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41 Faith
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「俺を愛しているか?」
ジェラールの瞳がアーリアを映す。
静かで、真摯な瞳の奥に、揺らめく熱が見える。
『愛してほしい』じゃないんですね、と口にしかけて、止めた。
落ちていく意識の中で聞いた告白。
あの時何て答えようとしたのか、もう覚えていない。
「愛しているか、ですか…」
正直に言えばよく、わからなかった。
当然ジェラールのことは好きだし、一緒にいたい。けれど愛しているのか、と聞かれてもぴんとこない。
家族としての愛情は多分感じていると思う。ただジェラールが今聞いているのはそういうことじゃないはずだ。
ジェラールは黙ってアーリアの答えを待っている。
答えなければと思うのに、言葉が出てこない。
レイドの隠れ家で相対した夜に感じたのは離れたくないという思いだけだった。
胸が引き裂かれるように苦しくて、悲しかった。でも、それは子供が親から離れたくないという思いとどこが違うのか。自問しても答えは出ない。
あまりに長く傍にいたから、ジェラールをどう思っているのか、自分でもはっきりと把握していなかった。今までは。
「…レイドの拠点であなたと会ったとき、次々に色々言われてすぐにはわかりませんでした」
でも、騎士団を離れろと言われたときジェラールのことしか浮かばなかった。
「あのときあなたのことしか考えなかった。 団長やみんなのことも大事だけど、出てこなかった」
無意識のどこかで特別だと思っていたんだろう。
「はっきり言ってあなたが聞いていることはよくわかりません。
でも、あなたのことしか思い浮かべなかったのは、ちゃんと理由があるんだと思います」
これが愛なのかどうかはアーリアにはわからなかった。
アーリアの答えを聞いてジェラールが安堵とも失望ともつかないため息を吐く。
「まあ…、お前にしては上出来な答えか」
失礼な言葉だが、言われても仕方がない。
「じゃあお前は俺にドキドキしたことはあるか?」
「ないですね。 最近は」
子供のころはかっこいいお兄さんと認識していたので胸をときめかせたこともあった。
…ような、気がする。
「その言い方だと俺に魅力が無くなってきたみたいに聞こえるんだが…」
社交界へ潜入しその場の話題を攫っていける彼としては不服な答えだったようだ。
「いつも女性に囲まれてますよね。 それが当然だと思うほどにはかっこいいと思っていますよ」
「それは認識してる、って意味だろ…」
そんなことを言われても…。
「よく、わかりません」
ジェラールの顔はかっこいいと思うけれど、見慣れてるせいか動悸が早くなることはない。
ふいにジェラールの顔が近づく。
至近距離で覗き込む瞳に引きそうになる。
ジェラールの手がアーリアの頬や髪に何度も触れていく。
こんなに近くで顔を見たのはどれくらいぶりだろう。子供の頃はよくこうして頭を撫でてもらった。
思い出に意識が飛んでいこうとするのを察してジェラールが更に顔を近づける。
「余計なことを考えるな。 今、見える俺だけを見ていろ」
瞳にはジェラールしか映っていない。
髪の間を滑る手が首から肩に降り、もう片方の手が頬に伸びる。
抱きしめられているような格好だと、頭で思う。
ジェラールの黒い瞳を見ながらぼんやりと考えていたことが、つい口から出た。
「あなたは本当に見た目が変わりませんね」
彼と会ってから十年以上経っているのに、ほとんど変わっていない気がする。
「お前な…」
アーリアの言葉にジェラールががっくりとうなだれた。しまったと思ってももう遅い。
肩に乗せられた頭がジェラールのため息と共に上下する。
そう何度もため息を吐かれると流石に申し訳ない。
かける言葉を探しているとタイミングよくレイドがこちらに近づいてきた。
「おや、お取込み中でしたか?」
「いえ、大丈夫です」
咄嗟にそう答える。ジェラールを落ち込ませてしまって、多少いたたまれないので、レイドの登場はありがたい。
「そうですか、逢瀬をお邪魔してしまったのかと思いましたが」
笑みを含んだ声で意味ありげな眼差しを二人に投げる。
どうやら先程から見ていたらしい。声を掛ける機会を窺っていたのだろう。
「そんな状態じゃないから気にするな」
立ち直ったジェラールがどこか投げやりな声でレイドに返す。
「そうですか?」
「何の用だ? こんな時間に」
ジェラールの言葉はそっけない。
本気で邪魔だと思っているわけではないようなので、これは気まずいから早く立ち去れという心情なのかもしれない。
レイドは気にする様子もなく笑顔で口を開いた。
「お二人に、改めてお礼を言いに参りました」
「お礼?」
「ええ。 お二人との出会いが、結果としてこの国を大きく変えた」
「まだ気が早いんじゃないか? 変わるのはこれからだ」
ジェラールの言う通りまだ革命は半ばだ。
「そうですね。 ですが、必ず成功します、させてみせますから」
力強く言い切るレイドをアーリアは意外な目で見つめる。
「この国を変えるきっかけをくれたこともそうですが、貴族派の鎖に繋がれていた私を解放してくれたことにも、感謝しています。
おかげで私は一人の仲間も失うことなく、今日、ここに立っていられる」
レイドの声には実感がこもっている。彼にとって仲間はそれだけ大事なのだろう。アーリアにとっての騎士団のように。
「別にお前のためにしたわけじゃないけどな」
「姫のためだとしても、十分私の助けになりました。 感謝するのは当然です」
「ちょうどいい。 俺もお前に言いたいことがあったんだ」
「…なんでしょう」
多少の警戒が混じった声で聴く。彼もジェラールには一度騙されているので警戒しているのだろう。その気持ちはわかる。
「明日団長からも言われると思うが、その前に確認しておきたい。
お前、これからも俺たちに協力する気はないか」
ジェラールの言葉にレイドは唖然とした。
「どういう、意味ですか?」
「お前の情報収集能力と人脈に期待している。 俺たちには足りない部分だ。
今のままでは騎士団はいつか破綻する。 俺たちは、お前のような能力を持った人間を探していたんだ」
ジェラールの見解にはアーリアも同感だった。
「そうですね。 今は自分たちで情報も全て手に入れなければなりませんから。 レイドがいてくれたら助かります」
協力してくれたらとてもうれしい。人となりも能力も信の置ける相手など、そう簡単には見つからない。
アーリアの賛同にレイドが戸惑う顔で二人の顔を交互に見る。
「騎士団に入れということですか?」
「いや、そうじゃない。 あくまで協力だ」
そう協力。
「騎士団に入るということになると国王の叙任が必要になるので、それだと自由が制限されてしまいます」
「国王はともかく、貴族たちが素直に認めるわけがない。
お前にも不快な思いをさせるし、その挙句反対に負けたら意味がないんだ」
貴族たちは騎士団の力が弱い方が好都合だと思っている。
表向きは何の関係もない組織。
その方が油断を誘える。
「協力関係が知られていない方が多方面の情報が得られていい、ということです」
口々に言い募る。戸惑う顔が段々晴れやかなものに変わっていった。
「私でよろしければ、いくらでも協力します」
迷いのない口調で答えたレイドにアーリアが破顔する。
「ありがとうございます!
レイドには情報だけでなく、犯罪に巻き込まれた方々へのフォローをお願いすることもあると思いますので、よろしくお願いしますね!」
巻き込まれた女性の中には家族のもとに帰れない事情がある人や、もともと家族のいない人もいる。レイドの仕事はそういった女性の身の振り方に選択肢を増やせるだろう。
アーリアの笑顔にレイドも笑みを返す。
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします。
姫の望みなら出来得る限り叶えますので、何でも言ってくださいね?」
気障な台詞と甘い微笑みが良く似合う。彼のこの態度は女性を不安にさせないために身に着けた処世術なのだろう。
そんなことを考えているとレイドがつと顔を近づけてきた。
「ジェラール殿でダメでしたら私と試してみませんか?」
言いながらアーリアの指を取り、指先で撫でる。
驚いて手を引くと楽しそうな笑みを浮かべたままアーリアを見つめる。本気なのか判然としない態度。
本気ですよ、とも冗談ですよ、とも言いそうで態度を決めかねているとジェラールの不機嫌な声が割って入った。
「話が終わったならさっさと帰れ」
さっきは気にするな、なんて言っていたくせに大人気のない態度でレイドを追い出しにかかる。
心得ているようにレイドもそつない態度で素早く辞去していった。
「何なんだ、あいつは」
「元気になったようで何よりじゃないですか」
あんな冗談(?)を飛ばせるようになったのも余裕の表れだろう。
「…あいつにはときめいたか?」
「さあ、びっくりはしましたけど…」
それはときめきとは違うと思う。
「俺には驚いてなかったな」
「…そうですね」
ジェラールと触れ合うことは任務でもよくあるので驚くところはなかった。
でも…。
「何だ?」
ジェラールの手を取って指を絡める。
身長は殆ど変らないのにアーリアよりも大きい手。それでも普通の成人男性よりは小さい。
手のひら同士が触れ合った場所から何かが生まれる気がする。
自分のよりも固い手の感触に胸がざわつく。
「こっちの方が落ち着かない気がします」
落ち着かないけど離したくはない。
ジェラールを見ると意を得たように笑っている。
「今までと同じじゃ意味がないんだ。 お前の意思で俺の傍にいるのでなければ駄目だ」
「私が騎士団に残るのは私の意思ですよ?」
「今はその答えでいいさ。 けれどそのうち誰より俺の傍にいたいと言わせてみせるから」
言い切るジェラールは別人のように見える。よく知っているはずなのにまだ知らない面がある。そのことに今さら他人なんだと思い出す。
ずっと一緒にいると何の根拠もなく思っていた。
そんな訳がないと、今回思い知った。ジェラールが考えさせたかった理由が少しわかる。
別に生きる道があると知って、なお自分と共に歩いてほしい。
『ただのアーリアとして、俺を愛してくれるか』
あのときの囁きが脳内で再生される。
特別な意味を持つ言葉、そこに込められた想いが胸に染み入っていく。
手を強く握られてざわめきが大きくなる。
答えはアーリアの中にもうあるのかもしれない。
そんなことを思いながらジェラールの手を握り返した。
同じだけの想いを返せるか、まだわからない。
それでもひとつだけ、言えることがあった。
「ジェラール」
揺らぐことのない想い。
「信じています。 この世の誰よりも」
ジェラールの手が、はっきりとわかるくらいに震えた。
苦しいくらいに抱きしめられる。
髪に感じる吐息。きつく抱きしめる腕に不快感はない。
力強い腕に、ただ安心感と、幸せを感じる。
誰より特別だと感じるのはきっとジェラールだけ。
信頼だけでは説明のつかない幸福感がどこから生まれてくるのか。
すぐにでも気づかされてしまいそうだと、アーリアはジェラールの腕の中でひっそりと笑った。
ジェラールの瞳がアーリアを映す。
静かで、真摯な瞳の奥に、揺らめく熱が見える。
『愛してほしい』じゃないんですね、と口にしかけて、止めた。
落ちていく意識の中で聞いた告白。
あの時何て答えようとしたのか、もう覚えていない。
「愛しているか、ですか…」
正直に言えばよく、わからなかった。
当然ジェラールのことは好きだし、一緒にいたい。けれど愛しているのか、と聞かれてもぴんとこない。
家族としての愛情は多分感じていると思う。ただジェラールが今聞いているのはそういうことじゃないはずだ。
ジェラールは黙ってアーリアの答えを待っている。
答えなければと思うのに、言葉が出てこない。
レイドの隠れ家で相対した夜に感じたのは離れたくないという思いだけだった。
胸が引き裂かれるように苦しくて、悲しかった。でも、それは子供が親から離れたくないという思いとどこが違うのか。自問しても答えは出ない。
あまりに長く傍にいたから、ジェラールをどう思っているのか、自分でもはっきりと把握していなかった。今までは。
「…レイドの拠点であなたと会ったとき、次々に色々言われてすぐにはわかりませんでした」
でも、騎士団を離れろと言われたときジェラールのことしか浮かばなかった。
「あのときあなたのことしか考えなかった。 団長やみんなのことも大事だけど、出てこなかった」
無意識のどこかで特別だと思っていたんだろう。
「はっきり言ってあなたが聞いていることはよくわかりません。
でも、あなたのことしか思い浮かべなかったのは、ちゃんと理由があるんだと思います」
これが愛なのかどうかはアーリアにはわからなかった。
アーリアの答えを聞いてジェラールが安堵とも失望ともつかないため息を吐く。
「まあ…、お前にしては上出来な答えか」
失礼な言葉だが、言われても仕方がない。
「じゃあお前は俺にドキドキしたことはあるか?」
「ないですね。 最近は」
子供のころはかっこいいお兄さんと認識していたので胸をときめかせたこともあった。
…ような、気がする。
「その言い方だと俺に魅力が無くなってきたみたいに聞こえるんだが…」
社交界へ潜入しその場の話題を攫っていける彼としては不服な答えだったようだ。
「いつも女性に囲まれてますよね。 それが当然だと思うほどにはかっこいいと思っていますよ」
「それは認識してる、って意味だろ…」
そんなことを言われても…。
「よく、わかりません」
ジェラールの顔はかっこいいと思うけれど、見慣れてるせいか動悸が早くなることはない。
ふいにジェラールの顔が近づく。
至近距離で覗き込む瞳に引きそうになる。
ジェラールの手がアーリアの頬や髪に何度も触れていく。
こんなに近くで顔を見たのはどれくらいぶりだろう。子供の頃はよくこうして頭を撫でてもらった。
思い出に意識が飛んでいこうとするのを察してジェラールが更に顔を近づける。
「余計なことを考えるな。 今、見える俺だけを見ていろ」
瞳にはジェラールしか映っていない。
髪の間を滑る手が首から肩に降り、もう片方の手が頬に伸びる。
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ジェラールの黒い瞳を見ながらぼんやりと考えていたことが、つい口から出た。
「あなたは本当に見た目が変わりませんね」
彼と会ってから十年以上経っているのに、ほとんど変わっていない気がする。
「お前な…」
アーリアの言葉にジェラールががっくりとうなだれた。しまったと思ってももう遅い。
肩に乗せられた頭がジェラールのため息と共に上下する。
そう何度もため息を吐かれると流石に申し訳ない。
かける言葉を探しているとタイミングよくレイドがこちらに近づいてきた。
「おや、お取込み中でしたか?」
「いえ、大丈夫です」
咄嗟にそう答える。ジェラールを落ち込ませてしまって、多少いたたまれないので、レイドの登場はありがたい。
「そうですか、逢瀬をお邪魔してしまったのかと思いましたが」
笑みを含んだ声で意味ありげな眼差しを二人に投げる。
どうやら先程から見ていたらしい。声を掛ける機会を窺っていたのだろう。
「そんな状態じゃないから気にするな」
立ち直ったジェラールがどこか投げやりな声でレイドに返す。
「そうですか?」
「何の用だ? こんな時間に」
ジェラールの言葉はそっけない。
本気で邪魔だと思っているわけではないようなので、これは気まずいから早く立ち去れという心情なのかもしれない。
レイドは気にする様子もなく笑顔で口を開いた。
「お二人に、改めてお礼を言いに参りました」
「お礼?」
「ええ。 お二人との出会いが、結果としてこの国を大きく変えた」
「まだ気が早いんじゃないか? 変わるのはこれからだ」
ジェラールの言う通りまだ革命は半ばだ。
「そうですね。 ですが、必ず成功します、させてみせますから」
力強く言い切るレイドをアーリアは意外な目で見つめる。
「この国を変えるきっかけをくれたこともそうですが、貴族派の鎖に繋がれていた私を解放してくれたことにも、感謝しています。
おかげで私は一人の仲間も失うことなく、今日、ここに立っていられる」
レイドの声には実感がこもっている。彼にとって仲間はそれだけ大事なのだろう。アーリアにとっての騎士団のように。
「別にお前のためにしたわけじゃないけどな」
「姫のためだとしても、十分私の助けになりました。 感謝するのは当然です」
「ちょうどいい。 俺もお前に言いたいことがあったんだ」
「…なんでしょう」
多少の警戒が混じった声で聴く。彼もジェラールには一度騙されているので警戒しているのだろう。その気持ちはわかる。
「明日団長からも言われると思うが、その前に確認しておきたい。
お前、これからも俺たちに協力する気はないか」
ジェラールの言葉にレイドは唖然とした。
「どういう、意味ですか?」
「お前の情報収集能力と人脈に期待している。 俺たちには足りない部分だ。
今のままでは騎士団はいつか破綻する。 俺たちは、お前のような能力を持った人間を探していたんだ」
ジェラールの見解にはアーリアも同感だった。
「そうですね。 今は自分たちで情報も全て手に入れなければなりませんから。 レイドがいてくれたら助かります」
協力してくれたらとてもうれしい。人となりも能力も信の置ける相手など、そう簡単には見つからない。
アーリアの賛同にレイドが戸惑う顔で二人の顔を交互に見る。
「騎士団に入れということですか?」
「いや、そうじゃない。 あくまで協力だ」
そう協力。
「騎士団に入るということになると国王の叙任が必要になるので、それだと自由が制限されてしまいます」
「国王はともかく、貴族たちが素直に認めるわけがない。
お前にも不快な思いをさせるし、その挙句反対に負けたら意味がないんだ」
貴族たちは騎士団の力が弱い方が好都合だと思っている。
表向きは何の関係もない組織。
その方が油断を誘える。
「協力関係が知られていない方が多方面の情報が得られていい、ということです」
口々に言い募る。戸惑う顔が段々晴れやかなものに変わっていった。
「私でよろしければ、いくらでも協力します」
迷いのない口調で答えたレイドにアーリアが破顔する。
「ありがとうございます!
レイドには情報だけでなく、犯罪に巻き込まれた方々へのフォローをお願いすることもあると思いますので、よろしくお願いしますね!」
巻き込まれた女性の中には家族のもとに帰れない事情がある人や、もともと家族のいない人もいる。レイドの仕事はそういった女性の身の振り方に選択肢を増やせるだろう。
アーリアの笑顔にレイドも笑みを返す。
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします。
姫の望みなら出来得る限り叶えますので、何でも言ってくださいね?」
気障な台詞と甘い微笑みが良く似合う。彼のこの態度は女性を不安にさせないために身に着けた処世術なのだろう。
そんなことを考えているとレイドがつと顔を近づけてきた。
「ジェラール殿でダメでしたら私と試してみませんか?」
言いながらアーリアの指を取り、指先で撫でる。
驚いて手を引くと楽しそうな笑みを浮かべたままアーリアを見つめる。本気なのか判然としない態度。
本気ですよ、とも冗談ですよ、とも言いそうで態度を決めかねているとジェラールの不機嫌な声が割って入った。
「話が終わったならさっさと帰れ」
さっきは気にするな、なんて言っていたくせに大人気のない態度でレイドを追い出しにかかる。
心得ているようにレイドもそつない態度で素早く辞去していった。
「何なんだ、あいつは」
「元気になったようで何よりじゃないですか」
あんな冗談(?)を飛ばせるようになったのも余裕の表れだろう。
「…あいつにはときめいたか?」
「さあ、びっくりはしましたけど…」
それはときめきとは違うと思う。
「俺には驚いてなかったな」
「…そうですね」
ジェラールと触れ合うことは任務でもよくあるので驚くところはなかった。
でも…。
「何だ?」
ジェラールの手を取って指を絡める。
身長は殆ど変らないのにアーリアよりも大きい手。それでも普通の成人男性よりは小さい。
手のひら同士が触れ合った場所から何かが生まれる気がする。
自分のよりも固い手の感触に胸がざわつく。
「こっちの方が落ち着かない気がします」
落ち着かないけど離したくはない。
ジェラールを見ると意を得たように笑っている。
「今までと同じじゃ意味がないんだ。 お前の意思で俺の傍にいるのでなければ駄目だ」
「私が騎士団に残るのは私の意思ですよ?」
「今はその答えでいいさ。 けれどそのうち誰より俺の傍にいたいと言わせてみせるから」
言い切るジェラールは別人のように見える。よく知っているはずなのにまだ知らない面がある。そのことに今さら他人なんだと思い出す。
ずっと一緒にいると何の根拠もなく思っていた。
そんな訳がないと、今回思い知った。ジェラールが考えさせたかった理由が少しわかる。
別に生きる道があると知って、なお自分と共に歩いてほしい。
『ただのアーリアとして、俺を愛してくれるか』
あのときの囁きが脳内で再生される。
特別な意味を持つ言葉、そこに込められた想いが胸に染み入っていく。
手を強く握られてざわめきが大きくなる。
答えはアーリアの中にもうあるのかもしれない。
そんなことを思いながらジェラールの手を握り返した。
同じだけの想いを返せるか、まだわからない。
それでもひとつだけ、言えることがあった。
「ジェラール」
揺らぐことのない想い。
「信じています。 この世の誰よりも」
ジェラールの手が、はっきりとわかるくらいに震えた。
苦しいくらいに抱きしめられる。
髪に感じる吐息。きつく抱きしめる腕に不快感はない。
力強い腕に、ただ安心感と、幸せを感じる。
誰より特別だと感じるのはきっとジェラールだけ。
信頼だけでは説明のつかない幸福感がどこから生まれてくるのか。
すぐにでも気づかされてしまいそうだと、アーリアはジェラールの腕の中でひっそりと笑った。
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読み易くてとても素敵な物語でした。
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読んでくださってありがとうございます。
かなり初期の作品ですが読み易かったと言って頂けてすごくうれしいです。
綺麗に纏まっていて読み易かったです。
とても心惹かれる物語でした。
読ませて頂いて有難うございました。