですか。
離縁する際にもちゃんと子供たちはあなたの子であると伝えましたし、その上で一目会ってもらえないかとも聞きました。
全て断ったのはあなたの方でしょう」
親権をこちらの家にすることもちゃんと文書を交わして決めたことで今更どうこう言われても変えるつもりはない。
まったく、今更なんなのでしょう。理由はわかっていますが。
「うるさい! 後継ぎがいないと困るのはお前もわかるだろ!
二人いるんだから一人寄越せ!!」
身体が震えました。怒りに。
ああ、周囲の空気も震えていますね。私の魔力に呼応しているんでしょうか。
「今、何と言いました?
【ふたりいるならひとりよこせ?】」
何もない空中に水の塊が出現します。
怒りに冷えた頭で考えるのはあの子たちに気づかせないように素早く始末することだけでした。
水塊を投げつけ元夫の呼吸を奪う。もがく元夫は満足に反撃もできないようでした。
私が直接的な反撃に出るとは思わなかったのでしょうね。
水の塊を喉の奥に押し込んだところで水塊の制御を外します。
激しく咽る元夫を見下ろして諦めて出て行くよう伝えました。
「このまま帰れば突然押しかけてきたことは不問にしてあげます。
どうしますか?」
他領に押しかけてきて子供を連れて行こうとしたことが知られるのは向こうも都合が悪いはず。
ここで引けば大事にはせずに済ませようと思っていた。ここまで来ておいてそんなことで引くとも思いませんが。
「そんな口を聞いていいのか?
お前が『精霊のいとし子』を秘匿したことを国に報告すればどうなるか。
大人しく一人をこちらに渡せ。
そうすればお互いの家にとって損はない」
国にも黙っておいてやると言われて呆れて口が塞がらない。
「本当にどうしようもないほどに愚かですね」
なぜこんな人と縁を繋いだのかと思った日も過去にはありましたが、子供たちに会うためにあったのだと思います。
だから後悔とかはないんです。本当ですよ。
それはそれとして夫としたことがある人がこんなにどうしようもない人間であったことがとてつもなく残念です。
本当に離婚してよかった。子供たちがあんなに素直で良い子に育ったのは悪い見本が周りにいなかったからに違いありません。
「国に報告なんてしてあるに決まってるじゃないですか」
「何!?」
頭が痛い。もうこの人と会話してるの嫌になってきました。
「いいですか、『精霊のいとし子』の報告は義務です。
可能性が出た段階で報告しなければならないんですよ。
当然我が家も報告しています」
「ならどうして子供たちが『精霊のいとし子』と私に隠していたんだ!」
「教えるわけがないでしょう、子供たちを殺そうとした人になんか」
「なっ!?」
そんなことはしていないと叫ぶ元夫に呆れた目を送ります。
よく言えますね、そんなこと。
「子供たちを宿した私を身一つで放り出したことを忘れてるんですか?
運良く助けを得て生きてますがそのまま死んでいた可能性だってあります。
その経緯も含めて国には報告してあるんですよ。
『精霊のいとし子』を危険に合わせる可能性があるあなたの家には伝えなくて良いと言われています」
さっきからの言い様といい、『精霊のいとし子』を自分を富ませる便利な存在としか見ていないんじゃないかしら。
この人にとってはリオンとルイスは自分の子供ではなく『精霊のいとし子』であって自分に利益をもたらしてくれる存在なんでしょうね。
腹立たしさがふつふつと湧いてくるわ。
「そうやって自分だけ利を得ていたのか」
「平行線ですね、どこまでも」
利を得ていないとは言わない。リオンとルイスが生まれてからこの地が大きな災害もなく平穏なのは事実。
けれど、そのために二人を育てていたと言われるのは不快だわ。
「帰りなさい。 二人はあなたには会わせない」
元夫を睨みつけ引かない姿勢を示す。
「ふざけるな! 俺にはどうしても『精霊のいとし子』が必要なんだ!」
魔力を操り投げつけてきた土塊へ水の膜を張ります。
水に阻まれて勢いを無くした土塊の中から石が飛び出てきました。
土塊に隠れていた石が水の膜を破って私に向かい、思わず目を瞑る。
「……?」
衝撃が無いので目を開けると私の目の前で止まった石と前に立つルイスの姿が目に入りました。
「ルイス?」
「お母様に何をした」
低い声で質すルイスに気圧されたのか元夫は言葉を失っています。
後ろから「お母様!」と叫ぶリオンの声も聞こえます。
「答えろ、お母様に何をしたんだ」
「こ、この女が悪いんだ! 俺の『精霊のいとし子』を隠すから!!」
ぶわっとルイスの背から怒りが迸る。
辺りの気温が急激に下がっていき、ルイスが元夫に向けて魔法を使おうとしているのを理解した私は必死にルイスに声をかけた。
「ルイス、ダメよ!」
一瞬だけ動きを止めたルイスが手を元夫に向けてしまう。
駄目、絶対に駄目!
「ダメだよ、ルイス」
焦る私より早くイクスがルイスの手を取った。
止められたルイスの視線がイクスに注がれる。ゆっくり首を振って見せるイクスに息を吐いてルイスは手を下ろした。
ほっと胸をなでおろしていると、走ってきたリオンが父親の顔をひっぱたいた。
「ちょっとアンタ! 父親だかなんだか知らないけど何しに来たのよ!
「お、俺は『精霊のいとし子』であるお前たちを保護しようと!」
「はぁ?! お母様を放り出したアンタについて行くわけがないじゃない!
お母様がどれだけ大変だったと思うのよ!
イクスお父様がいなければ私とルイスだって大変なことになってたんだからね!
今更なんなのよ!
『精霊のいとし子』だから利用しようとしただけでしょう!
お生憎様! 誰がアンタみたいなダメ親父に利用されてなるもんですか!
一方的に私たちを捨てたダメ親父なんか必要ないわ! 私たちを守ってくれたのはお母様よ!
『精霊のいとし子』であろうがなかろうが愛してくれるお母様と一緒にいるの!
ダメ親父はさっさと自分の家に帰りなさい!!」
唖然とする私を他所にリオンの口撃は止まらない。
早口で畳みかけるリオンに元夫も口を挿む隙がなかった。
リオンの叫びが響き渡った後の静寂を破ったのはイクスの穏やかな声だった。
「では、ご自分で歩いて帰るか縄を打たれて帰るかお選びください」
簀巻きもおすすめですよ、とゆったりとした声で告げるイクスに元夫がぎこちなく頷きました。
そのタイミングで頷いたら本当に簀巻きにされますよ。
イクスを止めようとは思いませんが。
縄を持ってきた門番を見て逃げて行くのを見てふっと力が抜けました。自分で思っていたよりも気を張っていたようです。
駆け寄るリオンを受け止めると強く抱きついてきます。
「私もルイスもお母様とずっと一緒にいるからね!
大人になっても私たちが帰るのはお母様のところだから!」
涙混じりに訴えるリオンをぎゅっと抱きしめ返して額にキスをする。
「もちろんよ。
大人になってリオンとルイスが旅立つ時が来ても私はいつでもあなたたちが帰ってくる場所でいるわ」
幼い頃のようにしがみついてくるリオンの頭を撫で落ち着くようゆっくりと言葉を紡ぐ。
腕の中の娘は随分背も伸びて、私に届くのもあと少しのことでしょう。
いつか旅立っても、他に家を持っても、お帰りと言って迎えるわ。
ルイスの方を見ると同じようにイクスが肩を叩いて語りかけていた。
イクスがルイスのことは任せろというように微笑んだので微笑み返して屋敷に戻りましょうとリオンを促す。
ルイスは大丈夫。イクスが一緒にいてくれるもの。
もう一度イクスへ微笑みかけて先に屋敷へ戻った。
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