上 下
4 / 49

子供たちは寝顔も愛らしいです。突然の告白、ですか?

しおりを挟む


帰りの馬車で子供たちはぐっすり眠っています。
あれだけ走って食べてまた遊んで、とすれば当然ですよね。
服の端を掴んで眠る姿も可愛いです。

リオンにシャツを掴まれたイクスさんが優しい顔で見つめている。

「すみません、イクスさん。
一日子供たちの面倒を見てくれて。
ふたりともイクスさんのことが大好きだからとても喜んでましたね」

「そう言ってくれると嬉しいです。
俺も楽しませてもらいましたから」

口元を緩めた優しい微笑みに私も笑みを返しました。
子供たちがこんなになついているのはイクスさんが優しい人なのをよくわかっているんだと思います。

「イクスさん、ありがとうございます。
あなたがあの時助けてくれたおかげで、私は今こうしてふたりといられます。
本当に、感謝しています」

何度も伝えた感謝を改めて口にする。
困った顔をしたイクスさんが口を開いた。

「もういいんですよ、俺は当然のことをしただけで。
あんまり感謝されると決まりが悪い」

困らせてしまうとわかっていても何度も言いたくなってしまうのです。
だって今が本当に幸せで、ここにいられるのは間違いなくイクスさんが私を助けてくれたおかげですもの。
眉を寄せたイクスさんが首を振って微笑む。

「貴女が深い感謝を寄せてくれていることは誇らしく思っています。
けれどどうか俺が手を貸して良かったと思ってくれるなら、今が幸せだと思っているのなら、一緒に未来を過ごせることを嬉しいと言ってくれませんか」

願われた内容に目を丸くしてイクスさんを見つめます。
しっかりと言われたことを口内で繰り返して微笑みをうかべた。イクスさんの言う通りですね。
胸の奥に届いた優しい言葉に心がほわっと温かくなった気がします。

「おっしゃるとおりですね。
私、今がとても幸せで、この思いを表すには感謝を伝えるしかないと思っていましたけれど……。
そうではありませんね。
私も子供たちもイクスさんとお会いできて幸せです。いつも遊びに来てくれてありがとうございます。
今日も楽しくて、素敵な思い出がまた一つ増えました」

嬉しい気持ちのままイクスさんににっこりと笑いかける。
忙しい彼が遊びに来てくれる機会はそう多くはありませんが、子供たちもいつも楽しみに待っていますし、私もお土産話を聞かせてくれるのが楽しみです。

「そう言ってもらえると嬉しいです。
実は家族の団欒にお邪魔するのは少し悩んだので」

「あら、イクスさんならいくらでも参加してくださって良いのですよ。
双子もあなたをとても慕っていますし、きっとお兄さんのように思っているのではないかしら」

三人は本当に睦まじくて家族のようですもの。
我が家に遊びに来てくれたときの双子の喜び方はすごいです。
イクスさんが屋敷の門を叩く前から待ち構えていますからね。
来訪がわかるのも『精霊のいとし子』の力なんでしょうか。
そういえばイクス様が来るときは必ずリンゴの木が実を付けます。
あまりに沢山なるのでお土産にもあげるのですが、イクスさんもリンゴがお好きなようでいつも喜んでくださいます。

「光栄ですが……」

微笑んでそう言ってくれますが、どこか複雑そうにも見えます。
寝ているリオンの頭を撫でて顔を上げたイクスさんの表情が硬いものになっています。

「レイン様……」

「はい」

姿勢を正したイクスさんが私を見つめます。
その表情の真剣さに私も居住まいを正してしまいます。

「このようなことを申し上げるつもりはなかったのですが……。
いえ、言い訳は止めます」

言葉を飾ることのないイクスさんが言い淀むようなこと。
少し不安になりながらも耳を集中させます。

「俺はあなたが好きです」

えっ、と息が漏れました。
好き?好きって、あの好き?
私もイクスさんのことは好きだけど、この雰囲気で二人きりでわざわざ口にした好きって意味が違うわよね、きっと。
混乱した頭の中で自問自答しつつ状況を整理する。

「い、イクスさん?」

「戸惑わせてしまいましたね。
俺の一方的な想いです。 答えずともかまいません。
ただ、俺の気持ちを知っていてほしかった」

この子たちの兄と言われるのは複雑なので、と笑うイクスさん。
そんな想いを宿しているなんて全く気づきませんでした。
私が鈍いわけではないと思います。
兄も何も言っていませんでしたから。
いえ、兄なら知っていて黙っていた可能性もありますが。

「あ、あの。
好きというのはその、女性として、ということですよね」

「当然」

ふ、と笑った顔が麗しくて心臓に負荷がかかった気がします。
イクスさんが素敵なお方だというのは知っていましたが、こんな……。
こんな愛おし気に私を見る顔は知りません。
どうしましょう。
心臓が暴れ出して苦しいくらいです。

「出会ったときは頼る者なく不安げな様子が放って置けなかっただけでしたが……。
この街にたどり着いて、子を産み、笑顔を増やしていく貴女に段々惹かれました。
依頼を受けて街を離れるたび、貴女の笑顔や子供たちリオンやルイスを思い出して力が湧いた。
貴女は、貴女たちは俺の原動力なんです」

これまで秘めていたのが嘘のように視線に、声に、愛しいという想いが宿っています。
微笑むイクスさんに騒ぐ胸を抑えてどうにか答えを探していました。

「私、何と言っていいのか……」

優しい目で見つめられると頬が勝手に上気していく気がします。

「あのっ!
私、狡いと思うんですけど、イクスさんにそう言っていただけること嬉しいんです!!」

え?と息を漏らしたイクスさんへ必死に言い募る。
こんなこと言ってはしたないと思うけど、狡いと思うんだけど、でも!

「突然で驚いたのは確かですけれど、それはなんというか嬉しい驚きというか!
イクスさんのような素敵な方に女性として思われていたなんて女冥利につきると言いますか!
えと、とにかくイクスさんの気持ちはうれしく存じます!!」

力一杯言い切ってはっと我に返りました。
私は何を言っているんでしょう。
これでは、これではまるで気持ちを受け入れたみたいではないですか。
浮かれるにもほどがあります。
こんなのはイクスさんにも不誠実ではないですか。なんてことを言ってしまったのでしょう!
浮かれていた気持ちが一気に冷めて青褪めました。けれど。

目を瞬いたイクスさんが数瞬の沈黙の後、嬉しそうに笑ったのです。
溢れんばかりの喜びを表した笑みは色気も全開で私は言葉を失いました。

「嬉しいです。
俺の想いを嬉しく思ってくださったことが、俺は嬉しい」

「あなたの気持ちがうれしく感じたのは事実です。
その、受け入れる受け入れないは色々と難しいこともあるのでなんとも言えませんが、とても嬉しいのです」

「わかっています。
俺と貴女では立場も生活も違う」

想っていることを許してこれまで通り側にいられれば充分です、というイクスさんに申し訳ない気持ちが湧いてきます。
想いを向けたら、返してもらいたいと思うのが普通ではないでしょうか。

「いいのでしょうか……。
それは、狡いことではないでしょうか」

「狡くなんてありませんよ。
ごく普通の駆け引きでもありますし、お互いに好意があってもそれが全て恋愛や結婚に結び付くわけではないでしょう?」

平民でもそうだし、貴族ならなおさらですと答える表情は無理しているようには見えなくて。

「私は、またイクスさんに会いたいです」

気持ちに応えたいとかは別にして、もう会えなくなるのは嫌だと思います。
依頼で会えない時間があるのは仕方なくても終わったらまた会いに来てほしいと、素直に思いを口にします。
するとイクスさんは「俺もです」と微笑みました。
その笑顔に胸がきゅんと締め付けられたのは確かでした。


しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】『妹の結婚の邪魔になる』と家族に殺されかけた妖精の愛し子の令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。

蜜柑
恋愛
メリルはアジュール王国侯爵家の長女。幼いころから妖精の声が聞こえるということで、家族から気味悪がられ、屋敷から出ずにひっそりと暮らしていた。しかし、花の妖精の異名を持つ美しい妹アネッサが王太子と婚約したことで、両親はメリルを一族の恥と思い、人知れず殺そうとした。 妖精たちの助けで屋敷を出たメリルは、時間の止まったような不思議な森の奥の一軒家で暮らす魔術師のアルヴィンと出会い、一緒に暮らすことになった。

居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?

gacchi
恋愛
桃色の髪と赤い目を持って生まれたリゼットは、なぜか母親から嫌われている。 みっともない色だと叱られないように、五歳からは黒いカツラと目の色を隠す眼鏡をして、なるべく会わないようにして過ごしていた。 黒髪黒目は闇属性だと誤解され、そのせいで妹たちにも見下されていたが、母親に怒鳴られるよりはましだと思っていた。 十歳になった頃、三姉妹しかいない伯爵家を継ぐのは長女のリゼットだと父親から言われ、王都で勉強することになる。 家族から必要だと認められたいリゼットは領地を継ぐための仕事を覚え、伯爵令息のダミアンと婚約もしたのだが…。 奪われ続けても負けないリゼットを認めてくれる人が現れた一方で、奪うことしかしてこなかった者にはそれ相当の未来が待っていた。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

継母と妹に家を乗っ取られたので、魔法都市で新しい人生始めます!

桜あげは
恋愛
父の後妻と腹違いの妹のせいで、肩身の狭い生活を強いられているアメリー。 美人の妹に惚れている婚約者からも、早々に婚約破棄を宣言されてしまう。 そんな中、国で一番の魔法学校から妹にスカウトが来た。彼女には特別な魔法の才能があるのだとか。 妹を心配した周囲の命令で、魔法に無縁のアメリーまで学校へ裏口入学させられる。 後ろめたい、お金がない、才能もない三重苦。 だが、学校の魔力測定で、アメリーの中に眠っていた膨大な量の魔力が目覚め……!?   不思議な魔法都市で、新しい仲間と新しい人生を始めます! チートな力を持て余しつつ、マイペースな魔法都市スローライフ♪ 書籍になりました。好評発売中です♪

奪われたものは、もう返さなくていいです

gacchi
恋愛
幼い頃、母親が公爵の後妻となったことで公爵令嬢となったクラリス。正式な養女とはいえ、先妻の娘である義姉のジュディットとは立場が違うことは理解していた。そのため、言われるがままにジュディットのわがままを叶えていたが、学園に入学するようになって本当にこれが正しいのか悩み始めていた。そして、その頃、双子である第一王子アレクシスと第二王子ラファエルの妃選びが始まる。どちらが王太子になるかは、その妃次第と言われていたが……

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...